5 なまいきチンゲール
翌日の放課後、正行と瑠夏は約束通り、正行の通う小学校を目指した。家から駅に続く道を途中まで辿り、神社のそばにある別れ道から奥に入った。車がかろうじて一台だけ通り抜けることができる広さの道だった。下校中の上級生がばらばらと学校の方からやってくる。その内の何人かは瑠夏に不思議そうな視線を浴びせる。
錆びきったトタン板のボロ家のそばで正行は立ち止まり、そばにある小さな草むらを指して言った。
「ここにね、ほんとはね、おじぞうさんがいるんだよ」
「おじぞうさんなんていないよ」
瑠夏は草むらを見回す。
「おじぞうさんはね、くびだけとれてくびがどっかにころがってちゃったの」
「えー、こわいよー」瑠夏は笑いながら答え、草むらを見続けている。
「でもね、どうたいはのこってるんだよ」
正行は草むらから視線を外し、通りの先にある小学校の方を見ながらそわそわしている。
「あっ! 見つけた。くびのないおじぞうさんがいた!」
瑠夏は歓声をあげる。正行は学校の方を向いたまま振り返らない。
「えー、みちゃったのー?」
「うん、いたよ」
「おじぞうさん見ちゃったらね。目をつぶって、おじぞうさんごめんなさいって十かいいいながら学校のほうにあるいていかなきゃなんないんだよ」
「目をつぶるの?」
「うん、ぜったいあけちゃだめ」
「十かいいったら目をあけていいの?」
「うん。あけていいよ」
両方の手のひらで顔をおおい、「おじぞうさんごめんなさい」とつぶやきながら瑠夏は一人で歩きだした。
学校の方から二人の上級生の男の子が並んで歩いてくる。おしゃべりに興じていて前を見ていない右側の男の子に、瑠夏は五回まで唱えたところでぶつかった。
「いってえー」
男の子はおおげさに声をあげる。黒縁めがねをかけて太った体をしている。
「ごめんね」
驚いた瑠夏は顔を覆っていた両手を払いのけ、咄嗟にあやまる。
「なにこいつー、なまいきチンゲール」
黒縁めがねは口をとがらせる。
「ねえ何年何組の子?」
もう一人の、小柄でリスのような目をした男の子が尋ねる。
「えっ? 一年南組」
「南組? なんてねえよ。一組から四組の何組だよ!」
黒縁めがねがすごむ。
「南組だもん!」
「えっ? 南って東西南北の南?」リスが尋ねる。
「うん」ほっと一息つくように瑠夏が答える。
「うそつくなよー」
「うそじゃないもん!」
「なにこいつー、なまいきチンゲール」
「なまいきチンゲール」リスも呼応すると黒縁めがねはヘラヘラ笑い出した。
瑠夏は正行の方をちらと見る。正行は上級生達の会話に加わることができず、瑠夏のすぐ後ろで俯きながら震えていた。足踏みをしながら瑠夏の代わりに「おじぞうさんごめんなさい」を十回つぶやいていた。
「わかった! 特区の子だ」
リスが驚きの声をあげる。正行と黒縁めがねには意味がわからない。
「トップ? なにそれ」
「だからー、あっち側の子だよ」
「あっち側か!」
やっと正行にもわかった。法律守が葵との会話で時々口にしていたのを思い出した。
「あっち側の子って頭いいんだろ?」
「すごいらしいよ。一年生で四年生まで勉強おわっちゃうんだって」
「まじで!」
黒縁めがねは勢いよく道の脇の田んぼに走って降りて行く。ランドセルを肩から下ろして中を開けると、瑠夏達に手を振って呼びかける。
よくわからないけど、上級生たちはもう怒ってなさそうだし、仲良くしてくれそうだ。リスと瑠夏に続いて、正行も田んぼの中に入って行く。稲刈りが終わった後の田んぼは、刈り取った稲の出っ張りが、足首を横にぐらつかせる。
黒縁めがねがランドセルを地べたに置き、その上に練習問題の冊子を乗せ、あるページを開いた。
「この問題とける?」
瑠夏が見せられたのは四年生用の算数の練習問題だった。
「たくみくんはコンビニでおにぎりを3ことウーロン茶を2本かいました。全部で1790円でした。おにぎりは1こ430円です。ウーロン茶は1本いくらですか?」
瑠夏は手渡された筆記用具を、カリカリと問題集の上で滑らせた。
「できたよ」と一言告げると立ち上がり、筆記用具を黒縁めがねに手渡した。リスが問題集をのぞき込み、声をあげる。
「合ってる。すげー!」
「おまえ天才! えらいえらい」
黒縁めがねが乱暴に瑠夏の頭をなでる。髪がくしゃくしゃになりながらも、瑠夏の表情からは笑みがこぼれる。一歩後ろで彼らの様子を眺めていた正行は、ほっと胸をなで下ろし、歩み寄った。
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