第5話 決着

「ねえねえ、丹波さん」

仁がトイレに行ったのを見計らったかのように、女子が声をかけてきた。

ひと月ぶりのクラスメイトとの会話に、無視され続けていたとはいえ陽子は嬉しかった。

だが彼女の表情が笑顔だったことがかえって気持ち悪く、表情が強張っていくのを自分でも感じてしまう。

「そう警戒しないの。実は、播磨、だっけ。あの男子と昨日教室で仲良くしてたよね?」

「……それが?」

 つい語気が荒くなってしまう。

「もしかして、付き合ってるの?」

「そうって言ったら、どうする?」

 やけくそ気味に陽子が放った一言。

 だが、その言葉に一斉に女子たちが色めきだった。

「マジ?」

「どこまでいったの?」

「いつから?」

 今の今まで陽子を無視していた女子たちが蜂の巣をつついたような騒ぎになり、取り囲む。

 まるで示し合わせていたような動きに反応。

「播磨と付き合ってるの?」

「武田君とは?」

「うえすぎくんとは、どうなの?」

教室にいる男子の会話がいつの間にか止まっていた。

(ああ、そういうこと)

 陽子には彼女たちが何を考えているのか、手に取るようにわかった。

さんざんシカトして、ハブってきたのにいけしゃあしゃあと……

でもこの機会を逃がせば、自分がクラスの輪にはいれるチャンスは二度とない。

そう確信した陽子は、怒りを必死に押し殺して笑顔で対応していく。

 数か月ずっと無視されていたのに。

 こうしたなにげない会話が、すごく嬉しい。

「じゃあ武田君とは……」

 ウエーブがかかった茶髪を肩まで下ろした筑紫という女子が、食いつくようにその話題に飛びついた。武田とは以前陽子に告白してきた男子。

噂によると、彼女が好きだった相手らしい。

 野球部所属で女子からの人気も高い。

「なんでもないよー」

「うえすぎくんとは?」

 次に中一にしては小柄な女子が、問い詰めるかのように聞いてくる。

「別に。なんでも」

 上杉とは陽子に気があると噂がある男子で、剣道部所属。女子からの人気も高い。

「じゃあ、播磨とは?」

 不意打ちに放たれたその言葉に、陽子の様子が目に見えて変わる。少し大きめの制服からはみ出した指先をこすり合わせ、目が泳ぐ。

 自分では気づいていなかったが、顔も明らかに赤い。

 その様子に周囲の女子は完全に色めきだった。

 人気がある男子に気がないことを広めて、もう付き合っていると周囲に広めようという作戦だったが。

 まだ中一で彼氏がいない者が大多数である。

「え? マジ?」

 相手がイケメンでなくても、SNSが発達しても。リアルなコイバナには飢えている女子が大多数である。

 ウエーブのかかった茶髪女子をはじめ、陽子を囲む全員が色めきだった。

「そこんとこくわしく」

「なれそめは?」

「初デートどこに行ったの」

「どこまでイッたの」

 うぶなものからおませなものまで、多様性のある質問が一斉に飛び交っていく。

 十分経過。

「まあ、播磨とはこんなカンジ。告白して付き合ってるわけじゃないけど、いい人だとは思ってる」

 嵐のように繰り返されるテンション高めの会話にぐったりとした陽子が、息も絶え絶えにそう言う。

 付き合ってると言っても良かったのだが、あえてぼかしておいた方が女子たちは盛り上がる。

「なーんだ」

「キスもしてないのか」

「いや、ホントのこと言うわけなくない?」

「この続きは別の機会にたっぷり聞かせてもらうから」

「でも意外。陽子が播磨くんと、なんかいい感じってさぁ」

 いつの間にか陽子のことを名前呼びにしているウエーブのかかった茶髪の女子が、仁が出ていった扉を指しながら呟く。

 仁はどことなく影のある少年で部活動にも所属していない。女子からの人気は低い。

 筑紫が指さしていた扉が開く。中学一年にしては低めの身長に陰のある視線。全身からあふれ出るような、暴力とは無縁な穏やかな雰囲気。

 仁が教室に入ってきた。

 一斉に自分を向く、女子の視線に彼はとまどう。

だが、陽子の様子に真っ先に気が付いた。いつも教室で一人だった彼女が。他の女子に囲まれ、楽しそうに笑っている。

軽く手を振って自分の席に戻ると、なぜか陽子を除く女子たちから黄色い声があふれた。

 仁と陽子の噂はあっという間に広まり。

この後、陽子に告白してくる男子はいなくなった。

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