『俺達のグレートなキャンプ126 異世界から召喚したベルゼブブと新しい八ツ橋を作ろう』
海山純平
第126話 異世界から召喚したベルゼブブと新しい八ツ橋を作ろう
俺達のグレートなキャンプ126 異世界から召喚したベルゼブブと新しい八ツ橋を作ろう
バチバチバチッ!
焚き火の音が響く中、石川は両手を広げて大仰に立ち上がった。オレンジ色の炎が彼の顔を照らし、まるで舞台俳優のような影を作り出している。
「よーし!今回のグレートキャンプ126、始まるぞー!」
ドンドンドン!
石川が胸を叩く音が夜のキャンプサイトに響く。隣のテントから「うるせぇな」という小さなつぶやきが聞こえてくるが、石川の耳には入らない。
千葉は目をキラキラと輝かせながら、焚き火の前で正座している。膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめ、まるで子供がサンタクロースを待つような表情だ。
「今回は何をするんですか!?どんな突飛なことでも付き合いますよ!」
一方、富山はテントから出てきたばかりで、髪がぼさぼさのまま呆れたような表情を浮かべている。片手で髪をかき上げながら、もう片手で腰に手を当てて仁王立ち。
「はぁ...今度は何よ。まさか前回みたいにタープでハンググライダー作るとか言わないでしょうね」
パチパチパチッ!
焚き火が勢いよく燃え上がり、石川の顔がより一層明るく照らされる。彼は満面の笑みを浮かべながら、背中のリュックからごそごそと何かを取り出し始める。
「フッフッフ...今回はなんと!異世界から悪魔のベルゼブブを召喚して、一緒に新しい八ツ橋を作るんだー!」
シーン...
キャンプサイト全体が静寂に包まれる。遠くでフクロウの鳴き声がホーホーと響いているだけ。隣のテントのファスナーがゆっくりと開く音が聞こえ、中年夫婦がこちらを覗き見している。
千葉の目がさらにキラキラと輝く。まるで宝石のようだ。
「うわあああ!それはグレートですね!でも、えっと...ベルゼブブって確か蠅の王様でしたよね?」
富山は額に手を当て、深いため息をつく。
「はぁ...今度は悪魔召喚かよ。石川、いい加減にしなさいよ。近所迷惑になるでしょ」
ガサガサガサ!
石川がリュックから次々とアイテムを取り出す。謎の古い本、五芒星が描かれた紙、なぜかキャンプ用のコッヘル、そして大量の小麦粉に加え、見たこともない光る粉末や虹色の液体が入った小瓶たち。
「大丈夫大丈夫!ちゃんと計画は完璧だから!まず、この古い本で召喚術を...それから、この特別な異世界食材で新しい八ツ橋を!」
富山が慌てて石川の手から本を取り上げる。表紙を見ると『悪魔召喚術入門 初心者でも安心!蠅の王専用版』と書いてある。明らかにネットで買ったような薄っぺらい本だ。
「これ、どこで買ったのよ!?しかも蠅の王専用って何よ!?」
「アマゾンで180円だった!レビューも☆4.8の超高評価!『本物のベルゼブブが来ました!』って口コミもあったぞ!」
ドタバタドタバタ!
千葉が興奮して立ち上がり、その場でぴょんぴょん跳ね回る。
「すごいじゃないですか!悪魔と一緒にお菓子作りなんて、絶対楽しいですよ!しかも新しい味の八ツ橋なんて革命的です!」
隣のテントから「おい、いい加減にしろよ」という声が聞こえてくる。富山はその方向に深々と頭を下げながら「すみません」と小声で謝る。
石川は全く気にせず、地面に五芒星を描き始める。懐中電灯の明かりを頼りに、小枝で一生懸命線を引いている。今度は星の周りに小さな蠅の絵まで描き加えている。
カリカリカリ...
「よーし、蠅の王専用魔法陣完成!千葉、この光る粉末を円の中央に!富山、君は...えーっと、蠅除けスプレーしまって!」
富山が慌てて手に持っていた虫除けスプレーを隠す。
「なんで蠅を呼ぶのに蠅除けスプレーを持ってるのよ、私!?」
しかし、千葉は既に光る粉末の小瓶を抱えて魔法陣の中央に向かっている。足取りは軽やか、まるでピクニックにでも行くような楽しそうな様子だ。
キラキラキラ...
