魔王城でBBQ開催


 それは、ある日の朝のことだった。


 シリウスはベッドの中でレイヴァンに抱きしめられて、だらだらと過ごしていた。

 レイヴァンがふと尋ねる。


「お前、バーベキューをしたことはあるか?」

「……手伝いなら」

「手伝い?」

「騎士団の遠征時に、火を起こしたり、片付けたり……。食べさせてはもらえなかったが」


 騎士団では落ちこぼれ扱いされていたので、当然のように雑用を押し付けられていた。

 そして、与えられる食事は粗末なものばかり。

 シリウスの答えに、レイヴァンは不快そうに目を細める。


「何だ、その胸糞集団は。今から滅ぼしてくるか」

「いや、いい! もういいんだ……。こうして、君といられて幸せだ。それで十分だ」


 この魔王の場合、口にしたことは夢物語でも何でもない。それを実行できるだけの力を持っているのだ。

 シリウスが慌てて制止すると、レイヴァンは黙りこむ。

 代わりに、何かを思いついたように言った。


「いや、足りねえな。お前にはもっともっと幸せになってもらう。まずは最高のバーベキュー体験からだ。――今日、やるぞ!」

「え、今日?」

「せっかく三兵師団長も帰ってきたことだしな。お祝いも兼ねて、バーベキューパーティだ! お前には最高級の肉をたらふく食わせてやる。覚悟しろ」




 そんな会話があって、その日の昼。


 どごおおおん!


 中庭から轟音が響いて、シリウスはびくりとした。

 何事かと外に出る。

 変わり果てた中庭の景色に驚愕した。


 巨大なドラゴンが倒れているではないか。


(なっ……ドラゴン!? 死んで……というか、氷漬けになってる!?)


 いきなりのドラゴン(氷漬け)の宅配。

 そんなことができる人物は当然のように、レイヴァンしかいなかった。

 どや顔でドラゴンの前に立っている。


「レイヴァン、これは?」

「バーベキューには肉が必要だろ。そこで、ちょっと狩ってきた」

「竜が肉扱いか!?」

「氷漬けにしたから、新鮮だぞ。血抜きも済ませておいた」

「いや、その……竜って、そもそも食べられるのか?」

「美味いぞ。何だ、食べたことねえのか?」

「あるわけないだろ!?」


 クロヴィスが城内から現れ、冷ややかに告げる。


「バーベキュー用に、竜を狩ってくるとは……国家レベルの資源をサラダにするようなもの。さすがです、魔王様」


 ドラゴンを眺めて、ますます呆れた顔をする。


「その鱗模様と色……『青嵐竜』ですね」

「珍しい竜なのか?」

「はい。その肉は、まさしく伝説級の珍味です。鱗も角も大変希少で、高値で取引されます。それ1頭で、国家予算がまかなえます」

「嘘だろ……!?」

「たかがバーベキューのために、そんな幻級の食材を仕入れてくるあたり、まさしく魔王様ですね。騎士殿への溺愛ぶりが狂気の域です」


 シリウスは、かああ、と頬を赤く染める。


「クロヴィス……っ! 君まで何を……!」


 一方、レイヴァンは得意げである。


「だろ? シリウスはもっと幸せになるべきなんだ。さあ、この最高級の肉をたらふく食わせてやる」


 その時、


「だぁー! 何だこりゃ!」


 ベルクの声が響き渡る。

 さすがに魔王軍の幹部でも、これは異常事態なのかと思いながら振り返る。そして、シリウスは硬直した。

 ベルクが大きな魔物を、肩に担いでいたからだ。

「まさか竜とは、さすが兄貴だぜ! 敵わねえな! 俺も今日はバーベキューって聞いたから、食材を狩ってきたんだが」


 そう言いながら、どすん!


