第四章:新しい弔いの形
それから僕たちは、毎週末に会うようになった。
あかりは金曜日の夜行バスで京都にやって来る。節約のためだと言っていたが、本当は京都への旅路を楽しんでいるようだった。僕は彼女を京都駅まで迎えに行き、土日の二日間で新しいサービスの企画を練る。
最初の一ヶ月は、お互いの理解から始まった。
「あかりさんのVR技術、実際に体験してみたいです」
僕が言うと、あかりは少し嬉しそうな顔をした。
「本当ですか? でも批判的になっちゃダメですよ」
「約束します」
僕は実際にVRゴーグルを装着し、あかりが作った仮想空間を体験した。そこは確かに美しい世界だった。亡くなった老人が生前愛した公園が精密に再現され、桜の花びらが舞い散っている。
しかし、やはり僕には物足りなさがあった。
「確かに美しいです。でも……」
「でも?」
「匂いがしません。風を感じません。何より、死の重さがない」
あかりは少し落胆した表情を見せたが、すぐに真剣な顔になった。
「具体的には、どういうことですか?」
「生きている世界には、予測できない要素があります。突然鳥が鳴いたり、風で花びらが舞ったり。そういう偶然が、記憶に深みを与えるんです」
あかりはメモを取りながら聞いていた。
「なるほど。ランダム要素を増やせば改善できるかもしれません」
「それと」
僕は続けた。
「VRの中の故人は永遠に生き続けます。でも現実では、人はいつか必ず死ぬ。その事実を忘れさせるのは、かえって残酷かもしれません」
あかりは長い間沈黙していた。そして、ぽつりと呟いた。
「……時間制限を設けるということですか?」
「そうです。例えば、四十九日間だけVRアーカイブにアクセスできるようにする。その間に遺族は故人との思い出を整理し、最後はお別れをする」
あかりの目が輝いた。
「それなら、仏教の教えとも矛盾しませんね」
◆
一方、あかりは僕の湯灌を実際に手伝うようになった。
「手を貸しますよ」
最初は遠慮していた彼女だったが、だんだん積極的に参加するようになった。
「湯の温度、確認してもらえますか?」
「38.2度です。少し高いですね」
あかりの手は器用だった。ITエンジニアらしい丁寧さで、故人の体を清拭していく。
「不思議ですね」
あかりが作業をしながら呟いた。
「デジタルの世界では、全てが数値で管理できます。でも、これは数値だけじゃない何かがある」
「それが心です」
僕は答えた。
「技術がどんなに進歩しても、人の心だけは数値化できません」
「でも」
あかりが反論した。
「私たちのAIは、感情も分析できます。喜怒哀楽のパターンを学習して、故人の人格を再現することも可能です」
「それは感情の『模倣』です。本物の感情ではありません」
僕たちはよく、こうした議論を交わした。しかし、それは対立ではなく、お互いの理解を深めるための建設的な対話だった。
◆
二ヶ月目に入った頃、僕たちは最初のプロトタイプを作成した。
それは「デジタル湯灌」とでも呼ぶべきサービスだった。
まず、あかりのシステムで故人の情報を収集する。写真、動画、SNSの投稿、家族の証言。しかし、収集したデータをそのままVRアーカイブにするのではない。
僕が故人の人生を聞き取り調査し、その人だけの「物語」を紡ぎ出す。そして、その物語をベースにしたVR空間を作成する。完璧な再現ではなく、故人の「らしさ」を表現した世界。
「ポイントは不完全さです」
僕が説明した。
「完璧すぎるVRは、かえって不自然です。記憶は曖昧で、感情的で、時には矛盾している。そのありのままの姿を表現したいんです」
あかりも同意した。
「確かに、人間の記憶は完璧ではありません。むしろ、その不完全さが人間らしさなのかもしれません」
また、VRアーカイブには時間制限を設けた。四十九日間でアクセス権限が切れ、その後は「思い出のアルバム」として静的なデータのみが残る。
「これにより」
あかりが説明した。
「遺族は四十九日間で
◆
三ヶ月目、僕たちは初めての利用者を迎えた。
三十代の夫婦が、亡くなった父親の葬儀を依頼してきた。故人は生前、ITエンジニアとして働いており、新しい技術に興味を持っていたという。
「父は『古いものと新しいものを融合させることが、本当の革新だ』とよく言っていました」
息子さんがそう語った。
僕たちは、その故人のための特別なプランを作成した。基本的な葬儀はあかりのシステムで効率化し、僕が故人の人生を語る「語り部の儀」を中心に据える。
そして、故人が生前開発していたソフトウェアをVR空間に再現し、参列者がその「作品」を体験できるようにした。
葬儀当日、会場には多くの人が集まった。家族、親戚だけでなく、故人の元同僚やプロジェクトメンバーも参列してくれた。また、VRシステムを通じて、海外在住の友人たちも参加した。
僕の「語り部の儀」では、故人の技術者としての情熱と、家族への愛情を中心に物語を紡いだ。
「田中太郎さんは、コンピューターと人間の架け橋になることを夢見ていました。彼が開発したソフトウェアは、多くの人々の生活を便利にしただけでなく、テクノロジーに温かみを与えました」
参列者の多くが涙を流し、故人への感謝の気持ちを新たにしていた。
葬儀後のアンケートでは、「故人の人生の意味を改めて理解できた」「技術と伝統が見事に調和していた」という声が多数寄せられた。
◆
しかし、全てが順調だったわけではない。
僧侶の団体からは「仏教の教えを軽視している」という批判が寄せられた。
「VRアーカイブなどという最新技術で、死者の魂を冒涜している」
地元の住職がそう批判した。
また、従来の葬儀業界からも反発があった。
「業界の秩序を乱している」
「価格破壊が進めば、職人の技術が失われる」
そんな声が上がった。
しかし、最も辛かったのは、あかりの会社の取締役からの批判だった。
「あかり君、君は何をしているんだ? 我々は効率化を目指していたのに、非効率な儀式を取り入れるなんて、本末転倒だ」
取締役会で、あかりは激しく指弾された。
「伝統にこだわって、革新性を失っては意味がない」
しかし、あかりは屈しなかった。
「私たちは効率化だけを目指していたわけではありません。遺族の心に寄り添うことが目的だったはずです」
「きれい事を言うな。ビジネスは結果が全てだ」
その夜、落ち込んだあかりから電話があった。
「菫さん……私、会社を辞めようと思います」
僕は驚いた。
「どうして?」
「もう、利益だけを追求する会社にはうんざりです。私たちがやりたいのは、本当に人の心に寄り添うサービスです」
僕は彼女の決断を支持した。
「それなら、一緒に新しい会社を作りましょう」
◆
それから半年後、僕たちは新しい会社「メモリアル・ブリッジ」を設立した。
資本金はそれほど多くなかったが、僕たちには確固たるビジョンがあった。
「弔いの形は一つじゃない」
それが僕たちのモットーだった。
遺族のニーズに応じて、シンプルな火葬プランから、伝統とテクノロジーを融合させた特別なプランまで、柔軟にカスタマイズできるサービス。
料金は完全に透明化し、追加費用は一切発生しない。そして何より、僕たちは故人一人ひとりの人生に敬意を払い、遺族の想いに寄り添うことを最優先にした。
最初の一年は苦労の連続だった。資金繰りに悩み、競合他社からの妨害もあった。しかし、利用者からの感謝の声が僕たちを支えた。
「故人らしい葬儀ができました」
「家族の絆が深まりました」
「悲しみを乗り越えることができました」
そんなメッセージが毎日のように届いた。
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