魔王も勇者も、殺しちゃってごめん……。

No Exist

第1話 人を殺すのは簡単だ。ナイフでもいいし、薬でもいい。

 はぁ、疲れた。なんて陽気な旅だったことだろう。勇者元彼が冷たくなって足元に倒れていた。


 なんてことはなかった。いつも通り一緒に酒を飲みにバル配信へ出かけて、こっそり酒に睡眠薬眠剤を混ぜてやった。眠り出したところで、家まで運んでやるフリをして、そのまま裏路地SNSナイフ証拠写真を刺して殺した。勇者元彼だと分からないように、ハンマーで顔の形をめちゃくちゃに壊してやって、あらゆる証拠を魔法薬マジック〇ンで揉み消して、地下通路掲示板へ放り捨てる。死体知性なき生命の感触はいつになっても気持ち悪かった。でも、もう終わったことだった。


 魔王ジジイを殺す時と大差なかった。あの時は俺も焦っていたから、大量の兵器情報人員ファンネルを動かして失敗しそうになったけど、それすらフェイント作戦ということにして、対魔ガス現実の痛み室内VCにこれでもかとばら蒔いた。それだけで、魔王ジジイ勇者元彼数千年にも及ぶ戦い月9ドラマは幕を閉じた。旅が終わって、あの時のことは『勇者元彼何とかのチカラ真実の愛に目覚めたから』だの、『魔法使いメンヘラ女眠れる七つの石裏アカを持っていたから』だの、なんだかよく分からないガセネタが勝手に広がって行った。


 本当は違うのに。

 全部、俺が毒ガス現実感で殺しただけなのに。


 まあでも、もういい。そんなくだらない日常ももう終わりだ。これでギルドサーバーの人間と俺の素性を知る者を、全て殺しきることに成功した。この町にはもう、俺のことを『勇者パーティの英雄さんマンブー』なんて、平和的で腑抜けた呼び方をする奴は一人として残っていない。これでようやく元通りだ。


 俺は殺人鬼情報屋だからな。顔を覚えられちゃまずいし、ましてや噂話ガセネタなんてもっての他だ。人を殺したくらいじゃこの腑抜けた街は何も変わらない。魔王ジジイが居なくなって、もうすっかり平穏だとみんな信じきっているからだ。その裏で俺に消されていく人間がいても、日常に勤しむ住人たちはそんなことすぐに忘れていった。誰も死体性欲バカの話なんか酒の話題にあげたくないからだ。


 ここのバルの主人スポンサーもとっくに、俺がして代替わりして、当時のことなんか何も知らない無邪気でいたいけな7歳の少女可愛い女の子が営業してるから、そう、誰ももう、俺の事なんて――。


「何してるの、英雄さん」


 うわっ。なんだよお前……!急に話しかけんなよ、びっくりするだろ。って、お前、生き物だったのかよ。驚くのも無理はなかった、だって声の主は白いしっぽを生やし、白い耳をピンと立てて、まるでぬいぐるみのように愛らしい、ふわっふわな純白の狐の姿をしていたから……。


「俺は……英雄なんかじゃない。殺人鬼だよ。何、お前?ここにいたなら、俺が何をしてたか、見てたろ。人殺しだよ、ひ・と・ご・ろ・し!……俺みたいな殺人鬼、関わらない方がいい。声なんかかけんじゃねぇよ。魔法警察にでも通報しとけよ。今すぐに」


「うん、君を通報したら、すぐに捕まるね……魔法警察なら、逆探知も魔法通信と精霊監査で出来るもの。でもその前に、君と話してみたかったんだ。ダメかな?」


 しっぽをゆらゆら、ふわふわと揺らめかせて、白い狐男は笑う。ふと鼻に香る、甘ったるい匂い。妖魔のフェロモンだろうか。そうするとこいつの種族は妖狐チャーム使い、ははん。なるほどな。


「さてはお前、友達フレンドが欲しいのか?」


 それも、殺人鬼晒し屋の友達。……そんな、馬鹿な。いくらこいつが妖狐誑かし屋だからって、俺は、殺人鬼だ。たった今、人を殺した。パーティメンバーも、この町の無害な一般人も、みんな殺してきた。そんな俺と、まさかまさか、『友達になりたい』だなんて……。


