姉の背中
微睡の中、私はゆらゆらと揺られていた。まるで水の中にいるようにも感じる。温かい、心地いい、そんな感覚だけが自身の中を通り抜けていく。
「ん。……んぅ?」
やがて意識がゆっくりと覚醒し、私はゆっくりと目を開く。私は今、誰かにおんぶされて運ばれているようだった。
いや、誰かではない。私はこの背中を、この大きな背中を知っている。
「おねーちゃん?」
そう、私はおねーちゃんに何故かおんぶされて運ばれていた。私は今、優しい力で背負われている。
こんなのいつ以来だろう? こんな風におんぶされるのって。うーん、もう覚えてないや。
あの頃から私は大きくなったはず。いっぱい成長したはずだ。なのにおねーちゃんの背中はあの頃と変わらずとても大きなものに見える。いつまでも大きく見えている。
おねーちゃんの背中はいつまでも大きくて温かい。
「あら? 起きた?」
私の呼びかけに反応して、おねーちゃんが私に話しかけてくる。因みにその間おねーちゃんはこちらを一瞥もしていない。
「さっきはその……ごめんなさいね」
そして、おねーちゃんはバツが悪そうに私に対して謝った。
「どうして謝るの? おねーちゃん」
謝られる覚えが無い私は、おねーちゃんにそう問う。私は何か、おねーちゃんに嫌なことをされたのだろうか? うーん、全く覚えてない。思い出そうとしても思い出せない。
「え……。覚えてないの? 柚希……じゃなくて今は柚ちゃんね」
「おねーちゃんは私に何か酷いことしたの?」
どうしても思い出せない私は、何か事情を知ってそうなおねーちゃんに対し問うことにした。考えても分からないことは分からない。こういう時は他人を頼ることが一番。そう誰かが言っていた気がする。
「酷いことというか何と言うか……」
おねーちゃんは何か言いづらそうに顔をしかめる。いやまあおんぶされているから正確には顔は見えていないんだけど、多分しかめっ面になっている。
「まあ思い出せないなら思い出す必要は無いと思うわ」
おねーちゃんがそう言うならきっとそうなんだろう。私は考えることを即座に止めた。
「それにしても」とおねーちゃんは言った後言葉を続ける。
「あんた甘いもの好きなのね」
「うん! 大好き!」
甘いものは正義だ。例え嫌なことがあっても甘いものがあれば忘れられる。甘いものは女の子のパワーに変わることができるのだ!
ん? 女の子?
「知らなかった……わけではないけど、驚いたわ」
あれ? 私おねーちゃんに甘いものが好きだって伝えたこと無かったけ? うーん、無かった気がする。というか隠そうとしてたような? 何で隠そうとしてたんだろう?
分からない。私は自分が分からない。
「ん。でもぉ」
私はわざと、ちょっと甘えたような可愛い声を出す。何故ならこういう声をおねーちゃんが好きなのは知っているからだ。
「何かしら」
おねーちゃんが反応してくれたのを確認した私は一拍置く。そしてその後こう言葉を続けた。
「おねーちゃんの方が大好きだよ!」
これは本心だ。私はおねーちゃんが大好きである。
「!?」
私のその言葉を聞いた途端、おねーちゃんがよろける。
ん? 何でよろけたんだろう? 何かに躓いたのかな?
「おねーちゃん大丈夫?」
何故よろけたのかは深く考えず、私はおねーちゃんの心配をする。おねーちゃん大丈夫かな?
「え、ええ。大丈夫よ。ちょっとバランスを崩しただけ」
そういうおねーちゃんは未だ足取りがおぼつかない。それにバランスを崩しただけにしては大きくよろけていた気がする。
あ、もしかして――。
一つの結論に至った私は恥ずかしながらこう言った。
「もしかして私重い?」
レディーとしては恥ずかしいが、私ももう高校生だ。背負うには重いのかもしれない。
「そ、そんなことないわ!」
このおねーちゃんの慌てっぷり。やっぱり私重いんだ。ダイエットしないと。
そう決意を固めながらも私はこれ以上おねーちゃんの負担にはなりたくないから、おねーちゃんにこう声を掛けた。
「私降りようか?」
思えばおねーちゃんは私が意識を失っていた間ずっと私のことを背負っていたんだ。私はもう大丈夫。ここからは自分の足で歩くべきだろう。
「え。いえ、その必要は無いわ」
意外や意外。おねーちゃんから返ってきたのは否定の言葉。私はてっきり降りてと言われると思っていたもんだから反応が遅れた。
「で、でもぉ……」
おねーちゃんがそう言うならお言葉に甘えたいところだが、私はそれ以上におねーちゃんの負担になりたくはない。よって私はおねーちゃんの背中から降りるべきだろう。
「いい? 降りてはだめよ」
私が降りようとしたのを察したのか、おねーちゃんの口から紡がれたのはそんな言葉。おねーちゃんは続けてこう言った。
「私があなたをおんぶしたいの。駄目?」
そう言われてしまってはぐうの音も出ない。私はおねーちゃんの言葉に甘えることにした。
「しょ、しょうがないなぁ」
そう言いながら、まんざらでもない顔をして私は目を閉じたのだった。
そしてそのまま背負われたまま家に帰ってきた私が――否、俺が何をさせられているのかというと――。
「やーん。可愛いぃ」
「柚姉様。次はこれを、これを着てください」
見事に着せ替え人情にさせられていた。
……。
いやどうしてこうなった!?
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