第18話--戸惑う気持ち--

放課後のチャイムが鳴って、教室に柔らかなオレンジ色の光が差し込んだ。

 窓の外では木々の枝がかすかに揺れていて、

冬の空気がガラス越しに冷たさを伝えてくる。

 数日前のあの屋上の光景が、まだ頭から離れなかった。


 ――あのとき、凛の首にあったのは、私がかつてつけていたチョーカー。

 そのことに気づいた瞬間、胸の奥がきゅっと痛くなった。

 どうして、そんなに大切そうに身につけているのか。

 聞けなかった。聞いたら、何かが壊れてしまいそうで。


 「彩ー、帰ろ」

 結の声に顔を上げる。

 その隣では翠がストーブの前で手を温めながらこちらを見ていた。

 「最近、また、ぼーっとしてない? 授業中も窓ばっか見てたよ」

 「え、そうかな……」

 思わず曖昧に笑ってごまかした。


 「ねえ、何回も言ったけど、やっぱ雰囲気変わったよね」

 結が私の机に手をつき、じっと覗き込む。

 「最近、心ここにあらずって感じ。まさか……彼氏?」

 その言葉に、胸が跳ねた。

 「ち、違うよ! そんなの……」

 「でもさー、ネックレスしてるじゃん」

 翠が指で私の首元を指した。

 確かに、制服の襟元から、スフェーンのペンダントが小さく光っている。

 その石は、あの日凛に渡されたものだ。

 思わず指先で触れてしまう。冷たさと温かさが同時に伝わってきた。


 「へえ……珍しいデザインだね」

 「そ、そうかな」

 「もしかしてプレゼント? もー、やっぱり何かあるでしょ」

 結の明るい声に、翠が笑う。

 「彩、最近ちょっと付き合い悪かったしね。何かあったんだと思ってた」

 その言葉が、胸の奥に少しだけ刺さる。

 ――凛と過ごす時間が増えるたび、二人との距離が少しずつ遠のいていた。

 気づけば、放課後に一緒に帰ることも減っていた。


 「ごめんね……最近、いろいろ考えることが多くて」

 「ふーん。まあ、彩らしいけどね」

 結がそう言って笑う。

 その笑顔が嬉しいのに、どこか遠く感じた。


 帰り道、白い息が風に溶けていく。

 街路樹の枝にはうっすらと雪が残り、空は鈍い灰色に染まっていた。

 ネックレスの石がコートの下でわずかに冷たく光る。

 触れるたびに、あの日の凛の指先を思い出す。

 ――「今度は、終わりを決めないままで、いい?」

 その声が、耳の奥でまだ響いていた。


 “終わりを決めない”って、どういう意味なんだろう。

 約束じゃなくて、願いのように聞こえた。

 でも、その言葉の奥には、どこか痛みがあった。


 信号が青に変わる。

 歩き出しながら、胸の奥が少しずつざわめいていくのを感じた。

 この感情に名前をつけることが、怖い。

 でも、もう無関係ではいられない気がした。


 家に帰ると、部屋の中は少しひんやりしていた。

 ストーブをつけて、机にペンを置き、ノートを開く。

 でも、文字は頭に入ってこない。

 気づけばまた、首元に手が伸びていた。


 「……凛、今何してるんだろ」

 ぽつりと呟いた声が、部屋に溶ける。

 外はもう暗く、窓の外には雪がちらついていた。

 その白さを眺めていると、自然と微笑みがこぼれた。


 ――寒いのに、不思議と心は温かかった。


 凛がくれたペンダントの輝きが、部屋の明かりを反射して揺れる。

 それを見つめながら、私は小さく息を吐いた。

 「……もう少しだけ、このままでいい」

 その言葉を胸の中で繰り返しながら、ペンダントを指先で軽く撫でた。

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