光る粉末が地面に撒かれると、魔法陣全体が淡く光り始める。まるでSFのホログラムのような幻想的な光景だ。
石川は懐中電灯を下から自分の顔に当て、不気味に照らしながら本を開く。
「では、始めるぞ!『偉大なる蠅の王、ベルゼブブよ!清潔を愛し、知識を司る暗黒の料理神よ!我らの前に現れたまえ!新たな八ツ橋の創造のために!』」
ヒューヒュー...
夜風が吹いて、焚き火の炎が大きく揺れる。光る粉末がきらめいて、まるで本当に異世界への扉が開きそうな雰囲気だ。
千葉は手を合わせて目をつぶり、本気で祈っている。
「ベルゼブブ様、どうか美味しい新しい八ツ橋を作るために力を貸してください!」
ブゥゥゥゥゥン...
突然、空気が振動し始める。低い、まるで巨大なエンジンのような音が響いてくる。三人とも空を見上げる。
「うわあああ!何か来る!」
千葉が大興奮で指を指す。空中に黒い影が現れ、ゆっくりと降下してくる。
ドスン!
魔法陣の中央に巨大な何かが着地した。煙がもうもうと立ち上り、しばらく正体が見えない。
「成功したのか...?」石川がドキドキしながらつぶやく。
煙が晴れると、そこには体長約80センチの巨大な蠅が立っていた。しかし、その蠅は普通の蠅とは全く違っていた。
漆黒の体は宝石のように美しく輝き、複眼は虹色に煌めいている。六本の足は細いが筋肉質で、透明な翅は繊細なレースのような模様が入っている。頭部には小さな王冠のような突起があり、口元には知的な微笑みが浮かんでいる。
そして何より驚くべきことに、その蠅は小さな白いエプロンと料理帽を身につけていたのだ。
「初めまして、諸君。我が名はベルゼブブ。蠅の王にして、清潔の守護者、そして料理の革新者である」
流暢で上品な日本語が、蠅の口から発せられた。声は意外にも低くて落ち着いており、まるで大学教授のような知的な響きがある。
シーン...
全員が呆然として立ち尽くしている。
富山が震え声で口を開く。
「ちょっと待ってよ...なんで誰もデカい喋る蠅に驚かないのよ!?普通びっくりするでしょ!?」
石川は感動で涙を流している。
「おお...本物のベルゼブブ様だ...しかもエプロンまで!」
千葉も目をキラキラさせている。
「すごい!本当に悪魔が来てくれました!しかもなんだかとても清潔そうです!」
ベルゼブブは翅を軽く震わせて、まるで肩をすくめるような仕草をする。
「諸君、蠅だからといって不潔だと思われては困る。我々蠅族は実は大変な清潔好きなのだ。特に我は王族、身だしなみには人一倍気を使っているのだよ」
そう言いながら、ベルゼブブは前足で自分の触角を丁寧に整える。その仕草は優雅で上品だった。
富山が頭を抱える。
「ああもう!なんで普通に会話してるのよ!ツッコミが追いつかない!」
隣のテントから中年の男性が出てきた。パジャマ姿で髪はぼさぼさ、明らかに眠たそうな表情だ。しかし巨大な蠅を見ても全く驚かない。
「おお、ベルゼブブ様じゃないですか!お久しぶりです!」
ベルゼブブが振り返る。
「おや、田中君ではないか。元気にしていたかね?」
「はい!おかげさまで。今度は八ツ橋作りですか?」
富山が更に混乱する。
「知り合いなの!?なんで皆そんなに普通なの!?」
ベルゼブブが説明する。
「田中君は昔、我が指導した『悪魔のカレー作り教室』の受講生でね。大変優秀だったのだ」
石川が興奮して前に出る。
「ベルゼブブ様!今日は新しい八ツ橋を作りたいんです!これらの異世界食材を使って!」
そう言って、石川は光る粉末や虹色の液体の小瓶を見せる。
ベルゼブブの複眼がキラリと光る。まるで料理研究家が新しい食材を見つけたような輝きだった。
「ほほう...これは『星屑粉』と『虹の雫』ではないか。なるほど、面白い組み合わせを考えたな」
ベルゼブブは翅をばたつかせながら、食材の周りを飛び回って詳しく観察する。その動きは蝶のように優雅で、風を切る音もまるで美しいメロディーのようだ。
ヒューン、ヒューン...
