早見玲奈
「あぁ、クソ……まだ、追いかけてきやがんのかい」
いつも夕食を作っている蓮夜が外出していたせいで家に帰っても飯に在りつけなかった為、珍しく外食をした帰り。
私は厄介な連中に追いかけられていた。
「長く私らの前に姿を見せちゃいなかっただろうかっ」
自分の背後に視線を送れば、こちらの後を追いかけてきている複数の黒い影があった。
「魔法少女でもない奴らが今更私に勝てるかってのっ!」
その黒い影の集団から自分へと発射される銃の弾丸。
それを結界で防いだ私は反撃の弾丸を叩き込み、その全員を蹴散らす。
「……ちっ」
だが、その中の一人は私の弾丸を魔法で防いできた。
「とうとうあいつらも魔法少女を諜報に使いやがったか」
私の弾丸を回避できるのなんて普通の人じゃない。間違いなく魔法少女だ。
「……ここで、派手にやり合うわけにもいかないか」
魔法少女との戦いをこんな真夜中にぶちかますのはリスキーだ。
相手の魔法が何も読めない。街中は流石にマズイ……公安魔法少女第三課も関係ない、私だけの問題だしな。これは。
「はぁ……はぁ……はあ……」
結界を駆使して相手の攻撃を防ぎながら幾つもの道を走ってようやく追手を振り切れた私はその場に座り込む。
ちょうどそのタイミングで雨が降り始める。
その雨はすぐ土砂降りに変わって私の体を濡らしていく。
雨は良い。視界が遮られ、逃げ隠れしやすくなる。
「……はぁ」
そんなことを考えたところで、私はため息を吐く。
「……あぁ、本当嫌だな」
これが私の生きる世界だ。
暗い小道で雨に打たれ、人と人の争いを繰り広げる───これが、私の世界。
『ご飯でも食べにいこうぜぃ。久しぶりにさ』
『ちょっと!話逸らすんじゃないわよ!』
『そういや、僕ってばもう高校退学になったんだよねぇ』
『えっ?』
『そっちのみんなは元気にしている?ってか、僕が普通にクラスラインで誘えば……いや、もう学年上がっているか。連絡溜まりすぎて見るのだるくて見てないんだよねぇ』
蓮夜の世界とは、私の世界とあまりに違う。
学校に通ったことなんてない。ずっと、血生臭い世界で戦ってきていた。
生きている世界が違った。
私はこの暗い世界。でも、あの子はもっと明るい世界で生きていた。
「……でも」
まるで違う世界。
本当であれば、私があの子と交流することもなかっただろう。彼は表の世界を歩くべき人間だった。……でも、彼はこちらの裏の世界に落ちてきた。
やろうと思えば、いや、何も苦労することなく彼をまた表の世界に返すことが出来る。
それでも、私は───。
……。
…………。
黒い髪に黒と紫のオッドアイ。
オッドアイという珍しい特徴を私の弟は持っていた───奇しくも、その特徴は遥か未来で出会う少年、一条蓮夜と同じものだった。
私が生まれたのはロシアの諜報機関。
スパイを育てる為の組織で、弟二人で生き抜いてきた。
「走れ走れ走れ!基礎体力はすべての基礎だ!死ぬ気で走れ!後3000m!全力ダッシュだっ!」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
地獄のような日々。
日夜なりたくもない諜報員になるための訓練漬けにされ、多くの人間を殺してきた。
「任務、完了しました」
「ご苦労。次の任務は追って伝える」
「ハッ」
十代の前半を訓練に費やし、十代の後半。
母国が始めた戦争で勝利する為、私は様々なところに駆り出され、諜報員として数多の仕事をこなしてきた。スパイ活動、暗殺、扇動。
その仕事は多岐にわたった。
数多くの場所で、私は母国の為に尽くしてきた。
「ごほっ……ごほっ」
「ただい……っ!?イワン!?大丈夫!」
「う、うん……ごめん、姉さん。何時も、迷惑かけて」
「いいのよ。ほら、今日もご飯をもってきたから」
それもすべては弟の為だった。
私が二十代へと突入するころ、ようやく十代の後半に差し掛かった彼は私と違って体が弱く、諜報員の訓練からは早々に脱落した。
本来は処分される人材。
それでも、私の懇願の果て、私が諜報員として活躍している間、生かしてもらえる権利を得た。
組織が用意した塔の小さな部屋で二人、私は自分の生涯を送っていた。
今の生活が楽しかったわけじゃない。
何時死んでもおかしくない場所で、たくさんの地獄を作って食らって、豊かさも知らず、他人の豊かさばかりを見る人生。
それでも、弟がいて、生きようと思える日々だった。
そんな、生活が変わったのは魔物が現れたあの世界を変えた運命の日だった。
「ガァァァアアアアアアアアアアア!」
私たち諜報員がすし詰めにされている塔にも魔物が多数湧き、それまであった秩序は崩壊した。
魔物の存在によってそれまでだった私たち諜報員を縛る監視網が破壊された。自由となった諜報員たちの一部は自由を求めて脱出を測ったり、魔物と戦ったり、母国への忠誠を誓い続けたり。
様々な人間が居て、秩序はなくなり、私たちの組織は崩壊した。
『お願いっ!貴方だけでも逃げて!』
『で、でもっ!』
そんな中で、私たちはあの場にいた人間が最も多く受けた境遇。
魔物に襲われ、殺されそうになる者たち。その中に属していた。
『お願いッ!ここは、お姉ちゃんに任せて……ね?』
『……う、うんっ!』
自分の前にいるわけも分からない魔物。
銃も効かない相手に私が出来ることなんてほとんどなく、ただ、後ろにいる弟に逃げるよう声をかけることしかできなかった。
「ぎゃぎゃぎゃ!」
「……えっ?」
「あぁぁぁ!?」
後から知ったことだ。
私の前にいたその魔物は、逃げる者から襲いかかる習性を持っていた。
「……い、わん」
弟だけは、守ろうと思った。
でも、目の前で奪われた。
それからは、覚えていない。ただ、肝心なところで間に合わなかった魔法が私の命を繋ぐだけだった。
……。
…………。
戦時中で国内がガタガタだったロシアは魔物の誕生によって国が大いに荒れた筆頭であった。
そんな国から一人、逃げおおせてしまった私はふらふらと目的もなく彷徨い歩き、隣国の日本へと流れついた。
「人生の、道しるべを失ったかのような顔をしているね」
そこで出会った人間が一人いた。
「私も最近、太陽を失ったところでね。どうかな?私と一緒に、あたらしい太陽を探す旅にでも出てみない?」
何もなかった私は何の考えもなくただそれについていき───そして、弟の面影を持つ少年に出会ったのだ。
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