第40話 エピローグ


 あの合同結婚式から三年という歳月が流れた。

 私、佐藤葵と義理の妹になった陽菜さんは、それぞれの子供を腕に抱いて公園のベンチにいた。穏やかな午後の陽だまりの中だ。私の腕には三歳になった娘の優奈がいる。そして陽菜さんの腕には二歳になる彼女の長女、陽子ちゃんがいる。そして私たちの膨らんだお腹の中には、それぞれ新しい命が宿っていた。

「優奈ちゃん、もうすっかりお姉ちゃんの顔ね」

「陽子ちゃんだって。陽菜さんにそっくりで本当に可愛いわ」

 私たちはすっかり「ママ友」だった。傍から見ればどこにでもある幸せな家族の風景だ。しかし私はこの穏やかな時間の中で、運命のあまりに残酷でそして皮肉な采配について考えずにはいられなかった。


 合同結婚式から私は夫である隼人さんと何度も肌を重ねた。誠実で優しい夫。彼との間に子供を授かることこそが、私の犯した罪への唯一の償いなのだとそう信じていた。しかし神様は私に微笑んではくれなかった。私たちの間に子供ができることはなかったのだ。

 そんなある夜、私は些細なことから隼人さんと口論になった。私の心のどこかにある埋められない空虚さに、彼が気づいてしまったのかもしれない。家を飛び出した私を偶然通りかかった健太君が慰めてくれた。

「先生、大丈夫ですか」

 昔と変わらない優しい声。その声を聞いた瞬間、私が必死に築き上げてきた心のダムはいとも簡単に決壊した。私たちは、いけないと分かりながらただ一度だけ互いの身体を求めてしまった。それは悲しみと慰め、そしてどうしようもない愛情が入り混じった切ない交わりだった。

 そして私は再び身ごもった。

 隼人には申し訳ないという身を引き裂かれるような罪悪感と共に、私は確信していた。このお腹の子もまた健太君との間に生まれた、私の愛の証なのだと。


 そんな歪な幸せと罪の意識に揺れる毎日を送っていたある日のことだった。

 一本の電話が私の、そして私たちの運命を再び根底から覆した。

 警察からだった。隼人さんが交通事故に遭い亡くなった、と。

 悲しいはずだった。愛する夫を失ったのだから泣き叫ぶのが当たり前のはずだった。しかし私の瞳から涙は一滴もこぼれ落ちなかった。そんな感情の壊れてしまった私の前に、健太君が静かに立った。

 「葵さん。……俺たちと、一緒に暮らしませんか」

 その言葉の意味を私は一瞬理解できなかった。

 「優奈と、そしてお腹の子を……俺も、一緒に育てたいんです」

 彼の隣で陽菜さんが静かに、しかし強い意志を宿した瞳で私を見つめていた。

 「健太の妻の座は渡せません。でも義姉さんも優奈ちゃんも、私たちの大切な家族なんです。……健太には、ちゃんと責任を取らせないとね」

 その言葉は全てを知っている者の言葉だった。陽菜さんはおそらくずっと前から、私たちの罪の全てをその深い優しさで察していたのだろう。


 ああきっと、こういう運命だったのだ。

 最初からこうなることが決まっていたのかもしれない。

 健太君と私。私たちの愛の証である優奈と、これから生まれてくる子。そしてその全てを包み込んでくれる陽菜さんと彼女の子供たち。

 これから私たちはこの奇妙でそしてどこまでも温かい形で、本当の「家族」として共に生きていくことになる。

 それが私たちの犯した罪の全てを清算するための、神様が与えてくれた最後の答えなのだと。

 私は腕の中で眠る優奈の柔らかな髪にそっと口づけを落とした。そして初めて心の底から涙を流した。

 それは悲しみの涙ではなく、全てを赦されたような温かい喜びの涙だった。

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