第二十五話 一階層その四

「お姉さんが…現役の登塔者⁉」


 左近寺さんの衝撃的な発言に、僕は思わず声を弾ませる。周りの三人もまた、それぞれの表情で驚きを露わにした。

 彼女はその反応を満足げに受け止め、誇らしげに笑みを零す。すると、少し照れくさそうに頬を掻きながら、言葉を続ける。


「序列七十八位、『翠雨の空冥団』に所属してるの!」


「「「――ッ⁉」」」


 今度は根川すらも驚愕の息を呑んだ。

 序列百位以内、それは誰もが認める一流の登塔者。世間に名の知れた強者ぞろいの領域だ。


「…『翠雨』に、姉がいるだと?」


 根川の声には、常日頃の傲岸さが影を潜めていた。普段は尊大な態度を崩さない彼でさえ認めざるを得ない。正真正銘の実力者、その証だろう。


「うん!私なんか比べものにならないくらい強くて、頼もしくて、それにすごく美人で…私の憧れの人なんだ」


 彼女の双眸に宿る尊敬と憧れの輝きは、偽りない本物だった。


「素敵なお姉さんなのね。お姉さんから、いろいろ教わっているの?」


 舞さんの問いに、左近寺さんはこくんと頷いた。


「うん。実戦での戦い方や心構え、それに『三種の法則』も。あとは…加護同士の相性や宝箱から見つかる遺物の種類、塔の仕組みもちょびっとだけ。でもね、個人稽古はすごく厳しかったよ!」


 「塔の仕組み」という言葉に、僕は思わず耳をそばだてた。このまま聞き流したら、きっと後で後悔する。そう直感した僕は、つい食い入るように彼女を見つめ、さらに尋ねずにはいられなかった。


「『仕組み』って、どういう意味?」


「あ~…」


 左近寺さんは少し言葉を選ぶように間を置き、周囲を見回し他のパーティーがいないことを確認して、声を潜めた。


「これはあんまり大っぴらに流布することじゃないんだけど。ある日、里帰りした姉が珍しく気落ちした表情で言ったんだ。『塔は、登るための場所じゃない。選ぶための場所なんだ』って」


「選ぶ…だと?」


 意味が捉えられない根川が首を傾げる。


「うん。誰を上に連れていくか。あるいは置いていくか。塔は全ての物語を記憶してる。だから塔に認識された登塔者たちは、登っているようで、実は試されているのかもしれない、って」


 左近寺さんの声は淡々としながらも、塔の暗がりに溶け込むように、さらに低く沈んでいった。その言葉に、一瞬、空気が凍りつく。


「なんだそれ……気味が悪いな」


 根川が嗤うようにそっぽを向く。だけどその目は、どこか慎重に周囲を窺っていた。無言の清龍君は、俯いて地面の小石を拾い上げ、それをひたすら指の間で転がし続けている。


「ありがとう。大切な話を聞かせてくれて」


 そう感謝を伝えた僕は頭を下げる。左近寺さんは一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「ううん、気にしないで。私たちは共に天辺を目指す仲間だもん!」


「ああ…!」


 その言葉に、胸の奥に確かな温もりが広がる。初めての戦い、初めての勝利。こうして一つひとつの経験を重ねながら、僕たちは確かに前へと進んでいるのだ。




 初探索を始めてから、気が付けば五時間が経っていた。


 最初の戦闘から幾度かの交戦を経て、僕たちは三度の魔物との遭遇を無傷で乗り越えていた。

 いずれも、深く苔むした岩陰から現れる小鬼や獣の亜種といった、第一階層に棲息する魔物。初めは緊張と恐怖で無断な体力を消耗して、喉がカラカラに渇いたけれど、戦いを重ねるうちに呼吸も整い、連携も自然と形になっていった。


 左近寺さんの正確無比な弓撃。舞さんの加護による支援術と優れた槍捌き。清龍君の爆発的な瞬発力と反応速度。認めるのは癪だけど、根川の明確な指揮と刀の技量。どれもが僕の目には頼もしく映った。


 僕自身も扱う六尺棒の実戦形式の使い方に少しずつ慣れつつある。最初は衝撃の反動や重さに翻弄されていたが、魔物を倒すごとに自然と動きが洗練されるように感じた。


「…もすぅ」


「お疲れ様。清龍君もほら、今のうちに飲んで」


「もすもす」


 舞さんの労いの言葉に清龍君は小さく頷いた。その肩は微かに上下している。手渡した水筒を口に含み、喉を潤す。


 僕たちは小鬼の群れとの戦いを終え、ひとときの休息をとっていた。これまでに手に入れた魔石は十五個。大儲けとは言い難いけど、換金すれば一人あたり一万円を超える計算だ。命を対価に賭ける必要があるとは言え、この間まで普通の高校生だった僕からすれば、十分すぎるほどの報酬に思えた。


「一階層で採れる小級魔石さえ一個五千円の価値があるのね。供給が需要を上回っているのに、なぜ相場が下がらないのかしら?」


 パーティの資金管理を任されている舞さんが、小さな布袋を傾けながら呟く。掌に転がった薄紫色の結晶が、不規則に明滅している。


「値崩れは起こらない。それは断言する」


 意外なことに、その言葉に答えたのは根川だった。普段は世間話に興味を示さない彼が、確信に満ちた声で言い切る。


「どうしてそう言い切れるの?」


 舞さんが問い返すと、根川は小さく鼻を鳴らし、やや面倒くさそうに続けた。


「理由は単純明快。魔石は塔でしか生成されず、挑戦者自体が限られている。大半は零階層の街の維持に消費され、魔道具の動力源にもなる。加えて、それに蛮族の諸外国が魔石に秘められた未知のエネルギーを解明しようと、日本に法外な金を払って買い漁っている。だから供給が需要を上回ることはまずあり得ず、値崩れも起こらない。階層が上がれば上がるほど、希少価値は右肩上がりというわけさ」


 根川の言葉に、僕も思わず唸ってしまう。

 実際、僕たちがここに辿り着くまでだって、適正検査で合格数値を叩き出して過酷な訓練施設に三ヶ月を要した。今こうして塔に挑戦できること自体、かなりの幸運と努力の賜物だ。


 休憩の間、なぜか経済の話にまで及んだが、十分に体力を取り戻した僕たちは、再び一階層の探索を再開した。


 ――遂に苦戦することなく奥へと進んだ僕たちは、ついに上へと続く階段のある大広間に辿り着いたのであった。

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