「星屑粉は甘さを増幅させる効果があり、虹の雫は七つの異なる味を同時に楽しめる。しかし、通常の八ツ橋の材料との相性が問題だな...」
千葉が手を挙げる。
「どんな問題があるんですか?」
ベルゲブブは前足で髭を撫でるような仕草をする(髭はないが)。
「星屑粉は熱に弱く、高温で調理すると効果が失われる。虹の雫は水分と反応すると色が変わってしまうのだ。つまり、従来の八ツ橋作りの工程では使えない」
富山がようやく話に参加する。
「じゃあ、どうすればいいのよ?」
ベルゼブブの複眼が再びキラリと光る。
「フフフ...そこで我の出番だ。異世界料理術『冷温調理法』を使えば解決できる」
石川が身を乗り出す。
「冷温調理法!?」
「そう。通常とは逆に、材料を冷やしながら加工するのだ。星屑粉の魔力で生地を固め、虹の雫の変色効果を逆手に取って美しいマーブル模様を作る」
ベルゼブブが翅を大きく広げると、翅から涼しい風が吹き出す。まるで天然のクーラーのようだ。
ヒヤー...
「うわあ、涼しい!」千葉が驚く。
「我の翅は温度調節機能付きなのだ。これで材料を最適な温度に保てる」
いよいよ調理開始だ。ベルゼブブが指揮を取り始める。
「では、まず基本の生地作りから。小麦粉、砂糖、そして星屑粉を混ぜ合わせる。比率は3:2:1だ」
千葉がボウルに材料を入れていく。星屑粉を入れた瞬間、生地全体がきらめき始めた。
キラキラキラ...
「うわあ!光ってる!」
「美しいだろう?星屑粉の効果だ。この光は甘さの証でもある」ベルゼブブが説明する。
次に水の代わりに虹の雫を少しずつ加える。一滴入れるごとに生地の色が変化し、赤、青、緑、黄色...と美しいマーブル模様を描いていく。
ぐるぐるぐる...
石川が生地を混ぜる音。普通の生地とは違って、シャリシャリという不思議な音がする。
「音も違うのね」富山が驚く。
「星屑粉の結晶が混じっているからだ。この食感も新しい八ツ橋の特徴になる」
ベルゼブブが翅で生地を冷やしながら説明を続ける。
「次に、この生地を薄く伸ばすのだが、通常の麺棒では星屑が潰れてしまう。特別な方法を使う」
そう言って、ベルゼブブは宙に浮上し、翅を高速で羽ばたかせる。
ブンブンブンブン...
すると不思議なことに、生地が自然に薄く伸びていく。まるで風の力で押し伸ばされているようだ。
「すごい!魔法みたい!」千葉が手を叩く。
「これは『風圧成形法』という高度な技術だ。生地に均等な圧力をかけることで、完璧な厚さに仕上がる」
出来上がった生地は虹色に輝き、表面には星屑がキラキラと散りばめられている。厚さも完璧に均一で、まるで芸術品のようだ。
次はあんこ作りだ。しかし、これも普通のあんこではない。
「小豆の代わりに『月光豆』を使う。これは月の光を浴びて育った特別な豆だ」
ベルゼブブが小さな銀色の豆を見せる。手のひらサイズの豆が淡く光っている。
「うわあ、本当に光ってる!」千葉が感動する。
「月光豆は甘さが普通の豆の3倍、そして食べると心が穏やかになる効果がある」
富山がツッコミを入れる。
「心が穏やかになるって、それもう薬じゃない!?」
「薬ではない、これは食材だ。副作用もないから安心したまえ」
月光豆を煮るのも特殊だった。普通の水ではなく、『清流の雫』という透明度の高い特別な水を使う。
コトコト...
