第4話 「いつも通り」
次の日、マスターは楽団の演奏会に行くからカフェは午後から休み。阿久井さんも用事で一日居ない。午前中だけの営業なのもあってか、普段に午後に来る客の姿もあり忙しく、洗う皿の量も多かった。
ゼーラと俺は正午までカフェで働いて、マスターが鼻歌を歌いながら出かける姿を見送る。ゼーラも昨日の話通り外出するらしく、俺は自室からその気配を伺う事にした。
部屋の椅子に腰かけて目を閉じる。魔族が放つ特有の魔力を感知しながら動くのを待った。魔族の体は半分が魔力で構成されている、その都合上どうしてもその魔力を隠す事が出来ない。逆に人間は魔力を体内で生成する事は出来るらしいのだが、それを体外に放出するのは難しくサリィのように特別な訓練や技術がいるらしい。
もっとも俺の力は違う。魔力と似ているが、本来魔力はそのまま放出するとただ霧散するだけで何も起きない、そこに身に着けた宝石や杖、衣服などのフィルターを通して起こす現象の事を魔術と呼ぶらしい。俺の力はそれが霧散する事無くある程度の形を保って操る事が出来る。個人的にはエスパーみたいな感じだと思う。
ゼーラに魔術を行使する兆候はない。昨日今日と接していてわかったのは、彼女は普通にここで働いているだけ。使用している魔術も今は翻訳の魔術だけだ。
「まぁ魔王の配下がいるんなら、言葉を使うのも納得だな」
魔族には特定の言語がないらしい。だが、魔王配下だとそれを行使する者がおり、側近として魔王に近い者ほど言葉が堪能になっている印象だった。
ゼーラがどれほど魔王の元で仕えていたか分からないが、かなり近い者だったのだろう。
そんな考え事をしていた。いや油断していた。静かに待っていたおかげでそれに気付くことが出来た。
ガチャり、と閉める音。
嘘だろ、普通に外に出た。てっきり転移魔術で移動するものとばかりに。と言うか今は真昼間だぞ。こんな時間に集会なんて開くのか。
俺はゆっくり玄関を開けて外に出ると、階段を下りていくゼーラを見て仕方なく後を追って行くことにした。
ゼーラは人目を気にすることなくそのまま進んでいく。いや、気にしているのは俺の方か。こんなところを誰かに見られたら通報、即逮捕。せっかく帰ってきたのにそんな顛末はごめんだ。
「あれ、葵君」
「うぉぉぉぉ!?く、倉屋?!」
振り返ると倉屋が不思議そうにこちらを見ていた。
「今日は午後から休みだっけ?何してるの?」
「えっと…さ、散歩かな?ほら、俺いろいろ忘れちゃってるし?土地勘思い出そうかなって!倉屋こそどうしてここに?」
倉屋は市役所の職員をしており、平日は普通に働いている立派な社会人。そんな彼女がなぜこんなところに。
「もちろん仕事だよ。そうだ!葵君もよかったらどう?」
そう言って倉屋は鞄から一枚のチラシを渡してきた。ゼーラの魔力はまだ遠くには居ない。追いかけるには今すぐにでも断りたいが。
「今日、外国人の方々がフリーマーケットやっててね。私はその視察というわけ!」
チラシにはそのフリーマーケットの内容が写真付きで描かれており、その中にゼーラも映っている。まさか。
「アオイさん!来てくれたんですね!」
午前中一緒にいただろうに、そんな感激することもないだろう。
「いろいろ忙しいだろうと思っちゃって…。あ、どうぞ見てってください!」
倉屋に案内される形で向かったのは小学校。俺の母校でもあるのだが、そこの体育館でフリーマーケットが行われていた。そこまでの広さではないが、色々な人が行き交う場所で、外ではキッチンカーも何台か来ていた。
ゼーラが居た店では、何だろうこれ。向こうの世界でも見かけたようなアクセサリーが売られていた。だが、それらには特に何も感じることは無い、見た目がやや魔族のセンスだろうそれに寄った奇抜な見た目のアクセサリーであること以外には普通の物品だった。
「お気に召しましたか?」
たった一言を聞いて直感的に理解した。魔族。恐らくゼーラと同様に今回のイベントに来ている者だろう。
声の主は自分から声をかけたのだろうが、俺の顔を見て驚いていた。
「あら、ごめんなさい。思わず声をかけてしまいました」
「お前…」
「少し知っている方に似ていたもので」
体育館の中に冷房はない、外気温もまだ四十度を越えてないが俺がまだ向こうの世界に居た頃よりか遥かに暑くなっている。それなのに彼女は長袖と長いドレス、飾り気の無いシンプルなメイド姿でここに来ていた。黒い髪、それをかき分けるように頭の横から角が生えていた。
だがどうする?この揺らぐ魔力は間違いなく魔王からも感じた同じ魔力。つまりこいつは魔王の側近の一人だ。周りには人がいる、魔族も中に紛れているが大半が普通の人だ。ここでやれば騒ぎになるし、魔族連中が黙ってないだろう。どうする?
