第4話 黒竜レグニア登場

ケイス・アーサー(元・桂木慶介)は、ロイ・アーサー男爵と、その妻リリアの長男、妹はリリィ。ケイスもリリィも、メイドのミーナに可愛がられながら育ってきた。


ケイスの家は男爵といっても下級貴族、グレイス王国の王都の近くにあるラゼルという小さな村程度の領地を持っている。


屋敷は王都の中にあり、ロイは定期的に領地の巡視に向かう必要がある。

巡視に行くだけではお金が減るだけなので、商品の運搬を請け負っている。

この仕事のおかげで、なんとか男爵家としての体面を保つことができている。


ケイスは、のんびりした顔に、丸みのある体型。

本人は全く気にしていない。親しみがある顔を気に入っている。

桂木慶介に関係した記憶はないが、“正義感”と“善良な心”、それと前世の簡単な知識は、そのまま引き継いでいる。


***


……ヴェリルです。


慶介くんが、ケイスくんに転生して一年が経ちました。


一年の間、私なりに、世界モニターを見ながら、支援すべき人を見つけて支援してきました。小さな支援を積み重ねながら、世界全体の幸福度を上げていくはずだったのですが、まったく成果があがっていません。


はっきり言って困ってます。

つくづく自分に才能がないのがわかり、エリアマネージャーに辞表を提出しようかと思ったほどですよ。


でも、辞表を提出は、ケイスくんがどうなのかを見極めてからにすることにしました。

もちろん、神の世界に辞表が存在するとは聞いたことがありませんけど……


というわけで私としては、自分であれこれやるのは止めて、ケースくんがどう行動し、どう成果を上げてくれるのかを、神務室のモニターで見守っていくことにしました。


この一年、モニターでケイスを見守っていましたけど、幸運と不運のバランスを調整する“バランススキル”を、彼が少しずつ使えるようになってきたようで、安心しました。


母のリリアやメイドのミーナと共に街へ買い物に出かけた際、ケイスは善意あふれる商人を見つけては、こっそり“バランススキル”で幸運を少し多めに調整し、その効果を確かめていたようです。


幸運を与えられた商人の店には、自然と客が集まってきてましたね。

だが、集まりすぎたところで、再びバランスを元に戻す。

すると不思議と、客の数も落ち着いていく。


……うん、上手く使えてますね。


町の人々は「ケイスが店先で笑顔になると、なぜかお客が集まる」とか言いながら、冗談半分に“幸運の人”扱いして面白がっていますね。


ケイスくんには『目立たないように。しっかりスキルの練習をしておいてくれ……!』と念話を送っておきました。


スキルを与えた本人が言うのもなんですが、面白いスキルだと思います。

民の幸福度を上げるのにどれだけ効果があるのかわかりませんが、少なくとも見ていて面白いです。


***


ケイス、やっと十二歳となる――


「ケイス、十二歳になったんだ! アーサー家の領地・ラゼルに一緒に行くぞ。将来自分の領地になるところだ。よく見ておいてくれ!」


父、ロイ・アーサーの言葉で、ケイスはラゼルの巡視に同行することになった。

食料と商品を積んだ荷馬車で、護衛を含め総勢五人の旅路が始まる。


初めて父と遠出するとあって、ケイスは胸を高鳴らせていた。しかし、期待に満ちた道中で事件が起きる。森の街道で、木々の陰から盗賊団が飛び出したのだ。


「積み荷をよこせ!」

「抵抗するな!」


護衛が応戦するも、相手は十人以上。数が違いすぎた。

盗賊の一人が、俺を捕まえようと斧を構えて前進する。


斧を振り下ろそうとした瞬間、父が腹に蹴りを入れる。盗賊の手を離れた斧が、勢いがつたままケイスに向かって飛んでくる。


(え……! これで俺の人生……終わり……?)


