第3話

 順子👱🏼‍♀️


 真理子は、クリーム色、所謂、生成りのセーターを着て、ストレートジーンズを履いて、学食の長テーブルの一角に座り、うどんを食べている。もう麺を啜り終わって、器に残っている野菜を箸で摘んで食べている。今、器の玉子混じりで円やかになった汁を器に口をつけて啜り終わった。

「真理子!」

 そのタイミングで、学友の順子が声をかけて、隣に座った。順子は、ラッピングされたサンドイッチとパック牛乳をテーブルに置いた。

「うどん食べたの?真理子は、食が男子だね。」

真理子は、ニッコリ笑って、

「うん。月見うどん、美味しいよ。」

と言う。順子のサンドイッチと牛乳パックに目をやって、

「そんなので、おなかいっばいになるの?腹が減っては戦はできぬって言うでしょうが。」

「わたしは、これでいいのっ!今、ダイエット中だし。真理子と違って、熟考に次ぐ熟考を重ねるわけじゃないから。脳みそは、そんなにカロリー使わないから。」

 順子は、仏文科の生徒で、真理子と違って、ワンピースにカーディガンを着て肩までの長髪、髪に幾分ウェーブを効かせて、おしゃれしている。直角三角形の野菜サンドを食べながら、パック牛乳を飲んでいる。真理子は、彼女がパック牛乳をストローで飲むときに、ズッコズッコと音をさせているのを笑いながら見ている。

「えっ?!なんかおかしい?」

「ううん。可愛いなと思って。」

「???」

順子が、パック牛乳をこれ?というふうに示すと、真理子はニッコリ笑って、頷いた。

         

         🏫


 二人は、高校からの同級生というわけではなく、大学一年めに知り合って、互いに親友と言える仲である。同じ文学部でも、学科が違うと全く会うことはないのに、どうして知り合ったかというと。

 一般教養、哲学の授業の大講義室だった。

頭が禿げて眼鏡をかけた教授が、哲学の流れ、哲学史をマイクを持って話している。真理子は、えんぴつを持って、テキストにアンダーラインを引きながら、要所、要所をノートにとっている。教授の話がカントに及んだとき、左に座って、机にうつ伏せに寝ている女子が軽い鼾をかきはじめた。真理子は、さっと横をむいて、彼女が鼾をかいているのだと確認すると、また前を向いて、右手に持っていたえんぴつを左手に持ち替えた。そして、彼女の頭をえんぴつで突いた。突かれた彼女は、ビクッとして頭をあげて左右をキョロキョロと確認している。真理子は、禿げ眼鏡の教授の話を一心に聞きながらノートを取っている。教授の話は、カントの「純粋理性批判」に触れていた。頭をえんぴつで突かれた彼女は、しばらく真理子のことを観察するように見ていた。が、澄ましてノートを撮り続けている真理子は、違うと思ったのか、頭の突かれたところを右手で、二、三回撫でて、また寝てしまった。

 やがて、授業終了のチャイムが鳴り、真理子が、テキストや筆記具を鞄に納めて、席を立とうとした時、隣の彼女も起きていて、真理子に声をかけた。

「すみません。今日の授業のノートを貸してもらえませんか?」

 真理子は、彼女の顔を見て、ノートを鞄から出した。その居眠り女子が順子だったんだ。

「哲学科の真理子です。よろしく。」

真理子は、溢れるような笑顔でそのノートを順子に渡した。真理子の輝くような笑顔や微笑みには誰もが魅了される。

「どうもありがとう。仏文科の香川順子です。次の授業でまたこのあたりで会いましょう!」

   

         🍽️


 真理子と順子は、フランス料理を食べている。恵比寿のビストロダルブルという店。借りたノートのお礼にフランス料理をご馳走しますということになったのだ。真理子は、その順子の思いを快く受け入れた。

 二人は、食前酒のワインも手伝ってすっかり打ち解けている。

「どうして、真理子は、こっちにアパートかマンション借りて住まないの?地元でマンション借りて一人で住んでるんでしょ?」

「私は、都会が苦手なの。それに、山や川や森や風があるところじゃないと、じっくりものを考えられないの。」

「こっちだって、探せばそういう環境はあると思うよ。学校からちょっと離れれば。」

「うん。確かに。でも結局、学校から離れるでしょ。親に都内にマンション借りる費用で、通学するから、地元でマンション借りて一人住まいさせて下さいって頼んだの。その方がきっと費用も安くあがるからって言って。」

「ふ〜ん。それなら、自宅から通った方がいいんじゃないの?」

「うん。大学生活は、一人暮らしが、夢だったし、私には、一人でいる時間が必要で、その時間がたっぷり欲しかったんだ。」

「ひとりで、やってると、掃除やら食事やら、買い物やらで、結局時間が、余計削られると思わない?それに通学時間のロスも大きいし。」

「そのとおり。でも、それも私にとっては、一人の時間なの。通学時間は、読書の時間になるし。ロスでもない。」

「なるほどねー。あなたは、流石、哲学科ですよ。全てが理にかなってる。たいしたもんだね。真理子は。」

 二人は、ワインを飲みながら、すでに、アミューズ、スープ、オードブルを食べ、メインのカスレを食べながら話している。

「ところで、真理子は、彼氏はいないの?」

「高校時代には、仲がいいボーイフレンドがいたけど。今はいませんね。ボーイフレンドを作る時間がないっていうのもあるかな。そちらに気が向かないの。今、本当に哲学が面白くて。それに、大学の男子はなんだか子供っぽくて、だめなんだ。」

「あ〜。そんなこと言ってて、禿げ眼鏡の哲学の先生の愛人かなんかになるなよ。真理子。」

 二人は、大笑いする。確かにあの先生は、そっちも強そうだし、などと思ったりしている。

「危険はないこともないけど。ほとんどそれはないな。」

真理子は、きっぱりと答えた。

「なら、いいけど。」

順子は、残りのカスレをたべながら、上目で真理子を覗くように見る。

「二人が、アヘアヘ言いながら抱き合って、うおぉ〜!これぞ正に万有引力の法則だぁ〜。なんていうのを想像すると、鳥肌が立つよ。ほんとに。」

 順子は、ひとりごとのように呟いた。順子は、会ったばかりなのに、既に真理子の人柄に引かれて、真理子を愛しはじめている。

「順子も、なかなか言いますね。さすが仏文科。ユニークな表現力だわ。トレビアン!」

        

       🚢🥃


『われ非情の大河を下り行くほどに

 曳舟の綱手のさそひいつか無し。

 喊わめき罵る赤人等、水夫を裸に的にして

 色鮮やかにゑどりたる杙

 くひに結ひ止めたり。

 われいかでかかる船員に心殘あらむ、

 ゆけ、フラマンの小麥船、

 イギリスの綿船よ、

 かの乘組の去りより騷擾はたと止みけれ

 ば、大河はわれを思ひのままに下りかし

 む』

 なぜか、ランボオ『酔いどれ船』。

 順子が好きな詩

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