 ベルクは地面に魔物を下ろした。

 シリウスも見たことがある。

【ボルカニック・オクス】――巨大な牛の魔物だ。


「その魔物……!? 王国では軍単位で対処していた、災害級のモンスターじゃないか!」

「ん? この肉がか?」

「災害が肉扱い!?」

「しかし、兄貴の竜には負けたぜ!! 兄貴ィ、豪快すぎて好きだ!!」

「はは、だろ? 悪いが今日は、この肉を使わせてもらう。ベルク、そっちの牛はお前1人で食べろ」

「わかったぜ! これは俺が1人で食う!」

「災害が1人分の食料に……!?」


 レイヴァンは厳かに手を振り上げる。

 そして、魔王は魔族たちに向かって命じた。


「よし、ではさっそくバーベキューを始めるぞ! 火を放て!」

「『城を焼き払え』みたいなノリで言ってる!!」



 ◇



 魔王城の中庭には、たくさんのバーベキューグリルが並んでいた。

 シリウスはその前に立って、網に肉を並べていく。


 青嵐竜の肉は、料理長のロガンが解体してくれた。美しく鮮やかな赤身だ。

 火にあぶられると、肉汁がにじみ出る。その肉汁が火に落ち、ジュッ! という音と共に、香ばしい肉の匂いが漂った。


 美味しそうだ。


 その匂いにシリウスは満足する。

 すると、レイヴァンが隣に転移で現れた。


「シリウス、何をしている?」

「肉を焼いてるんだ」

「ダメだ! お前は今日、『食べる係』だ。肉焼きは魔王たる俺に任せろ」

「肉焼きする魔王なんているのか!?」

「ここにいるぞ! ほら、座ってろ」


 持っていた食材を奪われて、シリウスはむっとする。手伝いたいのに……。

 その時、肉の匂いに混じって、不思議な匂いが漂った。

(ん? 磯臭い……)

 見れば、ギーゼが網の上に、カラフルなうねうねを並べていた。


「フフフ……肉だけでは栄養が偏りますぞ。魚人健康法オススメの食材、イソギンチャクも焼きましょう」

「何を焼いてるんだ、君は!?」

「騎士殿……食べたいのですかな?」

「いらない! 磯臭い!! やめてくれ」

「しかし、魚人は獣臭い肉など口にしないのです……」


 シリウスはハッとする。

 今のは異文化に対して、配慮が足りなかったと反省した。


「そうだったのか……すまない。だが、海鮮ならもっと相応しいものがあるはずだ。貝とか、エビとか」

「それは共食いですぞ!!」

「何かごめん!!」

「シリウス、真面目にとり合わないように。実際の魚でも、貝やエビを食べる種類はおりますよ。そして、魚人も普通に肉を食べます」

「え、じゃあ今のは……?」

「フフフ……魚人ジョーク……」

「絡みづらいな!?」


 その時、レイヴァンがトングを打ち鳴らしながら(陣鐘のように)、声を張り上げた。


「ミズチ! ミズチはどこにいる?」

「兄貴ィ! ミズチなら、芝生の上で寝てるぜ」

「またか。そんなところで寝るな、こっちで寝ろ」


 芝生の上で、猫のように眠りこけるミズチ。

 レイヴァンは転移で、彼を火のそばに移した。


(部下にもあんな風に目をかけて……世話焼きだな)


