第4話 おっさんの英雄譚
博士の言葉に、俺は思わず耳疑って聞き返した。
「俺なら魔物の力を使いこなせる? 何の根拠があってそう言ってるんだよ」
「ただの私の直感さ。それ以上でも以下でもない。まぁしいて言えば、魔物の力に適合するには耐えうる器であることと、魔物の力に飲み込まれないための強靭な意思が必要だという推論が立っている。その点、君は適任だと思うがね?」
実験への協力。要は魔物の力を体内に取り込む実験。
博士の話によれば成功率は0%。冷静に考えれば俺がやっても無理だろう。
ただ、どうせこのままだと死ぬ運命というのはその通りだ。
ならば、今優先するべきことは何なのか。
答えは、もう出ていた。
あの親子へ一歩踏み出した時に、俺はもう決めている。
絶対に助けると。
「俺は何をすればいい?」
「いいね。迷いがない男は嫌いじゃない」
そう言うと博士は、俺に銀色の腕輪を渡してきた。
「その腕輪は、アイリスと君の体を繋ぐパイプのような役目を果たす装置だ。装着者がその腕輪に向かって『起動』と言えば、アイリスから魔物の力「邪気」がその腕輪を通して君の体に流れはじめる。それに耐えられたら適合成功で、耐えられずに意識を失えば適合失敗さ。私たちの未来の為にも、頑張ってくれ」
「言われなくても、そのつもりだ」
「ふふっ。小一時間前とは顔つきがまるで違うね。これだから人は面白い」
博士はそう言っているが、別に俺の中で大きく変わった自覚はない。
別に今だって怖いさ。
死ぬのも怖いし、魔物に変わってしまうかもしれないのも怖い。
今にも逃げ出したいし、臆病な心はずっとある。
ただ。
「決めたんだ。もう一度だけ、この人生と向き合うって」
俺だって、胸を張っていきたい。死ぬときに、意味のある人生だったと思いたい。
もう、後悔をしたくない。
諦める日々は、もう終わりだ。
右手首に腕輪を嵌め、一度深呼吸をして精神を落ち着かせる。そして眼前に映る地獄を睨みつけながら、俺は叫んだ。
「アイリス、『起動』!」
刹那、右の手首にはめた銀色の腕輪が光り輝くと同時に、焼き焦がすほどの灼熱が俺の血管をめぐるのを感じた。
「グァあアアアアアアアア!」
呼吸がどんどん荒くなり、立っていられなくなって膝を地面につく。
心臓を抑えるも、その動悸がおさまることはなかった。
視界は三重にも四重にも輪郭がぼやけ、目や鼻などあらゆる孔から血がとめどなく流れ出る。
「それ、でも……ッ!」
痛みで意識が飛びそうになるたびに舌を噛んで意識を現実に引き戻す。高いのか低いのか分からない金属音が脳内に響き続けるのをひたすら堪える。
それからどれくらいの時が流れたのか分からない。1時間かもしれないし、もしかしたら1日かもしれない。もう時間の概念はなくなっていた。
苦痛は加速度的に膨れ上がり、もうとっくに限界を超えていた。
瞼がゆっくりと閉じてきて、意識がシャットダウンする寸前。
走馬灯のように俺はなぜか突然、遥か昔のことを思い出していた。
それは今まで記憶の底に眠っていた、母との暖かい記憶。
「孝二は、大人になったら何になりたいの?」
「僕ね、ママを助ける正義のヒーローになるんだ!」
ボロボロの六畳一間のアパートで、まだ小学生だった俺は母に向かってそう言いながら笑顔を浮かべていた。
「ママを助けてくれるのは嬉しいけど、ママ以外にも困っている人が助けてあげてほしいな」
「わかった!僕、困っている人を助ける正義のヒーローになるね!」
「孝二がいろんな人に求められるような人になってくれたら、ママは嬉しい」
「うん!僕、頑張る!」
そう言うと、母は嬉しそうに笑っていた。それに釣られて幼き俺も笑う。
ただそれだけの、何気ない日常の一幕。
なぜそれを今、こんな土壇場で思い出したのかは分からない。
これを思い出したとて、はるか昔の母との口約束だ。何の拘束力もなければ、お互い本気では言っていなかっただけかもしれない。
なのに。
「なんでだろうな。こんなに力が出るのは」
まったく薬の飲み過ぎで最近感情の起伏が激しくなっているのだろうか。いや、ただの加齢か。
「まぁ、どっちでもいい」
体が激しく拒否反応を起こし、体が溶けそうな感覚を覚えるがそんなものは関係ない。
俺は意を決して、天高らかに叫ぶ。
「俺は絶対に諦めないぞ! だから俺を認めやがれ、アイリス!!」
その言葉が届いたのかは分からない。
ただ一つ事実があるのだとすれば、何の反応も示さずに試験管の中で動かなかったアイリスが、試験管を破壊して俺へ向かって言葉を発したということだけ。
『生体コード確認:認証成功。
識別名【高津孝二】をマスターとして登録:完了。
邪気耐久テストリミッター1:適合。
アイリス、起動します』
次の瞬間、俺の体は謎の光に包まれた。
そして目を開けると同時に、俺は気がついた。
「な、なんだこれは!!」
腕と足、胴体を禍々しい造形の黒い全身鎧が覆っている。また鎧には鋭くとがった棘や角が生えていて、頭部には兜が装着されていた。
瞬間、体に強力な重力のようなものがかかる。まるで自分の体が鉛になったかのように、動かしにくくなっていた。
しかしそれと同時に、溢れんばかりのエネルギーが体の中に渦巻いている。
それが何を意味するのか。俺の思考が答えにたどり着く前に、目の前に立っていたアイリスが告げた。
「マスター、適合おめでとうございます。私はマスターの成長及び戦闘をサポートする、自律機動型邪気貯蔵歩兵、プロトタイプIRISと申します。何なりとご命令ください」
「とりあえずまずは、このダンジョンにいる全ての魔物を倒そう」
「かしこまりました。これより脅威の排除を開始いたします」
俺は眼前の地獄を睨みつける。
ここからは、俺たちが反撃する時間だ。
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