第5話 力の真価

 黒い鎧を身にまとった瞬間、体からはちきれんばかりの力が沸き上がってくるのを感じた。


 俺はぎゅっと拳を握りしめる。さっきまで好き勝手に暴れていたゴブリンたちは、異変に気が付いたのか一斉に俺の方を見た。


「行くぞ、ここからは反撃の時間だ!」


 黒く変色した研究所の床を踏みしめ、一気に蹴り上げる。感じたことのない推進力に身を任せながら、俺は一瞬で最初の標的ーーゴブリンのもとにたどり着く。

 

 そして握った拳を強くひき、全力で放った。


 刹那。


 音速を超えた拳が体にめり込み、破裂音と共にゴブリンが爆散する。

 周りのゴブリンはおろか、研究所の中にいた全ての生存者が俺を見てくる。それが期待なのか恐怖なのか、俺にはわからないが。


「これならいける!」


 俺はそこで初めて、本当に力を手にしたことを理解した。

 これでここにいる全員を助けることができる。あの親子を守ることができると、そう喜んだ。だがそれもつかの間、次の瞬間その力の代償と言わんばかりの疲労感と激しい痛みが俺を襲う。


「なんだ、これ……」


 視界が反転するかのような錯覚を覚え、俺はよろめく。それが何なのか、教えてくれたのはアイリスだった。


 アイリスは大教室の反対側でゴブリン相手に戦っていたのを中断し、手短に俺へ情報を伝える。


「マスターの体は邪気への耐性がないので、魔物の力を引き出すほどにその負荷がかかります。今の状態から計算するに、意識を失って戦闘不能になるまで残り5分程です」

「なるほどな。それがタイムリミットってわけか」


 残り5分。立ち止まっている時間はないな。


 俺はそう判断すると、すぐに次の標的めがけて跳んだ。強く拳を引き、同じように放つ。さっきと違うのは、全力で殴ると体力の消耗が激しすぎたので、丁度倒せるくらいの加減に調整したところ。

 60%の威力でもゴブリンは壁に吹き飛び、そのまま動かなくなった。


 ただ一匹倒すのにも数秒はかかってしまい、とてもじゃないが残り3分で倒し切ることは難しい。

 

「このままじゃ埒が明かないぞ」


 と、俺が焦りを感じたその時だった。背後から助言が飛んでくる。

 振り返ると、それは鼻息荒く興奮している様子の博士だった。


「適合おめでとう! 本当はもっと聞きたいことや話したいことがあるが、残念ながら今はそんな時間はないようだ。だから簡潔に言おう。この大教室は私たちに任せて、君はダンジョンボスを倒すんだ。変異型ダンジョンはボスが討伐されると全ての魔物が消滅し、元の施設に戻る」


「ボスって研究所のどこにいるんだ」


「基本的には大きな戦闘スペースを確保できる場所がボス部屋となる。今回ならば恐らく、エントランスだろうね。ただ、ダンジョンボスはここらのゴブリンの数十倍は強い。正直私程度では勝てないレベルだ。覚悟して望みたまえ」

 

「わかった。博士、ここを頼む」


「もちろんだとも。まぁ大多数のゴブリンが君を標的にしているから、君がここから動けば勝手についていくと思うがね。あと今の君はアイリスを起動しマスターになったことで、固有スキルーーダンジョン内で使える特殊技能を会得しているはずだ。使ってくれたまえ」


 俺は博士に頷くと、アイリスの方を見た。

 アイリスは俺の言いたいことを察知したのか、ゴブリンとの戦闘を止めて俺の方に駆け寄ってきた。


「アイリス、エントランスに行こう」

「かしこまりました、マスター」


 俺は大教室の扉を開くと、急いでエントランスへと向かった。道中には大量のゴブリンがいたが、ここで倒していても時間だけが過ぎていくので、無視してスピードで置き去りにしていく。

 加速するたびに心臓の鼓動が激しくなっていき体に負荷をかけているのは実感するが、だからと言って止まるという選択肢はない。


 俺は全力疾走で走りながら、ふと聞きたいことを思い出しアイリスに尋ねる。


「そう言えばさっき博士がスキルがどうとか言っていたんだが、どうやったら確認できるんだ?」


「ダンジョン内であれば、『ステータスオープン』と唱えれば自分のステータスやスキルを確認することができます。あと私は分類上マスターの所有物となっているので、マスターであれば私のステータスも確認することができると思います」


「了解、ありがとう」


 別に今、俺やアイリスの能力値を数値で見る必要はない。それはすべてが終わった後に、必要であれば確認すればいいだけの話だ。

 それよりも大事なのはスキルだろう。俺やアイリスで今ここで何をできるのかを知っていないと、この後のボス戦での戦略が立てられない。


「ステータスオープン!」


 俺がそう唱えるとともに、何もなかった空中に2つのディスプレイが映し出された。



名前:高津孝二

レベル:1

スキル:固有スキル『蓄積機構モード・チャージ』

    固有スキル『放出機構モード・バースト』



名前:アイリス

レベル:1

スキル:固有スキル『循環機構モード・サイクル』



 

 この情報の下にHPやらジョブやらいろんな言葉が書いてあるが、大事なのはこれらのスキルの使い方だろう。

 俺はスキルの詳細のページを走りながらスクロールする。



 蓄積機構:「チャージ」と唱えることで起動する。特定部位に邪気を溜めることができる。デフォルトでは右腕に設定される。

 放出機構:「バースト」と唱えることで起動する。特定部位に溜めた邪気を超エネルギーとして敵に放出する

 循環機構:ダンジョンボスもしくはネームドモンスターを倒し魔石がドロップした場合、その魔石を当該機が取り込むことで、適合者が魔石に刻まれた敵モンスターのスキルを使えるようになる。また、魔石を取り込むことで当該機そのものも強化される。


 なるほど。

 見た感じ、アイリスのスキルそのものはこの後のボス戦では使えないようだ。

 となると……。


「鍵は俺の2つのスキルか」


 そこに思考がたどり着くと同時に、俺は足を止める。

 その理由はただ一つ。目の前に倒すべき標的が見えたからだ。


「グァァアアアアアアア!!」


 エントランスにたどり着くと、自分の身長の4倍はありそうな巨大なゴブリンが俺たちの存在に気が付いたのか叫んだ。


 エントランス中に轟く鼓膜をつんざくようなその鳴き声は、今までの魔物とは明らかに格が違うということを告げていた。

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