 そう思って、ほっこりするシリウス。

 しかし、レイヴァンはミズチの翼を火の上に広げる。

 そして、その上で肉を焼き始めた。


「ちょうど、網が足りなくなってきたところなんだ」

「兄貴、しっぽも伸ばしてくれ!」

「おお、好きに使え。こっちの温度は、バターコーンなんかにぴったりだぞ」

「仲間の体で肉を焼くな!!」


 シリウスは思わずツッコんだ。

 しかし、当の本人は気持ちよさそうに眠りこけている。


「んー……ぬくい〜……」

「この状況でも寝てられるのか!?」

「ふああ、まおーさま……おにく、いい匂い。僕もたべる……」

「待ってろ。焼けたら運んでやる」

「んんー、ありがとぉ……」

「いいのか、それで!?」


 もはや何が常識で、何が非常識なのか、騎士はわからなくなってきた。


 愕然としていると、シリウスの袖がちょん、ちょん、と引っ張られた。

 ミオだ。猫獣人の子供である。オレンジ色のふわふわな毛で全身が覆われている。

 手をちょいちょいとしているので、シリウスはしゃがみこむ。


「あのね……ボクもお手伝いしたかったんだけど、魔王様が許してくれないんだ」

「君もか……。実は俺もなんだ」

「それでね、何か皆のために用意できないかなって思ったんだけど。もうお肉もお野菜も、いっぱいあるし……」


 シリウスは、網の上に視線を向ける。確かにバーベキューの食材は、十分すぎるほどそろってる。

 他に足りないものと言えば……。

 その時、彼の頭にアイディアが閃いた。


「じゃあ、こういうのはどうだ?」


 『作戦』を話すと、ミオはパッと目を輝かせた。


「シリウス! それ、最高だよ!」

「よし、秘密の作戦だ」


 2人は頷き合うと、皆に気付かれないようにその場を抜け出した。



 ◇



 その後。

 テーブルにはこんがりと焼けた肉と野菜が、大量に並んでいた。


「シリウス! たくさん食べろ」

「すごい量だな……ありがとう」


 皿を受けとって、シリウスは目を見張る。

 肉と野菜がたんまりと乗っていた。


 まずは青嵐竜の串焼肉から。

 食べやすいサイズにカットされ、串に刺されている。表面には焦げ目がつき、食欲をそそる匂いが立ち上っていた。


 ひと口――外側のカリッとした香ばしさが弾ける。その直後に、肉の脂がトロリと溶けた。


 噛む必要がない!


 口の中で優しくほどけながら、濃厚な旨味と肉汁があふれ出す。それなのに脂っこすぎず、後味もいい。

 シリウスは目を輝かせた。


「美味しい……! 何だこれ……美味しすぎる!」


 癖になる味で、もぐもぐが止まらない。

 シリウスの様子を見て、レイヴァンも嬉しそうに笑った。


「だろ? お前が望むなら、毎日でも竜を狩ってきてやる」

「それはさすがに竜が可哀想だから、やめてくれ……」


 塩コショウで焼いただけのも美味しいが、ロガンが焼肉用のタレも用意してくれた。


 そのタレにたっぷりと漬けこんだ肉の、また美味いこと!


 交互に食べれば、もう無限にいけてしまう。

 シリウスの隣では、ルーディア――シリウスの相棒の銀狼――も尻尾を振りながら肉にがっついていた。食べ終わると、無言で空の皿をくわえてやって来る。その度にシリウスは、たっぷりと肉を乗せてやった。


