「会津稔を殺したのは私です」
天野 純一
第1話 発端
1969年3月、西多摩。
路上で一人の男性が遺体となって発見された。男性には包丁で切りつけられたような傷があったが、周辺に凶器は見つからなかった。
警察はただちに殺人事件と断定。即日最寄りの青梅警察署に捜査本部が設置された。
会議室内に長机とパイプ椅子がコの字型に並べられる。空いたスペースにはキャスターのついたホワイトボードが設置された。
まもなく捜査会議が開始された。
警視庁捜査一課の
「事件の概要について説明する。被害者は証券会社に勤務する
すると
「犯人が持ち去ったと見て間違いないでしょうか」
三浦は鋭い眼光で服部警部補を見据える。
「現時点の情報からはその線が濃厚だが、まだ現場検証もままならない状態だ。あらゆる可能性を考慮しなければならない」
服部は「はっ!」と短く返事をして質疑を終えた。
三浦は再び捜査報告書に目を向ける。
「肉眼所見による死亡推定時刻は今日——3月12日木曜——の午前7時から午前9時の間。被害者が勤める
朝の出勤途中を狙った犯行——。南條は一人思考する。
被害者が木曜の朝にその道を通ることを犯人はあらかじめ知っていて、待ち伏せして殺害した。そう仮定すると、よくあるものとしては怨恨や痴情のもつれといった動機が考えられる。あるいは被害者に何らかの弱みを握られていたとすれば、口封じや情報の隠滅といった可能性もある。
一方で犯人が被害者のことを知らなかったと仮定すると、金銭目的の強盗である可能性が浮上する。あるいは逆に、被害者に包丁で襲われて正当防衛で殺してしまったという可能性も考えられる。
とはいえ正当防衛ならすぐに出頭するのが自然だ。刃物が持ち去られていることから、犯人には犯行を隠蔽する意志があったことになる。正当防衛の線は薄い。
南條は事実確認のため、手を挙げた。三浦の強面が彼のほうへと向けられた。
「どうした、南條」
「強盗である可能性についてはいかがですか?」
すると三浦は即座に首を振った。
「可能性は低いと見られる。被害者のポケットには五万円程度の現金が入った財布が残されていた。カバンからも何かが盗まれた形跡はない。強盗の線は薄いだろう」
「そうですか。ありがとうございます」
強盗の線は消えた。となれば無差別的犯行の可能性は一段下がったと見ていいだろう。もちろん真の意味での無差別殺人——いわゆる通り魔である可能性は常に排除できないわけだが。
とそこで、三浦が捜査報告書の束を取り出した。
三浦とは数年の付き合いだが、彼には独特の癖がある。自分の口でひととおり説明したあとで捜査報告書を配るというものだ。目と耳の両方で叩きこめ、という意味だと南條は解釈している。
三浦は報告書の束を他26名の手元に配布した。
「本内容については仔細に確認のこと。それぞれの持ち場は別途指示する。各自責任を持って対処せよ」
「「はい!」」と26名の声が重なり合った。
南條は所轄の
「よろしくお願いします、南條係長。呼び方は係長でよろしいですか?」
「ああ、いいよ。じゃあ俺は堂前君と呼ぶことにさせてもらおう」
「あ、はい! ありがとうございます、係長!」
何に感謝されたのかはよく分からなかったが、とにかく元気そうで何よりだ。
最初に南條と堂前に割り当てられたのは、被害者の娘である会津愛実への事情聴取だった。
捜査報告書によると、会津愛実への直接の事情聴取はまだ行われていないらしい。被害者の一人娘という重要人物にもかかわらず、まだ事情聴取を行えていない。これが何を意味するのかも報告書に記されていた。
『会津愛実は3月10日から友人と福岡県に滞在していると証言。ただちに重要参考人として任意出頭を要請。署への到着は20時前後となる予定』
現在時刻は19時45分。予定通りならまもなく到着することになる。
愛実への初の事情聴取。本事件の捜査において非常に重要な職務と言えた。
彼女はおとといから『友人と福岡県に滞在している』という。犯人候補からは外れたようだと感じる一方で——出来すぎている、そう勘繰ってしまう自分がいるのも事実だった。
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