煮ている間も、豆から淡い光が漏れて、コッヘルの中が幻想的に光っている。
「綺麗...」富山も思わず見とれる。
「月光豆は煮すぎると光が失われるので、タイミングが重要だ。光の色が銀から金に変わったら完成のサインだ」
しばらくすると、豆の光が徐々に金色に変化してきた。
「今だ!」ベルゼブブの合図で火を止める。
出来上がった月光豆あんこは、金色に輝く美しい餡だった。香りも普通のあんことは全く違い、まるで花畑のような上品で甘い香りがする。
「いい香り...」石川がうっとりする。
「これで餡は完成。次はいよいよ八ツ橋の成形だ」
虹色の生地を四角く切り、金色の餡を包んでいく。しかし、包み方も特殊だった。
「普通に包むのではなく、『螺旋包み』という方法を使う。こうすることで、餡と生地が美しく混じり合う」
ベルゼブブが前足で器用に実演する。生地をくるくると螺旋状に巻きながら餡を包んでいく。
くるくるくる...
出来上がった八ツ橋は、虹色と金色が螺旋状に混じり合った、まるで宇宙を表現したような美しい見た目だった。
「うわあ!こんな八ツ橋見たことない!」千葉が興奮する。
「まだ完成ではない。最後に『星降りの儀』を行う」
ベルゼブブが翅を大きく広げ、高く舞い上がる。そして翅から小さなキラキラした粒子を振りまく。
キラキラキラ...
粒子が八ツ橋に降りかかると、表面がより一層美しく輝き始めた。
「これで完成だ!『銀河八ツ橋』の誕生である!」
出来上がった八ツ橋は、まさに銀河系を表現したような美しさだった。虹色と金色の螺旋模様に、星屑がキラキラと輝いている。大きさも普通の八ツ橋の1.5倍ほどあり、存在感抜群だ。
そのとき、別のテントから一人の男性が近づいてきた。50代くらいで、上品な着物を着ている。
「すみません、とても良い香りがするので...おお、これは見事な八ツ橋ですね」
石川が振り返る。
「ありがとうございます!新しい八ツ橋を作ったんです!」
男性は八ツ橋をじっと見つめ、目を輝かせる。
「私、実は京都で土産物店を営んでおりまして...田中と申します。これは一体どのような...」
「田中!また田中かよ!」富山が叫ぶ。
ベルゼブブが説明する。
「こちらは田中商店の田中社長だ。京都では老舗の和菓子店として有名でね」
田中社長がベルゼブブにお辞儀をする。
「ベルゼブブ様、お久しぶりです。以前はカステラの件でお世話になりました」
富山が更に混乱する。
「カステラまで作ってたの!?いったい何者なのよ、この蠅は!?」
「失礼な。我は料理界の革新者だぞ」ベルゼブブが少し怒ったような声で言う。
田中社長が八ツ橋を見て感嘆する。
「しかし、これは素晴らしい。見た目といい香りといい、今まで見たことがありません。もしよろしければ、少し味見を...」
石川が快く承諾する。
「もちろんです!」
田中社長が恐る恐る銀河八ツ橋を一口食べる。
パク...
その瞬間、田中社長の表情が劇的に変化した。目を大きく見開き、頬が緩み、まるで天国にいるような表情になる。
「...........これは...........」
しばらく無言で味わった後、田中社長がゆっくりと口を開いた。
「信じられない。生地はしっとりとしているのに、星屑のシャリシャリ感が絶妙なアクセントになっている。そして餡の甘さは上品でありながら深みがあり、口の中で七つの異なる味が次々と現れる。最初は桜、次に抹茶、そして黒糖、きな粉...まるで味のオーケストラだ」
みんなが固唾を飲んで聞いている。
田中社長が続ける。
「そして何より、食べていると心が穏やかになる。まるで月夜の下で瞑想をしているような気分だ。これは...これは革命的な和菓子です」
ベルゼブブが誇らしげに胸を張る(胸はないが)。
「当然だ。我が全力で作り上げた逸品だからな」
田中社長が石川たちの方を向く。
「皆さん、お願いがあります。この『銀河八ツ橋』、ぜひ我が店で販売させていただけませんか?」
石川が驚く。
「え!?本当ですか!?」
「はい。これは間違いなく大ヒット商品になります。観光客の方々にも大変喜ばれるでしょう。もちろん、材料費や製造費はこちらで負担しますし、売上の半分は皆さんに還元いたします」
千葉が大興奮する。
「うわあ!僕たちが商品開発者になっちゃうんですか!?」
ベルゼブブが前に出る。
「条件がある。製造は必ず我が監修することだ。この味を正確に再現するには、我の技術が不可欠なのでね」
田中社長が深くお辞儀をする。
「もちろんです!ベルゼブブ様に監修していただけるなら、これ以上の光栄はありません」
富山がまだ状況を理解しきれずにいる。
「ちょっと待ってよ。なんか話が急に本格的になってない?さっきまで普通にキャンプしてたのに」
石川が富山の肩を叩く。
「富山、これが俺たちのグレートキャンプの醍醐味だろ?」
その時、他のキャンパーたちも集まってきていた。みんな銀河八ツ橋の美しさと香りに魅了されている。
「すごいね、これ」
「食べてみたい」
「どこで買えるの?」
田中社長がみんなに向かって宣言する。
「皆さん!今日この場で歴史的瞬間に立ち会われました!新時代の和菓子『銀河八ツ橋』の誕生です!」
パチパチパチ!
