第十九話 塔と加護 その三

『加護:流れ星』


 星々の導きを道標とし、根源たる光の力を身に宿す者。

 暗闇のただ中にあっても進むべき道を見失わず。

 星の輝きは己が力となり、やがて敵を打ち破る光とならん。



 ポケットからその丸まった紙を取り出し、そっと広げたおみくじに書かれた文字に思わず目を疑った。

 星の輝きは己が力となり、やがて敵を打ち破る光。明確な効果が全く説明されていない。どれほど役に立つのか今のところ不明だ。


「これはいったい、どういう意味なんだろう?」


 訝しげに呟く。塔に初めて入った者は漏れなく加護を授かる、認識は座学授業で習ったことは覚えているけど…。

 まさか神社やお寺で引くような、みくじと同じような形で現れるなんて正直に驚いた。

 

 隣に立つ舞さんも、小さく息を吞み、同じように広げた紙片をじっと見つめている。


「舞さん、君のは何が書いてある?」


 声をかけると、彼女は手にした紙を静かに読み上げた。


「私の加護は『付与術師』らしい?『己の力や道具に特殊な効果を付与し、戦いを有利に導く。付与された力は一時的だが、その効果は絶大である。蕾が咲けば反転も成し得よう』…だそうよ」


 彼女の声には、驚きと戸惑いが入り混じっている。完全に納得していない声だ。


 加護の内容を読み解くに、塔が与えた効果は寧ろ後衛の支援向き。訓練生の中でも群を抜く身体能力を宿し、槍の天賦に恵まれた彼女にとって、付与術と言う後衛支援型の加護は意外だったに違いない。


 訓練場で幾度となく、彼女が颯爽と槍を振るう姿を見てきただけに、突如授かった支援特化の能力。彼女が複雑な表情を浮かべるのも無理はなかった。


「支援型の加護か~。思いもしなかった加護ね。でも、この『付与術師』、使いようによっては戦局を一変させる可能性があるわ。特に『蕾が咲けば反転も成し得よう』という一節が気になってしょうがないわ」


 舞さんは眉をひそめ、紙面を食い入るように凝視する。彼女の言葉に、僕も知恵を絞って彼女の加護の説明文を改めて思い巡らせた。


「反転…つまり状況次第で攻撃にも転じられる。敵の力を逆用するような使い方もできるのかも」


 僕がそう呟くと、舞さんが小さく頷いた。


「正真正銘逆転の一手ね、後衛支援から前衛攻撃へ。加護を活かせば、戦術の幅が広がるかもしれない」


 彼女はそう呟くと、ほのかに口元を緩めた。その笑顔はどこか自信に満ちあふれているように感じる。だが、その笑みは長くは続かず、すぐに真剣な面持ちに戻った。


「でも断定は禁物よ。『反転』が解釈通り効果を発揮するかは不明だし。不確定要素が多すぎる。それに私の場合、軽々と槍から他の武器に転向する余地がないの。弓術を習得するのも多大な時間が掛かるわ」


 舞さんの言葉に、僕は少し考え込んだ。確かに、彼女が言う通り後衛向きの加護じゃ折角の槍術を生かせない。


 ひとつの芸術とも呼べる彼女の槍使いは他者を魅了し、美しいとさえ感じる。


 だからこそ攻撃手段の選択肢を狭めてしまう加護に物足りなさも、きっとあるのだろう。


 「舞さんの槍術は本当に綺麗だからね。その技を活かせる加護が理想的だったかもしれないけれど…。この『付与術師』、槍そのものに力を宿す使い方もできるんじゃないかな?切れ味を高めたり、衝撃を込めたり」


 僕の提案に、舞さんの瞳がぱっと輝いた。


「そうね!味方への支援だけでなく、槍そのものを強化する道もあるわ。まだ詳しい力の引き出し方は分からないけど、試す価値は十分ありそう。教えてくれてありがとう、純君」


