第13話 透子③
今から二週間前。私はなけなしのお金でバナナを買って帰った。いつもは玄米や味噌汁ばかりなので、久々の贅沢だった。
バナナは三本で一房になっていた。私と都子とおじいちゃんの三人で一本ずつ分けるつもりだった。私は買ってきたバナナを食卓の上に置き、二階に上がった。
おじいちゃんの部屋の扉を開ける。すると、ツンと鼻を刺すような臭気が漂ってきた。
おじいちゃんがスープを口に運んでいた。私が何日も前に作ったかぼちゃスープだった。全体に黒ずんでいて、表面には青カビが浮いている。
私は急いで駆け寄り、器を
「おじいちゃん! こんなの食べちゃ駄目でしょ! 腐ってるから!」
私は疲れ切っていたが、無理やり声を張り上げた。おじいちゃんは耳が遠いので、大声を出さないと聞こえない。
おじいちゃんはキョトンとしたような表情で私を見つめ返した。どういうことか説明してくれ、とでも言いたげだった。でも説明したところで理解できないのは分かりきっている。
「バナナ買ってきたから、一本食べていいよ。残りの二本は私と都子が食べるから置いといて」
「……あん」
おじいちゃんは微笑を浮かべ、肯定とも否定ともつかない返事をした。その声を確認し、私は一階のダイニングに戻った。
都子がもうすぐ中学校から帰ってくるはずだ。本当は学校に行かずに一緒に働いてほしいけど、義務教育ぐらいは受けさせてやりたかった。
私もおじいちゃんのおかげで中学校までは通うことができた。あの貴重な日々が「学ぶ」ことの楽しさを教えてくれた。都子にもその大切さを知ってほしかった。今度はおじいちゃんじゃなくて私が頑張る番だ。
卓上に目をやる。バナナは三人で食卓を囲んで食べたい。放っておいたらおじいちゃんが勝手に食べちゃうかもしれないから、監視しとかないといけない。
食べるのを我慢したり、遊ぶのを我慢したりするのは何ともない。——いや、何ともないと言ったら嘘になるけど、まだ耐えられる。
でも、気にかけなければならないことが多すぎるのには、いい加減気が滅入りそうだった。私がまだ正気を保っていられるのは、ひとえにおじいちゃんが喜んでくれるから——。
バコン。
変な音が聞こえた。玄関のほうからだ。
私はダイニングを出て、玄関へと向かった。そっと扉を開ける。
そこには小石を握った男の子が二人立っていた。小学校低学年くらいの年齢。片方はシルクでできた服を着ていて、もう片方は革服を羽織っていた。
「やーい、オンボロババア出てきたー」
革服を着ているほうが叫んだ。私は無言で扉を閉めようかと思ったが、奥から都子が歩いてくるのが見えた。都子がこの子たちに傷つけられるのだけは許せない。私は扉を開いて一歩踏み出した。
すると、
「わー、こわーい」
「ババアに殺されるー」
と二人の男の子は一目散に走り去っていった。私はため息をついて怒りを鎮める。
私は何日もお風呂に入っていないし、新しい服を買うお金もない。ババア呼ばわりされるのは初めてではなかった。我慢、我慢。
まもなく都子が近寄ってきた。彼女は玄関先まで着くと、溢れんばかりの笑顔を浮かべる。
「ただいま、お姉ちゃん」
その一言が聞きたくて、私は頑張っている。
「おかえり、都子」
二人でダイニングに行くと、いつの間にかおじいちゃんが下りてきていた。
おじいちゃんはすでにバナナを二本食べ終え、三本目を頬張っているところだった。
私はぎゅっと両手で拳を握る。我慢、我慢。私が目を離したのが悪いんだ。おじいちゃんは悪くない。
私の様子を見て、都子は状況を察したようだった。
「いいんだよ、お姉ちゃん。また買ったらいいもの」
賢くて、愛らしくて、優しくて。もしも都子が〝普通〟の家庭に生まれていたら、どんなに幸せだっただろう。彼女の顔を見るたびにそんなことを夢想してしまう。
おじいちゃんはムシャムシャと三本目も食べきってしまった。
都子はおじいちゃんのそばに近づき、黙ってバナナの皮をゴミ箱へ運ぼうとする。
そのときだった。おじいちゃんが突然都子を指差して叫んだ。
「盗った。この人、盗った」
――――プツン。
私の頭の中でハッキリと何かが断ち切れる音がした。堪忍袋の緒が切れたのではない。切れたのは——そう、諦めずに生きていく意志。まっすぐな道を進み続ける意志だ。
都子が今にも泣き出しそうな表情になって凍りついた。助けを求めるようにこちらを見上げてくる。
私は決意した。都子に〝普通〟に生きてもらうために。
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