みんなが拍手をする。ベルゼブブも翅をパタパタと羽ばたかせて喜びを表現している。
千葉が感動で涙ぐんでいる。
「石川さん、僕たち本当にすごいことをやっちゃいましたね」
石川がみんなを見渡す。
「これも全部、みんながいたからできたことだ。ベルゼブブ様、田中社長、そして富山と千葉。みんなのおかげで最高の八ツ橋ができた」
富山もようやく笑顔になる。
「まあ、結果オーライってことね。でも次回はもう少し普通のキャンプにしてよ」
ベルゼブブが富山に向かって言う。
「富山君、君のツッコミがあったからこそ、我も冷静でいられたのだ。感謝している」
「えっ?」富山が驚く。
「そうだ。君の常識的な反応が、我たちの暴走を適度に抑制してくれた。良いバランスだった」
富山が少し照れる。
「そ、そう言われると...まあ、悪くなかったかもね」
田中社長が契約書らしきものを取り出す。
「では、早速契約の話を...」
「ちょっと待った!」石川が手を上げる。
「何かね?」田中社長が振り返る。
「まず、みんなでこの銀河八ツ橋を味わおう!作ったのに、俺たちまだちゃんと食べてないぞ」
そうだった。みんな作るのに夢中で、まだ味見しかしていなかった。
「それは良い提案だ」ベルゼブブが同意する。
こうして、焚き火を囲んで銀河八ツ橋の試食会が始まった。
パクパクモグモグ...
「うまい!本当に七つの味がする!」石川が感動する。
「生地の食感が最高!」千葉も大満足だ。
「心が本当に穏やかになるわね...」富山もリラックスした表情だ。
周りのキャンパーたちも次々と味見させてもらい、みんな感動の表情を浮かべている。
「これ、本当に商品化されたら買います」
「子供たちも喜びそう」
「お土産にピッタリね」
ベルゼブブが満足そうに翅を羽ばたかせる。
「うむ、皆の反応を見ていると成功は間違いないな」
田中社長も笑顔だ。
「明日にでも京都に帰って、準備を始めます。一週間後には店頭に並べられるでしょう」
石川が立ち上がって宣言する。
「よーし!それじゃあ今夜は『銀河八ツ橋完成記念パーティー』だ!」
ワアアアア!
みんなから歓声が上がる。
こうして、奇抜なキャンプから始まった一日は、新商品開発という思わぬ展開を見せ、最後は大パーティーで締めくくられることになった。
焚き火の周りで、人間と悪魔、そして集まったキャンパーたちが楽しく語り合う。銀河八ツ橋の美味しさと不思議な効果で、みんなの心は穏やかで幸せに満ちていた。
ところが、パーティーが盛り上がってきたその時だった。
ブゥゥゥン...
空からまた別の巨大な羽音が響いてきた。みんなが空を見上げると、今度は金色に輝く巨大な蜂が降りてくる。
ドスン!
「おや、ベルゼブブではないか。久しぶりだな」
金色の蜂も人語を話した。ベルゼブブより一回り大きく、腰には小さな剣まで差している。
ベルゼブブが慌てたように翅を震わせる。
「ベ、ベルフェゴール!なぜここに!?」
「フン、貴様が美味そうな匂いを異世界中に撒き散らすからな。我も興味を持ったのだ」
富山が完全に諦めたような表情で座り込む。
「はいはい、また悪魔ね。もう慣れたわ。今度は蜂の悪魔ね。名前はベルフェゴールね。はいはい」
千葉が興奮して立ち上がる。
「うわあ!悪魔が二匹も!これは更にグレートです!」
ベルフェゴールが銀河八ツ橋を見つめる。
「ほう、これが例の新作か。見た目は確かに美しいが...」
そう言って、ベルフェゴールも一口食べてみる。
パク...
