第2話 一般輜重小隊長と人に優しい魔人
王国辺境の地、フレイドール辺境伯領。
魔族領と隣接するそこは、広大で豊かな農地と発展した領都を持ち、王国有数の住みやすい土地だった。
だというのに、魔族との戦争が始まって早五年。領土のほとんどは魔族に奪われ、いまも残ったわずかな土地を奪われまいと、辺境伯領最後の砦たるこのヘリーオ平原に拠点を築き耐え凌ぐ日々。
しかしそれすらもう保たないのでは、と。戦場の端で物資を運ぶ輜重兵たちは、暗い気持ちで眼前の戦いを見つめていた。
――その、瞬間だった。
ドォオオン……と。
「な、なに! 流れ弾!?」
凄まじい音とともに、戦場より何かが飛来した。衝撃は草や土を巻き上げ、視界を遮る。
「気をつけて! もしかすると、吹き飛ばされてきた敵兵――魔族かもしれないわ! 場合によっては……誰かが囮になって、物資を守らないと……ッ」
「はい、隊長……!」
悲壮な決意をみなぎらせる輜重小隊。
この場には何小隊もいる。最悪小隊一つ犠牲にしてでに、戦場に必要な物資を届けなければ。王国を守り、奪われた領土を取り戻すためにも!
……でも、まだ敵が来たと決まったわけじゃない。さっき一人が言った通り、魔術の流れ弾という可能性だって十分に――と。
そんな輜重兵たちの希望的観測を裏切るように。
いまだ視界が晴れない土埃の中から微かに聞こえたのは、【変身】という声。
そして、現れたのは――。
「――ま、魔人が! 魔人が出たぁあああ! 総員退避、退避ぃ!! 荷物を置いて逃げてええぇえ!!」
すぐに沸き起こる恐慌。この場にいた者はみな震え、武器を取り落とし、それでも必死に逃げ出そうとする。
それでも何人かは腰を抜かしてしまって、逃げることすらままならない。
魔人とはそれほどの脅威で、連合軍にとって恐怖の象徴なのだ。
さっきまでは気丈に振る舞っていた一人の小隊長も、まさか魔人が現れるとは思わず言葉を失っている。
「な、なんなの、この姿……ッ」
「隊長これ……! ま、魔人ってみんなこんなに、こわい……ッ!?」
――それは、深海のような濃い青を全身にまとっていた。
滑らかな曲線で構成された外殻は、しかし見るからに神秘の力が濃く、どんな魔術も通しそうにない。加えて、渦まく青い魔力がまるで水のように体を覆っていた。
そして珍しいのが、素肌を見せる箇所が一つもないこと。
……魔人族とは、魔族の中でもっとも強大な種族であり、そしてなぜかその姿はもっとも人間に近い。魔物らしい特徴はありつつも、ベースは人間とそう変わらず、いわば魔物版の獣人のような姿なのだが。
――この魔人は、顔まですっぽりと外殻に覆われていて眼球すら見えない。おそらく下に目がありそうな部分はあるものの、光沢がある鉱石のようなもので覆われていた。
「聞いてた姿とはかなり違う……! で、でも! 感じる力はッ……!」
「隊長ぉお! こ、こ、こんなの! あり得ないッ!!」
これまで見たどんな人物よりも強大な魔力だ、と。
――そして、何より。
「この魔人……角持ち……ッ」
魔族の中でも強力な個体である証、頭の横から後ろに向かって滑らかな湾曲する二本の角。
「た、隊長ぉ。わ、私たちここで……っ?」
「……。逃げられないなら覚悟決めて。私はここで、みんなのために――」
小隊長はもはや生存を諦め、逃げ出した他の兵たちのため、無駄を承知で殿を務める覚悟を決めた。
彼女も分かっているのだ。自分が抵抗したところで無意味だと。それはまるで巨大な魔物にアリ一匹が挑むようなものだ。
――かつて、この戦争がまだ始まったばかりの頃。人類はまだ、希望的な観測を捨てていなかった。
元来魔族とは、それほど大きな脅威と捉えられていなかった。
確かに、人間より強大な魔力、高い身体能力、そして種族固有の能力と、単体で比較すれば明らかに脅威ではある。だがしかし、彼らは純粋に――数が少なかったのだ。
もちろん魔族領全土にどれだけの数がいるかなんて、そんなことは分からない。だが少なくとも、人間の領土と小競り合いを起こす魔族については、各国の軍で十分に対応できる程度の数しかいなかった。
だから。魔族が大規模な集団で攻めてきたと聞いても、それほど深刻視はされていなかったのだ。
そんな人類の甘い考えを叩き潰したのが――。
「――魔人、め……! 私の故郷は、もう魔族領に飲み込まれた辺境伯領の小さな村……。お前ら魔人が、そうしたんだ! あの……地図を書き換えるほどの、狂った一撃で――ッ!」
「た、隊長、わたし、わたし、足が……」
「いい、ならそこで見ていて! 私は……こいつを! 勝てるわけなくても、それでも、故郷のみんなの無念を少しでもッ」
「た、隊長……ッ!」
「もしあなたが生き残ったら。みんなに伝えて。――ココナ村のシンリーは、勇敢に魔人へ立ち向かって、仲間のために死んだって」
「隊長ぉおおお――!」
そんな、決死の覚悟で。死ぬとしてもせめてかすり傷一つくらいはつけてやると、全身に殺意をみなぎらせて、震える足を前へと進め――
――あああ……。なんか誤解されてるんだけど!
僕ただの農夫なんです、そんな怖い顔で向かってこられても何もないですから……!
(ただの農夫は、魔人の力を取り込めたりしないんだよね)
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