第9話 探偵

 南條が居酒屋『まろみ』の前で一人で待っていると、だらしない服装の同年代の男が現れた。上は薄汚れたブラウンのジャケット、下はベルトのついていない灰色のズボン。全体的にだぼっとしていて、サイズが合っているようには見えない。


 男がニヤリと口角を上げた。


「よう。久しぶりだな、南條」


「タワラ、元気にしてたか」


 俵積田徹。苗字が長いので南條はタワラと呼んでいた。彼は不敵な笑みを浮かべたまま答える。


「ああ。おかげさまでな」


 二人して『まろみ』に入店し、店員に促されるままにテーブル席に着いた。とりあえず南條は瓶ビールを注文。俵積田はメニュー表に「イチオシ」と書かれているブランド物の日本酒を注文した。


 酒が届くまでの間に南條は口火を切った。


「タワラ、何か職にはついたのか?」


 たしか俵積田は学生の頃、「将来の夢作文」を白紙で提出して職員室を騒がせていた記憶がある。彼曰く「未来のことは誰にも分からない。人生プランなんて常にまっさらなほうがいい」ということらしいが、当時の教師は困り果てていたはずだ。


 案の定というべきか、俵積田はかぶりを振った。


「いや、何もしていない。夏は高原で野宿したり、冬は山小屋で一夜を越したり。金がなくなったら適当に稼いでしのいでいる」


「やっぱりか。……まあ俺がとやかく口出しするようなことでもないから、余計な忠言はしないでおこう。じゃあ今は暇なとき何をしてるんだ? 石集めでもやってるのか?」


「石集めを見下したような言い方だな。あれはあれで奥深い世界だよ。でも最近俺がやっていることは石集めではない。植物観察だ」


「花や木の実を観察するわけか」


「もちろん花弁や果実も美しいが、それだけじゃない。植物ってのは生体の全てが一寸の無駄もなく構成されている。幹や種子、落葉なんかも等しく美しい。そのどれもが、植物が進化の過程で最適化してきた優れた器官だ」


 俵積田は昔から独特の感性を持つ男だった。南條が考えたこともないようなことを平気で口にする。しかもいつも不思議と説得力を持っている。


 そのとき、店員が酒を運んできた。南條の前に瓶ビールが置かれ、俵積田の前に日本酒が置かれた。


 プシュッ。


 瓶ビールを開栓するときのこの音が好きだ。自分の中に溜まっていたストレスが炭酸と一緒に外に抜けていく心地がする。


 その後もたわいもない話を続けているうち、だんだんと酔いが回ってきた。


 南條はもともと酒に強いほうではない。頭がふわふわして気分がハイになってくる。


 一方の俵積田はケロッとした表情で日本酒を延々と飲み続けていた。どこまでも分からないやつだ、と南條は半分呆れてしまう。


 学生時代の思い出話が途切れたタイミングで、南條はふと現実に戻された。そういえば不可解な殺人事件に遭遇して捜査が難航しているんだった。


「なあ……タワラ。今からする話を誰にも漏らさないと約束してくれるか?」


 南條の口調に真剣さを感じ取ったのか、俵積田は神妙な表情になって頷いた。


「ああ。約束しよう」


 彼は昔から約束だけは守る男だった。記憶の限りでは、決められた時間に遅れてきたことは一度もない。この世界で南條が心の底から信頼しているのは彼だけだと言ってもいい。


「——実は今、とある殺人事件について捜査しているんだが」


 ここまでの捜査内容について、大まかに説明した。


 説明が終わると、俵積田は顎に手を当てて熟考した。酒を飲む手も完全に止め、思考モードに入ったようだった。


 彼はずっと沈思黙考していた。さすがに南條が居たたまれなくなってきた頃合いで、俵積田の顔からさっと血の気が引いた。


「このままでは次の被害者が出る。次の被害者は——保科惣吉さんだ」

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