第10話--冬の教室と近づく視線--
窓の外は冬の灰色の空。
朝の通学路で吐いていた白い息も、今は教室の暖房に溶けて消えていた。
だがその暖かさが、逆に彩の胸をざわつかせていた。
授業中、暖房の風が背中をじんわりと温め、首筋にうっすら汗がにじむ。
彩はそっと制服のシャツの上から一番上のボタンを外した。
そのとき、襟の間から細い銀のチェーンがかすかに覗いた。
すぐに直したつもりだったが、その一瞬を結が見逃さなかった。
「……ねえ、彩。今、何か見えた」
休み時間になるや否や、結が机に身を乗り出してきた。
その視線は彩の首元に向けられている。
「見えたって、何が?」
彩は笑ってかわそうとしたが、結の目は鋭い。
「なんかチェーンっぽいの。ずっと気になってたけど、やっぱりつけてるんだね」
その声に翠も反応し、椅子を引いて近づいてきた。
「やっぱり? 最近、彩って首元よく気にしてるし、
今日も落ち着きがなさそうだったから」
彩は慌てて襟元を押さえた。
「別に……ただの飾りだよ。たいしたものじゃない」
「ふうん……でも前はそういうのしなかったよね」
結はそう言いながら少しだけ笑ったが、その笑みにどこか探るような気配があった。
昼休み、結と翠は他の友人に誘われて教室を出て行った。
彩も誘われたが、軽く笑って断った。
――このところ、こんなふうに断ることが増えてしまった。
ネックレスをもらってからというもの、彩は凛のことを無意識に考えてしまい、
友人たちといるときでもどこか心が上の空になっていた。
それを結や翠が気づかないはずはない。
窓際の席でひとり弁当を広げながら、彩は胸元にそっと指を当てた。
制服の下のスフェーンは、冷たいはずなのにわずかに体温を宿しているようで、
その感触に安心する自分がいた。
でも――
その安心感こそが、今の距離を生んでしまったのかもしれない。
放課後。
冬の陽はもう傾き、教室はオレンジ色に染まっていた。
教科書を閉じ、立ち上がった結がちらりと彩を見た。
「ねえ、今週も部活顔出さないの?」
「うん……ちょっと、やることがあって」
「最近いつもそう言ってるよね」
結は小さくため息をつき、翠に目を向ける。
翠は無言で肩をすくめた。
その小さな仕草が、彩の胸に痛みを走らせた。
言いたいことを言えない自分が、二人を遠ざけている。
でも、秘密を打ち明けるわけにもいかない。
教室を出て行く結と翠の後ろ姿を、彩は黙って見送った。
その様子を、凛は自分の席から静かに眺めていた。
目が合いそうになった瞬間、彩は慌てて視線をそらした。
帰り道、外に出ると冷たい空気が頬を刺した。
吐いた息が白く広がり、手袋をしていない指先がかじかむ。
――私、何をしてるんだろう。
胸元のネックレスを上着の上からそっと握りしめる。
その虹色の光が今もそこにあると確かめるだけで、少しだけ心が温まる気がした。
けれど、結や翠との距離が開いていくのを感じるたび、
その温もりが重くのしかかるようにも思えた。
夜、自室で机に向かっていた彩は、勉強の手を止め、また胸元のネックレスに触れた。
ふと凛の横顔が脳裏に浮かぶ。
――あの人は、私のことをどう思ってるんだろう。
その問いに答えはなく、冬の夜は静かに深まっていった。
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