第39話 合同結婚式


 その日、空は、どこまでも青く澄み渡っていた。

 純白のチャペルに、厳かなパイプオルガンの音色が響き渡る。祝福の拍手に包まれながら、俺、山上健太は、人生で最も大切な人の隣に立っていた。純白のウェディングドレスに身を包んだ陽菜は、まるで天使のように美しく、そして輝いていた。

 そして、俺たちのすぐ隣には、もう一組の主役がいた。穏やかな笑みを浮かべる隼人さんと、その腕に、そっと寄り添う葵先生。先生のドレスは、お腹の小さな膨らみを優しく包み込むデザインだったが、その美しさは、少しも損なわれていない。彼女の腕の中では、レースの襁褓にくるまれた、俺たちの秘密の宝物、優奈が、すやすやと安らかな寝息を立てていた。


 やがて、厳かな雰囲気の中、神父が俺たちに誓いの言葉を促す。

 俺は、陽菜の瞳を、真っ直ぐに見つめた。

「健やかなる時も、病める時も、私、佐藤陽菜は、あなたを愛し、敬い、慈しむことを誓います」

 陽菜の、震える、しかしどこまでも真摯な声が、俺の胸を打つ。俺もまた、彼女に、そして、この歪な運命の全てに、誓いを立てた。

「俺、山上健太は、陽菜を、一生、愛し続けます。必ず、幸せにします」

 その言葉に、嘘はなかった。俺は、心の底から、陽菜を愛している。

 しかし、その誓いの言葉を口にしながら、俺の意識の片隅では、別の想いが渦巻いていた。隣に立つ、葵先生。彼女もまた、隼人さんに向かって、永遠の愛を誓っている。その、あまりに残酷で、そしてあまりに美しい光景。

 ふと、彼女の視線が、俺の視線と、ほんの一瞬だけ、確かに交差した。

 その瞳が、俺に語りかけてくる。

(これで、よかったのよね)

(はい。これで、よかったんです)

 それは、共犯者たちの、最後の、そして永遠の誓いの儀式だった。


 陽菜は、心の底から幸せだった。

 長年、焦がれ続けた健太君が、今、自分の夫になったのだ。しかし、その幸福の絶頂の中で、彼女は、ふとした瞬間に、兄と、そして新しい義姉になった葵先生の姿を見つめていた。

 健太君のかつての憧れの人が、自分の義理の姉になる。その、運命の皮肉。彼女は、二人の間に何かがあったことまでは、知らない。しかし、この、あまりに奇妙で、そしてどこか切ない縁の結びつきに、彼女は、言葉にできない、複雑な想いを、静かに噛みしめていた。


 披露宴が終わり、俺は、テラスで一人、夜風に当たっていた。

 ふと、夜空を見上げる。そこには、数えきれないほどの星が、輝いていた。

 俺は、この数年間で、全てを手に入れたのだと思う。

 早瀬葵という、俺を大人にしてくれた、永遠の「憧れの人」。彼女は、これからも、俺のすぐそばで、その美しい光を放ち続ける。

 佐藤陽菜という、俺の全てを受け入れ、生涯を共に歩んでくれる、「人生のパートナー」。彼女は、俺の足元を照らす、温かい太陽だ。

 そして、葵先生の腕の中で眠る、小さな、小さな「宝物」。俺の、秘密の娘。

 俺は、もう、空っぽの高校生ではない。

 一人の教師として、一人の夫として、そして、一人の秘密の父親として。

 光と、そして、どこまでも深い影。その全てを、この両腕で抱きしめながら、俺は、未来へと旅立っていく。

 俺の、本当の人生は、今、ここから始まるのだ。

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