間一髪、俺の前に飛び出してくる影があった。

飛んでくる斧の柄を掴む。


(怖くて……緊張して……体が動かない……)


「その子に手を出すな。盗賊ども! 命が惜しければ、消えろ!」

低く重く冷たい声。威厳を感じるほどだ。


見れば、銀髪の少女が一人、盗賊たちの前に立っていた。

背中には大きな剣。そして、その瞳は、炎のように赤い。

一瞬で空気が変わる。


「なんだ、あの女……」

「ひ、ひとりで来たのか?」


だが次の瞬間、少女の体から強烈なオーラが発せられる。

盗賊たちには、少女が黒鱗をまとった巨大な竜へと変わったように見えた。

恐怖のイメージを彼らに直接送り込んだのだ。


恐怖に駆られた盗賊たちは後ずさりする。中には震えながらも叫んだ者がいる。

「ドラ、ドラゴン……っ!?」

「なんで……こんなところに!」

「何者だ! あの女……」

「お、怯えるな! ただの小娘だ! 囲んで討ち取れ!」


三人が一斉に突っ込む。

刃が閃いた瞬間、少女の剣が唸った。

金属音とともに三人の武器が弾かれ、彼らは地面に転がされた。


「ぐっ……!」

「ば、人の姿をした化け物だ……!」


別の盗賊が後ろから矢を射る。

しかし、少女が振るった大剣の風圧が矢を砕き散らした。


「ひ、ひぃぃ!」


残りの盗賊も総崩れ。恐怖に駆られ、あっという間に森の奥へと消えていった。


***


……ヴェリルです。


約束通り、来てくれましたね。ちょっと心配しましたよ。

彼女は私が頼んでおいた最強の護衛、ドラゴン・黒竜のレグニアです。

これでケイスも安心だよな……。


***


元の姿に戻った少女は無表情のままケイスを見下ろした。

(こいつか、ヴェリル様が言っていた少年は……!)


「……ケガはないか」


「だ、大丈夫です! ありがとうございます!」


ケイスは思わず彼女の手を取り、何度も頭を下げて感謝を伝えた。

(素直なやつだな……)


そこへ駆けつけた父も礼を述べ、ぜひ我が屋敷へ来てほしいと願い出る。

彼女はそれを受け入れてくれた。


屋敷に戻ると、ミーナが不思議そうに彼女を見つめて言った。

「こんなに可愛い女の子なのに、強いのね……?」


「強さには自信がある」


ぶっきらぼうな態度ながらも、皆がレグニアを好ましく思うようになった。父ロイも母リリアも彼女を歓迎し、滞在を心から願ったため、結局は好きなだけ滞在してもらうことになった。


***


……ヴェリルです。


さすがにそのままだと。ドラゴンオーラが漏れて、アーサー家が、レグニアを受け入れてくれないと思ったので、ちょっと細工をしておきましたよ。

今後もちょいちょい細工をすることにします。


でないと、ドラゴンオーラでケイスに誰も近づかなくなってしまいますから……。

それじゃ困るんですよ。ケイスは、たくさんの人と交流を持ってほしいですからね。


***


数日後――


レグニアはケイスに唐突に告げた。

「私はドラゴンだ。お前を転生させた神様、ヴェリル様から頼まれたのだ。“お前を守れ”ってな」


「ドラゴンに守ってもらえるなんて最高です。ありがとうございます」


「私が守るんだ。ヴェリル様から託されたこと……それを、しっかり果たしてくれよ」


「もちろんです! 頑張ります!」


(お、素直なやつ……)


ケイスは胸を張ってそう答えた。レグニアの言葉には、どこか優しさがにじんでいて、不思議と勇気をもらえるのだ。


その足で父の部屋へ行き、お願いを切り出す。

「レグニアに僕の護衛をお願いしてもいいですか」


「願ってもないことだ。護衛を引き受けてくれるなら、彼女にはできる限りの報酬を支払うと伝えてくれ」


「彼女は、報酬はいらないと言ってました」


「では、家族の一員として、アーサー家に迎えると伝えておいてくれないか」


「わかりました」


こうして、俺には“最強の護衛”がつくことになったのである。

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