「ムスカリさん!これ!自信作なんです!」
この雰囲気を一切汲み取れなかったのか、ゼーラはムスカリと呼んだ彼女にこれまた歪な形のペンダントを渡して来た。
「あら、ステキね」
「絶対思ってねぇだろ」
反射的に突っ込んでしまった。ムスカリ、その名前に聞き覚えはない。魔王の側近はみんな名前を持っていたが、知れ渡った名前の者はみんな俺が殺した。あの戦争で戦線に立っていた者では無いのだろうか。
ゼーラは自分の作品が褒められて嬉しいのか、ムスカリにデレデレしている。
俺の方をちらりと見てきた、何故かそこに敵対的な意思を感じない。
『今日、ガベーとネモネが居ませんでした』
髪が跳ねる。向こうの世界でかけてもらった翻訳魔術、その触媒は自身の髪なのだが翻訳が難しい言語や暗号のような難解な物に対しては過剰に反応して、酷いと逆立ってしまう。とっさにそれを抑え込んでその原因となっているだろう会話に耳を傾けた。
『魔力は前回も分け与えましたが、やはり…』
魔力を分けた、というのは。魔王がやっていた魔族を服従させる時に己の魔力を分け与える事で魔王自身に近い存在、知能やその力の一部を振るえるようにするものだと聞いたが、それをこのムスカリも行っているのだろう。
『私はまだ大丈夫です。こっちに来てから一度も魔力切れにはなってません。普段から上手く調節出来ているからでしょう!』
『無理だけはしないでくださいね。もし何かあればすぐに私に一報をください』
魔族が魔力切れ?そんな事があるのだろうか、体の半分が魔力で構成さえれているのに、魔力が切れれば魔族はその体を維持など出来ない。
だから自力で生成する為に半分は生物としての機能をちゃんと有した体で構成されているのだ。
『魔王様はいつか私たちを迎えに来ます。それまでは私がなんとしても守ってみせます』
そんなわけない。その魔王は死んだ。脳裏に浮かぶのは不敵な笑みを浮かべながら、泣いてる魔王の姿。その表情の意図は知る由もないが、あの時の俺にはどうでも良かった。
ともかく、ここに来て良かった。魔族たちはどういうわけか魔力切れで勝手に消えるなら、俺が手を下す必要もないだろう。下手に魔力を使えばその消滅も早まる以上は暴れたりもしないだろうし。
「じゃあ、俺は他の店見てきますね」
そう言うとゼーラの店から離れて、俺はそのまま体育館外まで出る事にした。小腹も空いて来てたので軽くご飯でも食べようかと思ったが。
目の前を別の魔族が横切っていった。
やけに足取りが重く、気になってしまった。その魔族の後ろを追うとそのままトイレに向かっていく。そこで魔力の感知する、魔術行使だ。
幸い入って行ったのは男性トイレ、入ると転移魔術が施されていた。
やっぱり、何かを企んでいる。そう考えて俺は迷うことなくその転移魔術の中に飛び込む。
飛び込んだ先は、どこか山の中だろうか。転移魔術によって生じた穴は閉じて消えた。
俺は魔力を感じる方に進んでいくが、徐々に違和感を覚え始める。
あの魔族、やたらと周囲に魔力を放出している。距離は離れているがこの感じはまるで。
「臨戦態勢ってことか…」
様々な疑問が過るが、それらを隅に追いやって進み、見つける。
その魔族の目は血走り、涎を止めることなく呻き声を上げていた。
「そうか、魔王の力が抜けているせいで知性が無くなっているのか」
野良の魔族と似たふるまいは哀れだが、嘲笑も浮かぶ。
この山の中なら誰もこない。いずれ消えるのだろうが、このまま放置していれば俺の知る魔族ならこのまま暴れ出してさらなる被害を出すだろう。
俺は木陰から姿を出して魔族に後ろから殴りつけ、魔族を木に打ち付ける。
それならやることは一つ。ここでこの魔族を倒す。
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