瞬間、ベルフェゴールの表情が変わった。
「...これは...なんという味だ。我が専門とするハチミツ菓子を凌駕している...」
ベルゼブブが得意そうに胸を張る。
「どうだ、我の技術に驚いたか?」
しかしベルフェゴールは負けじと言い返す。
「フン、確かに美味い。だが、我ならもっと美味しく作れるぞ!『天空蜂蜜八ツ橋』を作って差し上げよう!」
「何だと!?」ベルゼブブの複眼が怒りに燃える。
石川が二匹の間に割って入る。
「よし!それなら八ツ橋対決だ!どちらがより美味しい八ツ橋を作れるか競争しよう!」
田中社長の目がドルマークになる。
「対決!?それは素晴らしい!両方とも商品化できれば...」
富山が田中社長の頭を軽く叩く。
「商魂逞しすぎるでしょ」
こうして急遽、悪魔同士の八ツ橋対決が開催されることになった。
ベルフェゴールが腰の剣を抜く。といっても、それは普通の剣ではなく、ケーキナイフのような調理器具だった。
「我が秘伝の『雲上蜂蜜』を使ってやろう!」
そう言って、ベルフェゴールは小さな黄金の壺を取り出す。中から放たれる蜂蜜の香りは、まるで花畑にいるような芳醇さだった。
「うわあ、いい香り!」千葉が感嘆する。
「雲上蜂蜜は雲の上に咲く花から作られた特別な蜂蜜だ。甘さは普通の蜂蜜の5倍、そして食べると幸福感に包まれる」
富山がツッコミを入れる。
「また薬効のある食材!?もはや和菓子じゃなくて漢方薬でしょ!」
一方、ベルゼブブも負けじと新しい材料を取り出す。
「ふん、それなら我は『時空の実』を使おう!」
今度は時計のような模様が入った紫色の果実だった。
「時空の実は時の流れを操る果実。食べると一瞬で満腹感を得られ、同時に空腹感も味わえるという不思議な実だ」
石川が首をかしげる。
「それって...意味がよく分からないですが」
「つまり、満足感と更なる食欲を同時に得られるのだ。永遠に食べ続けられる究極の食材なのだよ」
田中社長がまた目をキラキラさせる。
「永遠に食べ続けられる!?それは売上も永遠に...」
富山が再び田中社長の頭を叩く。
「だから商魂逞しすぎるって!」
対決が始まった。ベルフェゴールは空中に浮上し、翅から花粉のような黄金色の粉を撒き散らす。
キラキラキラ...
「これは『祝福の花粉』だ。生地に混ぜると幸運を呼ぶ八ツ橋になる」
一方、ベルゼブブは時空の実を細かく刻み、生地に混ぜ込んでいく。実を切るたびに、周りの空間が少し歪んで見える。
ヒュンヒュン...
「時空の実の効果で、生地の熟成時間を短縮できるのだ」
二匹の悪魔が真剣に八ツ橋作りに取り組む姿は、まるで料理番組の名シーンのようだった。
みんなが固唾を飲んで見守っている。
「すごい迫力...」千葉がつぶやく。
「プロの料理人でもここまで真剣になるかしら」富山も見入っている。
まずベルフェゴールの『天空蜂蜜八ツ橋』が完成した。黄金色に輝く美しい八ツ橋で、表面には小さな翅の模様が浮かび上がっている。
「完成だ!『天空蜂蜜八ツ橋』!食べると天国の気分を味わえるぞ!」
続いてベルゼブブの『時空八ツ橋』も完成。こちらは紫と黒のマーブル模様で、見ているだけで目が回りそうな不思議なデザインだった。
「我の『時空八ツ橋』も完成だ!食べると時の流れを忘れるほどの美味しさを堪能できるぞ!」
田中社長が審査員として前に出る。
「では、両方試食させていただきます」
まず天空蜂蜜八ツ橋から。
パク...
田中社長の顔がたちまち幸せそうな表情になり、ふわふわと宙に浮きそうになる。
「あああ...これは天国...雲の上を歩いているような気分です...」
次に時空八ツ橋。
パク...
