【BL】魔王軍のご飯と溺愛で、くっころ騎士くん、陥落寸前!?
村沢黒音@「闇魔女」10/3発売
第1章 騎士くん、魔王に拾われる
くっころ騎士、魔王軍の捕虜となる
騎士の眼前には、肉が迫る。
わざわざ食べやすいように一口サイズにして、フォークで刺して、口元に持ってきた。甲斐甲斐しい給餌だ。
しかし、それをしている相手は――魔王だった。
「ほら、口を開けろ」
「何のつもりだ!?」
「だって、自分じゃ食えねえんだろ? ほら、あーん」
魔王に捕らえられ、拷問を覚悟していた。
そのはずなのに、なぜ食事を与えられようとしている……!?
騎士シリウスは大混乱していた。
――話は少し遡る。
シリウスは魔王城にて、その強大な相手と対峙していた。
「どうした、もう終わりか?」
「くっ……!」
自分を睥睨しているのは、赤く染まった凶悪な眼差しだ。
――魔王レイヴァン。
彼が率いる魔王軍は、幾度となく国境を越え、町を焼き払った。
老若男女を問わず虐殺され、骨が山に、血は川となった――という、恐ろしい口承が残っている。
彼の存在を亡き者にしない限り、王国に平和は訪れない。
そう信じて、シリウスは単騎でこの魔王城に乗りこんだ。
城に足を踏み入れた瞬間、別の場所に飛ばされた。空間転移の魔法だ。罠だったと気付いた時にはもう遅かった。
シリウスは玉座の間で、魔王レイヴァンと対峙していた。
彼の姿を視界に入れた瞬間、全身から汗が吹き出した。
その姿はまさに、『異形の王』と呼ぶのに相応しいものだった。
人間とはかけ離れた、悪魔の姿。
皮膚は漆黒に覆われ、背中からは翼が生えている。
極めつけは、その目だ。血の朱に染まり、開いた瞳孔が獲物――つまり、シリウスを射抜いている。その目に映されるだけで、魂を握られるような圧迫感があった。
レイヴァンがシリウスへと手を向ける。
ぱん、と何かの力が弾け、鎧が砕け散った。
唖然としていると、顎に手を置かれて、持ち上げられる。
「ずいぶんと脆い肉体だ。骨も、臓腑も、簡単に砕けそうだぞ」
弄ばれている――そう直感して、シリウスは奥歯を噛み締めた。
本来なら、今の一撃でシリウスの命など奪いとれたはずなのに。
こちらには傷1つ付けず、追いつめるように鎧だけを破壊した。
プライドを刺激され、シリウスは負けじと魔王を睨みつける。
すると、レイヴァンは楽しそうに笑った。
「ふむ……なるほど。すぐに消すのは惜しいな。お前は我が軍の捕虜としてやろう」
「何だと……!?」
彼がにやりと口元を開くと、鋭利な牙が見えた。
「たっぷりと可愛がってやろうではないか」
「私は、アルカディア王国の剣……! この身も魂も、王国に捧げている! その矜持を捨てて、捕虜となるなど万死に値する! 貴様に膝をつくくらいなら……今、この場で……!」
「おっと」
シリウスは舌を噛み切ろうとした。
だが、魔王はすかさず喉を押さえつけてくる。
呼吸が止まる。
「楽に死なせるわけにはいかないな」
魔王が身を乗り出して、シリウスの顔を覗きこむ。
赤い瞳を愉悦に歪ませた。その瞳孔が細まり、獲物を品定めする狩人の目に見えた。
「はは、お前と遊ぶのはずいぶんと楽しそうだ。その虚勢をどこまで維持できるのか……見ものだ」
喉が塞がれ、声が出ない。
シリウスは必死に魔王を睨みつける。
(この……外道めが……!)
