第23話 三つの選択
ベルノに託した三択。
一つはこの邸で働くこと。
二つ目は働く訓練をして、他の邸を紹介すること。
三つ目はリオンと獣人ギルドに行って、色々話を聞きながら仕事を探すこと。
「オレ……ここで働くことにする。付き人になれないのは残念だけど、仕事の事、何も知らなかったし。
この邸でどんな仕事があって、どんな人が働いているのか、見ているのが楽しくなってきたんだ
……それに、当主も怖くなくなったし」
「どうしてレオハルト様が怖くなくなったの?」
「それは秘密だ! 男と男の約束だからなっ!」
「そうなんだ」
微笑ましさにくすりと笑いながら、答えを選ばせたのは間違っていなかった……リオンはそう実感した。
最初は怒っていたけど、彼はすぐにこの邸に目を向けて、働く人々を観察し始めたのだ。
この大きな邸がどんなシステムで動いているのか、どんな人がいるのか、まだリオンも分からないことが多い。
それは獣人から見た人間の営みという、面白い研究対象なのかもしれない。
そして、その後。
リオンが家令ヴァルトと相談して決めたベルノの仕事は、厩舎の手伝いだった。
ベルノはすでにクレイやダリルと仲良くなっているし、クレイは優しくて面倒見がいい。
また、粗野に見えるダリルは、意外と言っては何だが情に厚く、馬も熱心に手入れをしている。
この二人になら安心して任せられるだろう。
あの日、自分には『選択肢』がなかった。だからこそ、ベルノには選ばせてあげたかった。
けれどその気持ちは、十日後に思いもよらぬ形で塗り替えられることになる。
※ ※ ※
その日、馬車が静かに邸に入ってきた。
一目でそれと分かる、王宮の紋章が輝く荘厳な馬車だ。
礼をするレオハルトの隣で、リオンは物々しい雰囲気に圧倒されていた。
そこには、王宮からの文官と、法典院の法典官、そして医師が同行していた。
「まずは私からご説明させて頂きます」
応接に通された一行の中から、文官が進み出た。
「後宮のオメガが二十五になると将来の道を選択します。
それは婚姻、労働、実家の三択です。
婚姻は、地位・人格ともに保証されたアルファが選出され、見合いの形式にて、オメガの同意を得た上で成立します。
だが、たまに指名制度を活用するアルファがいます。
それが認められることは非常に稀なのですが……。
リオン殿、あなたは……近衛騎士団長レオハルト殿より、正式に指名を受けた唯一のオメガでいらっしゃいます」
――やっぱり……!
予想はしていた。
しかし、王宮の文官の口から言われると、初めて聞いたような衝撃を受けてしまう。
リオンはレオハルトを見た。彼はいつも通りの無表情で文官に相対している。
「この指名制度――リオン殿にとっては、自分の道を決められなかったと思われても仕方ないと、我々も理解しております。
ですが、この制度を完全に廃止することは、どうしてもできません。
稀に、『このオメガ以外との婚姻など考えられない』と訴えるアルファが現れます。中には、力づくで奪おうとする者も……。
そうした事態を防ぐため、“真に愛する覚悟を持つ者”のための特例として、指名という制度が用意されたのです。
しかしながら、この制度には常にリスクが伴います。
若いアルファは、たとえ愛していたとしても――その衝動のままに暴力や過度の性行為に走る傾向がある。
そのため現在では、三か月の同居期間を義務づけたうえで、我々が再度訪問し、オメガに選択肢を提示する――という形を採っております」
文官は一息ついて、リオンとレオハルトの顔をゆっくりと見つめた。
「何か質問はございますかな?」
「私からはありません」
レオハルトはきっぱりと言い切った。
「リオン殿はいかがかな」
文官の声のトーンが少し柔らかくなった。
「……レオハルト様は、最初から……この三か月のことを……?」
リオンの言葉に、彼は首を振った。
「知らなかった。三か月を過ごすまで、あなたが選択肢を奪われていたことも」
「相手のアルファに知らせると、三か月は模範的に振る舞い、その後から暴力的になった事例があります。
そのため、アルファはおろかオメガにも知らせず、あくまで通常の婚姻生活として三か月を過ごしていただく――それが、今の制度なのです」
リオンの膝は震えていた。
こんなにも足に力が入らなかったことなど、かつてなかった。
「では……僕が後宮から出た時に何の説明も受けなかったのも……」
「はい、その時に説明をしてしまうと、それを察したレオハルト殿が、態度を変える可能性があるからです」
予想していた絵合わせのピースが後から嵌っていくように、全体像が見えてくる。
今までの不安は全て当たっていた。そのことが世界をよりクリアに見せていた。
「リオン殿、あなたには三択が与えられます」
その言葉が、まるで鐘の音のように、胸の奥で鳴った。
それは朝の始まりの鐘なのか、それとも終わりを告げる宵の鐘なのだろうか。
「一つはこのまま、婚姻の継続」
レオハルトが、動かずにその場に立っていた。
「二つ目は、王宮での労働。三つ目は、実家に戻ることです」
一言ごとに、脳裏に浮かぶ映像が変わった。
レオハルトの腕の中で眠った朝。
台所でベルノと笑った日。
……そして、もう戻れないと思っていた、あの実家の扉。
別れ際の泣き顔の家族たち。
「……実家に帰ることはできるのですか?」
「はい。お母様、お兄様もあなたが帰ることを望んでおられます。リオン様のお部屋もそのままになさっていますよ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
あの家に、まだ自分の居場所がある。
そう思うと、今まで封じ込めていた家族への想いが溢れそうになった。
「実家に帰ることを選ぶと、どうなりますか?」
「婚姻の破棄となります」
「……そうですか」
そう答えた時、隣にいるはずのレオハルトの視線が、いつの間にかまっすぐこちらを射抜いていた。
息が詰まりそうになるほど、真剣で、切実だった。
「他にご質問は?」
「ありません」
「では、七日後に再訪致します」
そのときには、選ばなければならない。
「……リオン、私は――」
そこでレオハルトは言葉を切った。握り込まれた皮手袋がわずかに軋む。
「……いや……」
そのまま、彼の視線はふっと逸らされた。
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