あんたバズってるわよ!
昨日は酷い目にあった。
思い出すのは次々と差し出される女性物の服。中にはコスプレじゃんそれというようなものも混ざっており、着るのが結構恥ずかしかった。
更に、恐怖に感じたのはそれだけではない。恐怖に感じたのは俺にそれを差し出してくる妹と姉の顔だ。目は血走っていたし、涎は垂れていた。とてもじゃないが、女性がして良い顔じゃないと思う。
いやまああれも、俺が家族だから見せられる顔なのかもな。そう思うとちょっとは可愛……くないな。うん、正直怖かった。例え家族であってもあんな顔は見たくない。
うん、現実逃避はここまでだ。俺はこれに向き合わなければならない。
「はぁ」
思わずため息が零れる。何に対してってこの部屋の惨状に対して。
俺が今まで寝ていたベットの周りには服がこれでもかと散乱してある。勿論全て、俺が昨日着させられた服たちだ。姉も、そして妹も、これを片付けるつもりはないらしい。あくまで片付ける役割は俺だ、ということか。
全く、これ何着あるんだ? 足の踏み場も無いぞ?
これ俺昨日全部着たのか……。あ、いや着た覚えのないやつもあるな。ということは俺が着るのを拒否した服もこの俺の部屋の床に放置されているということか。全く。
「さてと」
このままにしておくわけにもいかんし、さっさと片付けますかね。
やることが決まった俺は、そろーりと慎重にベットの上から降りる。この服たちを踏むわけにはいかんから、ほんとに慎重に。
何とか足の踏み場を見つけた俺は、つま先から慎重にベットから降りた。そして改めてこの部屋の惨状を見渡す。
何処を見渡しても服、服、服。仕舞いには本棚にまで服がかかっている始末だ。真面目に何着あるんだ? これ。
まあ今そんなことを考えても仕方がない。兎に角手を動かそう。話はそれからだ。久しぶりに骨が折れるぞー、これは。
気合を入れ直した俺は、足元にあった服を適当に拾った。決して故意は無い。マジでテキトーに。
拾った服は、水着だった。それも女性用のスクール水着。胸元には『1-1ゆず』とご丁寧に貼ってある。
言葉が――出なかった。
何も言わずに俺はこれをゴミ箱に放り投げる。これは見なかったことにしよう。うん、そうしよう。これは精神衛生上良くない。本当に良くない。
俺は気持ちを切り替えて、というかさっきのことはスッパリ忘れて次の服を拾う。次の服は完全にコスプレ服だった。
一言で言えば森の妖精の服。背中には、ご丁寧に羽が付いている。それも半透明の、無駄に凝った羽が。
これは……どうすべきか。いや決してこれを着たいわけではないのだが、このクオリティの服を捨てるのはもったいない。これきっと高いはずだ。
これはとっておくか、一応。何かに使える機会があるかもしれんからね。うん、別に着てみたいわけじゃないよ。ほんとだよ。
俺は取り敢えずの避難所として、森の妖精の服をさっきまで俺が居たベットの上に置いた。ほんとはクローゼットまで仕舞いに行きたかったのだが、そこまでの道も服たちに閉ざされているんでね。仕方がない。
そうやって俺は倫理的にアウトな服は捨て、それ以外の服は批難させていった。因みに倫理的のアウトな服は結構な数あった。
拾っては吟味し、また拾っては吟味し、そんなことを繰り返して結構な時間がたった時、俺はそれを見つけた。
「これは……!」
最初はやけに綺麗な生地があるなぁぐらいに思っていたそれの正体は浴衣だった。白とピンクがベースの花柄の浴衣。近くにはご丁寧に帯も落ちていた。
取り敢えずぐちゃぐちゃになってしまっているそれを軽く整え、俺は早速それを持って鏡の前に立つ。そして自分に合わせてみた。
うん、可愛い。
いやマジでこの浴衣可愛い。気に入った。このセンスは……姉さんだな。そもそも浴衣って高いから家には姉さんぐらいしか買える人いないだろうし。
いやー姉さんマジでセンスいいわぁ。これ着てみたい。これ着てメイクした俺可愛いだろうなぁ。
どんなメイクが似合うかな。やっぱ清楚系だろうな。あんまり濃いメイクはこの浴衣には似合わんだろうし。
よし、今度の夏祭りにはこれを着ていこう。うん、そうしよう。
そんなことを考えていたその時、ノックもせずガチャリと勢いよくドアが開いた。
「柚希たいへー……何してんのよ、あんた」
「!?」
ノックもしない礼儀知らずの無礼者、その正体は姉さんだった。姉さん、ノックぐらいしてよ。こちとら思春期男子なんだぞこら。
「何って……いいだろ別に」
ぶっきらぼうに俺は浴衣を手にしたままそう答える。
「ふーん」
一しきり俺のことを観察した姉さんは、何故かニヤニヤとしていた。そのニヤニヤ顔は妙にうざったい。
「な、なんだよ」
わずかに残った反骨精神で俺は姉さんにそう言う。すると姉さんはそんな俺に対し、こう言った。
「ねぇ柚希。着付けてあげましょうか」
「ほんとに!? ……あ、いや、いいよ別に」
そう、俺は別にこれを着たいわけじゃない。
「は? 隠しきれてないんだけど。可愛すぎかよ」
「? 姉さん何か言った?」
姉さんがあまりにボソボソと喋るもんだから、何を言ったのか聞き取れなかった。
「なんでもないわ」
そういう姉さんの顔はほんのりと赤い。それに対して俺は首を傾げることしかできなかった。
「あ! それよりも柚希! これ見なさい!」
そう言って姉さんはスマホの画面をこれでもかと俺に見せつけてくる。そこには一枚の見覚えのある写真とある文言が書かれていた。
『私の妹』
「あんたバズってるわよ!」
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