「……イイな、その目」
耳元に落ちる声が、脳髄を直接引っかくように響く。
巨大な影が、視界の隅々まで濃く広がった。
闇に呑まれる寸前、鼓動の音だけが大きく耳の奥で響いていた。
◇
気が付くと、シリウスは牢獄の中に横たわっていた。
魔王によって鎧は砕かれ、無防備な身なりとなっていた。薄い布越しに、石畳の冷気が刺すように沁みた。
擦り切れたシャツの隙間からは、激しい戦闘の跡と、罰の傷が覗いていた。
鎧で隠されていたが、シリウスの体は魔王城に
食事を長らく口にしていないため、顔は青白くなっている。
白金の髪は汚れ、碧眼からは生気を失いつつあった。
騎士として、敵前で膝をつくなど屈辱の極み。その矜持だけで立っていた。しかし、本当はとっくに限界を超えていたのだ。
(わかっていたことじゃないか……。こんな体で、魔王を討つことなど、不可能だ……)
ぼんやりとした頭で、シリウスは考えていた。
数日前、所属していた部隊が魔物に襲われて壊滅した。シリウスは1人だけ奇跡的に生き残った。
しかし、そのせいで団長から罰せられたのだ。
『仲間を見捨てて1人で逃げ帰ったのか』と。
そして、団長はシリウスに命じた。
『魔王城へ行け。魔王レイヴァンの首をとるまで、戻ることは許さぬ。王国への忠誠心を示したいというのなら、屍になってでも果たしてみせろ』
翌朝、傷口が固まりきらぬうちに馬車へ押しこまれた。
運ばれた場所は、鬱蒼とした森の中だった。
体中の傷が痛んだが、足を止めるわけにはいかず、シリウスは魔王城へと向かった。
だが、城に足を踏み入れるなり、こんなにも呆気なく捕虜となってしまった。
(……これから、どうなるのだろう。どちらにせよ、この怪我では長くは持たない……。だが、騎士の矜持にかけて、敵の手に落ちるわけにはいかない。捕虜になるくらいなら、今、この場で……)
もう一度、舌を噛み切ろうとしたが、痛みと疲れ、それに空腹が限界を超えていて、全身が麻痺したかのように動かない。
――騎士としての誇りを守ることも、今の自分にはできないのか。
シリウスが絶望した、その時。
廊下から足音が響いた。
先ほどからずっと耳を澄ませていたが、たまに巡回が通るくらいで、こちらに近付く気配はなかった。だが、この足音は明確にシリウスへと近づいている。
シリウスは身を固くする。
やがて、その足音は牢の前で止まった。
視線を向けると、入口に収まらないほどの巨体が立っていた。大きな体を屈ませて、牢の中に頭を入れている。
闇の中、不気味な赤の瞳が浮かび上がっていた。
緑色の体は鱗に覆われている。シリウスに視線を向けると、その怪物は口元を開け、鋭い牙を見せつけるようにした。
手には大きな鎖を持っている。その先端からは刃物がぶら下がっていた。鎖にも刃にも、赤黒い染みがついている。
「……来い……」
低い声は、地の底から響くように重い。
怪物はシリウスの返事を待たず、乱暴に腕をつかんで立たせた。
(……鎖に刃……。拷問か……?)
ただでさえ消耗しきった身体が、恐怖で強ばった。
「何をする……やめろ……」
抵抗するだけの体力も残っていない。ようやく絞り出した言葉は、弱々しい吐息にしかならなかった。
怪物はシリウスを引きずりながら、ぼそりと呟く。
「血と肉……。……晩餐……」
(晩餐だと……!?)
怪物が手に持っている鎖が床を引きずって、きいきいと耳障りな音を立てる。先端の刃物についた血はまだ真新しく、下へと垂れていた。
シリウスの心臓は早鐘を打った。
しかし、抗う力もなく、彼は怪物に引かれるまま暗い牢を後にした。
怪物に連れてこられた部屋は、大広間だった。
壁際に並ぶ燭台が、ゆらゆらと炎を揺らめかせる。細長いテーブルが置かれている。
そこに並んだ物を見て、シリウスは唖然として立ち尽くした。
湯気が立った料理の数々――肉を焼く香ばしい匂いと、スープの湯気が漂う。
(……ばん……さん……?)
混乱しながら、部屋の奥に視線を向ける。
テーブルの端に男が座っている。
ただの人間に見える。
――いや、こんなに美しい人間は、王国でも見たことはないが。
黒髪は夜の闇のように艶やかだ。その瞳は深紅の光を宿し、自信に満ちた様子である。
細身なのに存在感と威圧感がある。
その眼差しは、獲物を前にした猛獣のように鋭いのに、どこか楽しげだった。
「まあ、座れよ」
気さくに掌を返し、友好的な態度を見せる。
軽く動いただけなのに、無意識に人の視線を惹きつけた。
まるで、生まれつき見られることに慣れた男のようだった。
「これは……何だ……」
シリウスは混乱しながら、辺りを眺める。
すると、男は不思議そうに目を細めた。
「ん? 知らないのか、お前」
彼が肩をすくめると、黒い上衣とマントが揺れた。仕立ての良いものらしく、金の糸で繊細な刺繍が施されている。まるで、王族や上位貴族が纏うような衣装だ。
「飯だよ、メシ。腹へってんだろ?」
「……は?」
すると、シリウスをここまで連れて来た怪物が、声を上げた。
「俺……調理した。俺、この城のコック……」
「…………はあ?」
よく見れば怪物は、二足歩行する竜のような見た目をしている。
彼が持っている刃物からは未だに血が滴っている――しかし、それもよく見てみれば、生き血ではなく、肉汁のようであった。
シリウスは大混乱しながら、もう一度、黒髪の男に視線を向ける。
「いや、その前に……誰だ!? なぜこのような場所に、人間がいる?」
「何だよ、もう忘れちゃったのか? さっきもお話ししたじゃん?」
男は余裕をにじませた態度で、頬杖をついた。
美しい面差しに、愉悦を含んだ笑みが浮かぶ。
「魔王レイヴァン。よろしくな、死にたがりの騎士くん」
「はああ!?」
シリウスは思わず叫んだ。
次の瞬間、目の前に湯気の立つ皿が置かれた。竜人のコック(?)がいそいそと、カトラリーとナプキンを並べている。
「まずは飯だ。話はそれからな」
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