今度は田中社長の表情が複雑に変化する。満足そうでありながら、同時にもっと食べたそうな表情も浮かべている。
「不思議だ...お腹いっぱいなのに、まだ食べたい...時間の感覚も曖昧になって...」
二匹の悪魔が緊張して結果を待っている。
しばらく考え込んだ後、田中社長が結論を出した。
「...両方とも素晴らしい!甲乙つけがたいです!」
ベルゼブブとベルフェゴールが同時に叫ぶ。
「「引き分けだと!?」」
「はい。どちらも全く異なる魅力があります。天空蜂蜜八ツ橋は幸福感を与え、時空八ツ橋は食べる楽しみを永続させる。どちらも商品として非常に魅力的です」
石川が手を叩く。
「それなら三種類とも商品化すればいいじゃないか!銀河八ツ橋、天空蜂蜜八ツ橋、時空八ツ橋!『異世界八ツ橋シリーズ』だ!」
田中社長の目が完全にドルマークになる。
「三種類!?それは...それは...大儲け...いえ、お客様に喜んでいただける素晴らしいアイデアです!」
ベルゼブブとベルフェゴールも納得する。
「それなら我も文句はない」
「同感だ。共同開発ということにしよう」
千葉が大興奮する。
「すごいです!僕たち、八ツ橋業界に革命を起こしちゃいましたね!」
富山もようやく状況を受け入れたようだ。
「まあ、これだけ盛り上がってるなら...悪くないのかもね」
その時、また新しい声が響いた。
「おや、賑やかですね」
振り返ると、今度は普通の人間の女性が立っていた。20代後半くらいで、上品な和服を着ている。
「私、京都の老舗和菓子店『花月庵』の三代目、花月さくらと申します。父の田中からお話を伺いまして...」
田中社長が慌てる。
「さくら!なぜここに!?」
「お父さんが興奮して電話してきたんです。『悪魔と作った八ツ橋が革命的だ』って」
富山が安堵の表情を浮かべる。
「やっと普通の人間が来た...」
さくらが銀河八ツ橋を見て感嘆する。
「噂には聞いていましたが、本当に美しい八ツ橋ですね。そして...」
ベルゼブブとベルフェゴールを見て、全く動じずに深くお辞儀をする。
「ベルゼブブ様、ベルフェゴール様、お久しぶりです」
富山が叫ぶ。
「あんたも知り合いかよ!普通の人間はいないの!?」
さくらが説明する。
「私、学生時代に悪魔学を専攻していまして。お二方には卒論でお世話になったんです」
「卒論って何の!?」
「『異世界食材を用いた和菓子の可能性について』です」
もはや富山は諦めて座り込んでしまった。
「もういいわ...何でもありよ、この世界は」
さくらが提案する。
「皆さん、よろしければ明日京都の店舗まで来ていただけませんか?試作品を作って、一般のお客様の反応を見てみましょう」
石川が即答する。
「もちろん行きます!これで『俺たちのグレートなキャンプ126』は、京都進出まで果たしちゃうんですね!」
千葉も大興奮だ。
「京都!本場で八ツ橋を!夢みたいです!」
ベルゼブブとベルフェゴールも同意する。
「我らも同行しよう」
「この目で商品化の過程を見届けたい」
こうして、キャンプ場での奇抜な夜は、京都での新商品発表会への招待で幕を閉じることになった。
焚き火が静かに燃え続ける中、人間と悪魔たちが和気あいあいと今後の計画を練っている。
「明日が楽しみですね」さくらが微笑む。
「ああ、きっと素晴らしい一日になる」ベルゼブブも翅を優雅に震わせる。
石川が最後に宣言した。
「よーし!『俺たちのグレートなキャンプ127』は京都で決まりだ!今度は『悪魔と一緒に八ツ橋の大量生産に挑戦』だ!」
みんなから大きな拍手が響く。
パチパチパチ!
富山だけは小さくつぶやいた。
「次回は...もう少し普通のキャンプがいいなあ...」
しかし、その表情はどこか楽しそうだった。
こうして、史上最も奇抜なキャンプは、新たな冒険への序章として終わったのである。
注・次回はまだ未定です。京都が舞台とは限りません
『俺達のグレートなキャンプ126 異世界から召喚したベルゼブブと新しい八ツ橋を作ろう』 海山純平 @umiyama117
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