 感謝の言葉を伝えた舞さんは、再び手にしたおみくじを見つめた。一瞬、深く思索に沈むような表情を浮かべたが、すぐにいつもの凜とした面持ちに戻る。


「純君の加護は後ほど聞くとして…まずは雷門君はどんな加護を授かったの?」


 背後で僕たちの会話を静かに聞いていた清龍君に、舞さんがそう尋ねた。腕を組んで難しい顔をしていた清龍君が、ゆっくりと口を開く。


「もす、もすもすす…もすももす、もすすもすん」


「へえ!なかなか強そうな加護じゃないか!」


 清龍君の説明に首を何度も頷く僕と、困惑気味の表情を向ける舞さん。二人の反応の違いに、彼女は困ったように尋ねた。


「ええと…純君、通訳をお願いできる?」


 っあ、そうだった!彼の「もす」に込められた感情や真意を理解できるのは、僕だけだ。


「清龍君の加護は『飄の導き』だって。『風のように自由かつ迅速に動く力を与える。凪は時に優しく、時に厳しく、その力を正しく使う者にのみ真の力を授ける』…らしい」


「『飄の導き』…成程。俊敏な雷門君に相応しい加護ね。移動速度加速か、敏捷性向上の効果かしら?」


 舞さんが納得したように呟くと、清龍君は満足気な表情を浮かべた。僕らが話している間にも他の訓練生たちが仲良しグループに集まり、それぞれ思い思いに紙を広げている。


「それで、純君は加護を教えてくれるのかしら?」


 そっと一歩近づいた舞さんが微かに首を傾げて尋ねる。艶やかなな黒髪が塔の太陽から光を受けて、さららさと肩に流れる。

 ほのかに甘い香りを漂わせながら、彼女の声は春風を乗せた囁きのように優しく僕の耳元に振れる。


 少し緊張しながらも、僕はおみくじに書かれた言葉を読み上げた。


「僕の加護は…『流れ星』だよ」


 もう一度おみくじに書かれた文面を読み返しても、この加護が何を意味するのか今の僕にはまだ理解できなかった。


「『流れ星』?随分と詩的な加護ね」


 舞さんが眉を寄せながら、手の中のおみくじを覗き込んだ。その視線は真剣そのもの、何かをか探る雰囲気を感じさせる。


「星の力を身に宿す…って書いてあるけど、具体的にどういう効果なのか、今のところまったく見当がつかないんだ」


 少し肩を落としながら、僕はおみくじをじっと見つめた。星の輝きが己の力となる、実に詩的な表現だけど、この塔の中に果たして星々は存在するのだろうか?今いるこの階層の空を見上げても、星が瞬く夜空の片鱗すら見当たらない。


「でも、純君。抽象的なからこそ、可能性は無限大かもしれないよ」


「――っえ?」


 舞の言葉が終わるやいなや、彼女は微かに、しかし確かに身を乗り出してきた。距離がつまり、僕は彼女の瞳の奥不覚に宿ったきらめきをまざまざと見て取る。それは曇りない希望の光で、何か期待に満ちているように感じた。


「例えば、外の夜空と繋がっていて、星々の力を借りられるのかもしれない。星座の配置や動きで力が変化したり、特定の星座の力を引き出せる可能性だってあるわ」


 彼女なりの解釈に僕の興味が引かれる。星座にはそれぞれ固有の物語や意味がある。もしそれが加護の力と結びついているなら、この能力の可能性は計り知れない。しかし、一つ大きな疑問が頭をよぎる。


「星の力を借りる、ってどういうことだろう?具体的に、どうやってその力を引き出せばいいんだろう?」


 素朴な疑問を投げかけると、舞さんは少し考え込むように目を閉じる。


「それは……実際に試しながら見つけるしかないわね。でも、純君ならきっと使いこなせると思う。だって、あなたはいつも冷静で、物事の本質を見極める力があるから」


「そ、そうかな?」


 彼女の言葉に、思わず顔がほてる。そこまで信頼してくれていると思うと、胸がじんと温かくなった。


「ありがとう、舞さん。でもまだ何もわからないから、これから試行錯誤が必要だね!」


「ええ、出発点は皆同じ。一緒に考えていきましょ。雷門君も」


 舞さんの呼びかけに、清龍君が静かにうなずく。無口な彼の表情に、確かな決意が浮かんでいる。


 そんな和やかな空気の中、桜木教官の声が再び響いた。


「皆さん、加護の確認が済みましたら、中央広場へ移動します。塔から授かった紙は大切に保管してください」


 その声で訓練生たちは一斉におみくじを仕舞い、それぞれポケットや鞄の中に入れた。僕も大切に丸めて鞄の奥に納め、背負い直した。


「それでは皆さん!行きますよ」


 教官の導きに従い、私たちは石畳の道を歩き出す。金色に輝く噴水を目指して。

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