「うん。僕、友達がほしいんだ」


「お前、マジで何言ってるかわかってる?俺は殺人鬼だぞ?お前を今、ここで、殺してやったっていいんだぞ?」


 狐男は眉を下げる。


「それはちょっと嫌だなぁ。殺されるのは勘弁して?でも、友達になって」


 なんだコイツ。頭おかしいって。でも……その笑い方は、ちょっとだけ、勇者元彼に、似ていた。……ちょっとだけ、な。


「いいのか?殺人鬼情報屋の友達なんかで。俺は善人じゃない。むしろ悪魔よりも悪魔だよ。なんせ人を殺すんだからな。敵か味方かなんて関係ない。俺は人を見たら殺さずにはいられない。すパターンを考えずにはいられない。そういう生き方をしてきた。お前みたいな魔物の殺し方なんて、いくらでもある。なんせ、お前は俺と会話をしてる。その時点でお前はもうダメだ。お前をす方法が数十パターン思いつく。お前、それでもなれんのかよ?俺と、友達フレンドに」


「なれるよ。君は悪魔じゃないもん。殺人鬼でしょ?なれるなれる。大丈夫」


 まるで『昨日の夕飯のステーキは美味しかった』と笑う子供のような笑顔で、白い妖狐イケボはそう言った。理解できねぇ、なんなんだよこいつ。


「どうしてそう思うんだ」


「だって……僕と友達になったら、人なんか殺せなくなるから」


「……は?」


「僕は……清浄の妖狐。狐だけど、見ての通りしっぽも耳も白いのは、僕が妖魔のエネルギーを浄化してしまうからなんだ。嘘だと思うなら、君が持ってる魔法薬、全部飲み干してあげよう。きっと、僕にはひとつも効かないよ。全部、体内で浄化しちゃうからね」


 それを聞いた俺は鳥肌が立った。浄化……?浄化だって?それじゃあ、俺みたいな悪人の考えも、殺人衝動も、こいつといたら浄化されるってことか?いや、それよりも。浄化ってことは、こいつまさか。


「清浄って……お前、キメラじゃないか」


「うん。気づいちゃった?」


 気づいたも何も、パーティチームにいた頃、俺はこの手の聖獣善良PLを嫌という程目にしてきている。浄化の力を持つ聖獣、███の、キメラ。伝承でしか一般には伝わっていないから、その存在を見たことがあるのはここらだと俺くらいしかいないだろう。


「……わかったよ。友達フレンド、なってやってもいいよ」


 しぶしぶ承諾する。なんせ、キメラと分かったら話が変わってくる。こいつをす前に、色々試したい技法文法があったからだ。ちょうどいい。いくつかこいつで試して、新しい殺害方法晒し方を編み出そうじゃないか。楽しくなってきたなあ……。


「ほんと!?嬉しいなぁ。これであと2人だね!」


 しっぽをパタパタと揺らして喜ぶ狐男。……って、ちょっと待て、今なんて言った?あと2人だって?


「まさか……お前、勇者パーティプロチームを作る気か?」


「うん!えへへ、やっと、初めて出来たなあ。友達……」


 正気を疑うとはまさにこの事で、こいつは本当に純粋に仲良くなって、俺を勇者パーティプロチームに誘うために友達フレンドになろうとしていた。なんでだよ。俺は殺人鬼情報屋なのに。今、人をしてたのに。もっとほかにいただろうが。なんだコイツ。なんなんだこいつ。


「お前、ちょっとおかしいんじゃないか?」


「えへへ、そうかな。ごめんね……?でも、君なら友達になってくれそうだったから」


 愛らしいしっぽがふわふわと揺れる。なんだかそのしっぽの動きを見ていたら、さっきまでの怒りも馬鹿らしくなって、全部どうでも良くなってくる。


「いいよ。その代わり……そのしっぽ、モフらせてよ」


「うん。どうぞ」


「……ああ、暖かいな」


 もふもふ。温もりが体に染み渡る。


「ねえ、英雄さん、お名前教えて貰ってもいいかな?僕は君を、なんて呼んだらいい?」


「……あかり。上田あかり。俺の本名」


「あかりちゃんか。やっぱり、女の子だったんだね。……僕の名前は、しらかば。白樺陽介。よろしくね」


 しらかばが俺の頭を撫でた。……やめろ、触るな。撫でるな。でもちょっと、照れくさい……。それに、いい匂いもする、うぅ……。


「……よろしく」


「うん、ふふふ」


 しらかばのふんわりした笑い方が、少しだけ胸の奥をきゅう、と締め付ける。ああ、……殺したいな……。いや、いけないいけない。しらかばは、友達だ。仲良くしなきゃな。


 俺はそうして、妖狐イケボ男友達フレンドになった。俺はそうして殺人鬼情報屋から、再び勇者パーティゲームチーム傭兵一員となるのであった。

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