 他の皆も、楽しそうにバーベキューを堪能している。大量の肉はあっという間に、皆の腹に収まった。


 すると、ミオがそわそわと尻尾を揺らす。『もういいよね!?』とシリウスの顔をちらちら見た。

 シリウスは頷いて、さっき用意した皿をテーブルに運ぶ。


「次はこれを焼こう」

「魔王様、みんな! ボクとシリウスで作ったんだよ〜。じゃーん!」


 皿に乗っていたのは、たくさんのおにぎりだった。表面には、味噌が薄く塗ってある。


「おにぎりだよー! ねっ、これも焼こ!」

「おおー!」


 三兵師団長は嬉しそうに反応する。


「焼きおにぎりか! 最高だな!」

「フフフ……美味しそうですな」

「んー、食べるぅ……」


 自分のしたことで、素直に喜んでもらえることが嬉しい。シリウスはそっと幸せを噛み締めた。

 レイヴァンはおにぎりをじっと眺めている。そして、静かに尋ねた。


「シリウスが握ったものはどれだ?」

「いや……ミオと、ロガンにも手伝ってもらったから。どれが誰のかは……」

「シリウスが握ったものは、俺がすべて食べる。他の奴には渡さねえ。そうだ、魔法で感知すればどれが誰のか、わかるはず……」

「……レイヴァンは、1つも食べなくていい」

「なぜだ!?」

「では、魔王様は除いて、この焼きおにぎりは皆で食べましょうか」

「おい!?」


 ちなみに、その後――すねた魔王の元に追加で握られたおにぎりが届けられ、魔王はたちまち上機嫌になったとか。



 ◇



 賑やかなバーベキューが終わって、中庭には夕闇が迫っていた。

 楽しかった名残を漂わせながら、しんみりとした情景であった。グリルとテーブルも片付けられ、庭はいつもの景観に戻っている。


 シリウスは心ゆくまでバーベキューを堪能し、満たされていた。腹ごなしにルーディアを連れて、中庭を散歩していた時のこと。

 庭の隅で、煙が上っていることに気付いた。


 ベルクが小さなコンロの前に立っている。彼は1人で肉を焼いていた。


「ベルク……まだ食べ足りなかったのか?」

「ん? ああ、騎士さんか。いや、これは俺用じゃねえよ」

「では、誰の分だ?」


 ベルクは、ふ、と柔らかくほほ笑む。煙を視線で追って、遠い空を見上げた。


「この煙……空まで届くかね」


 シリウスとルーディアも同じように空を見上げる。

 夕焼け色の空は、どこかもの悲しげに映った。


「昔、先代魔王ヴァルグレアの時代だ。奴の支配のせいで、多くの仲間が死んだ。あいつらにも、食べさせてやりたくてな」


 シリウスは息を呑む。

 先代魔王がこの国を支配していたのは、今から20年前。シリウスが生まれる前のことだ。王国でも多くの被害を受け、多数の死者が出た。魔王についての悪評もすべて、ヴァルグレアのことだった。


 ヴァルグレアは人間だけではなく、魔族のことも苦しめていたのか……。そう考えると、彼らのことが身近に感じられて、胸が痛んだ。


「……そうか」


 コンロに視線を戻す。端の肉が焦げそうになっていることに気付いて、そっと手を伸ばした。


「焦げそうだ。こっちは俺がひっくり返そう」

「お前……」


 ベルクは目を見開いて、シリウスを見る。

 そして、ニカッと笑った。


「――ありがとな。お前、案外、悪くねえな」


 2人は黙々と肉を焼いた。ルーディアも空気を読んでいるのか、欲しがらずに大人しく座っている。

 束の間の沈黙が流れてから、ベルクはぽつりと零した。


「兄貴はさ……あの地獄みたいだった先代の時代を終わらせてくれた。俺が世界で一番尊敬している王様だ」

「……レイヴァンのすごさは、俺もわかる」

「あの兄貴が選んだのが、まさかお前さんみたいなひょろい人間とはねえ……」


 ベルクは見定めるようにシリウスを眺める。

 串焼き肉を手にとると、不意にシリウスの口につっこんできた。


「食え! もっと体力をつけて、太れ!」

「むぐ……っ」


 シリウスは目を白黒させながら、その串を受けとる。


 いきなりだな……と、呆れながらも、もぐもぐ。

 そして、頬を緩めた。

 この肉、柔らかくてとても美味しい。ほんのりと甘くて、優しい味がした。


「……ベルク。これは君がとってきた魔物か」

「おお、そうだ! ま、兄貴の竜よりかは、味は落ちるだろうけどな」


 お腹いっぱいだったのに、まだまだ食べられそうだ。

 シリウスはほほ笑んで、肉にかぶりついた。


「いや。これもすごく美味しい」

「はは、そうかそうか! もっと食え!」


 兵師団長のベルクは、満足そうに笑うのだった。



+ + +


次回:皆で地下迷宮の大掃除


クロヴィス「地下迷宮について解説します。いわゆる、ラストダンジョンです。セーブポイントはありません」

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