第6話 スカートの中にいる。
スマートフォンからの投稿になります。
段落下げ、読みづらかったらすみません。
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太陽の巫女は支配人に連れられて、オペラの会場へと向かってしまった。ゲームでもそうだったが、ぶっつけ本番でオペラの主役を務めるとか、ムリゲーが過ぎる。セリフのひとつでも覚えることが出来れば御の字だが、それではとてもじゃないが舞台の成功とは言えない。
失敗した場合の損害額はいくらになるのか。
童貞バツイチ中年王子に聞いてみたところ。
「一回のオペラの必要経費ですか? それも失敗した場合? そうですね、必要経費だけでも八桁リラが飛びそうですが、オペラを観覧しに来るような客への保証が未知数で、正直怖いですね。僕も観に行ったことがありますが、まさに僕のような王族が来ている可能性もありますので、金額は青天井かと」
さらりと、とんでもない事をぬかしてきた。
借金返済の為にとった手段で、更に借金が増額する可能性が出てきちまった。いや、このままじゃ絶対に借金が増額する。
たった数時間でオペラの全てを覚えれられるはずがない。実際のゲームプレイの時だって、初めてのプレイヤーは正解を選ぶことが出来ず、攻略サイトを見ながらプレイするのがほとんどなんだ。
初見、ましては箱入り娘の巫女が覚えきれるはずがない。セリフに詰まるか、次に何をしていいのか分からなくなって棒立ちになること必須。
このままでは俺は破産する。
嫁と娘に楽な生活をさせたいのに。
「紙とペン? 何に使うおつもりですか?」
何に使うおつもりか? そんなのカンペを作るに決まってるじゃないか。巫女が覚えられなくても、俺は全てを覚えている。セリフから行動、舞台をどのように動くかまで完全に頭の中に入っているんだ。
伊達に人生諦めてた訳じゃないんだよ。
この世界は俺のやり直しの為に存在する。
現実よりもクソになんかしてたまるか。
カンペを書き上げた俺は、急ぎオペラ会場へと向かった。舞台開始は日が落ちてから、まだ日が残る今なら練習中のはず。今なら間に合う、そう思っていたのだが。
「関係者以外、立ち入り禁止ですよ」
当然のことながら、無関係者である俺が中に入ることは許されなかった。いくら太陽の巫女の関係者であると伝えたところで、それを証明するものは何もない。焦りながら何度も問うも、職員はゲームのNPCの如く立ちはだかる。
どうやらチケットも完売、正攻法での侵入は難しそうだ。オペラ会場である建物を見回すも、侵入出来そうな場所はどこにもない。しまいには不審者情報でも流れたのか、職員を増員されちまう始末。
何も出来ないまま時間だけが過ぎていく。
握りしめたカンペと共に、焦りだけが積もる。
どうする? このまま太陽の巫女を放置して逃げちまうか? そんなことを考えていた時、俺の後ろにいたはずの童貞バツイチ中年王子が、突然俺の前へと飛び出してきた。
「せいや!」
快活な叫び声と共に、彼が握りしめていた鉄槍が職員の頭へと振り下ろされる。不意打ちを食らった職員はその場に倒れこみ、そのまま意識を失った。
一体何をしているのか。
開いた口がふさがらないまま、俺は彼を見た。
「これで中に入れますね!」
爽やかな笑顔を俺へと見せつけている。
多分、彼なりに考えた行動なのだろう。
四十年間城の中に引きこもり、何もしない生活を送っていた彼が必死になって考えて行動したのだから、きっと褒めるべき内容なのだと思うのだが。
「お前らの相手は、この僕がする! まとめてかかってこい!」
残念なことに、俺の頭の中には「真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である」という、ナポレオンの有名な言葉がこだましていた。
勇猛果敢に職員相手に鉄槍を振り下ろし続ける童貞バツイチ中年王子は、やがて数多の職員に取り押さえられ、そのままどこかへと連れ去られる。その間、俺は他人を装い続け「知り合いか!」と問われても、いいえ知りませんを貫き通した。
童貞バツイチ中年王子の活躍と言えるのだろう、お陰でオペラ会場の入口から職員の姿は無くなり、俺は無事、潜入に成功したのだが。
さすがに時間を掛け過ぎちまったらしい。
『まもなく舞台が開始となります。ご入場のお客様はお席に戻られますよう、宜しくお願い申しいたします』
アナウンスが流れちまった。当然のことながら俺の席なんざ存在しない。立ち見の客もいないし空席も見られない。だが、俺の足に迷いはなかった。
オペラ会場の天井、梁の部分に忍び込めれば、そこから太陽の巫女へとカンペを見せることが出来る。幸い、彼女が演じる場所は他の場所よりも若干高い、演劇用に造られた城のバルコニーだ。他の者に気付かれないように合図を送り、それを彼女が気づけば。
オペラ会場の屋根裏部屋から天井部分へ。
途中、何人かの職員とすれ違ったが「小道具係っす」と騙し、へこへこと頭を下げ、愛想笑いでやり過ごす。伊達に元会社員ではないんでね、愛想笑いだけは得意なんだよ。
舞台前の幕を引き上げる滑車や、花吹雪を散らす為に用意された入れ物などを避けつつ、ギリギリまで太陽の巫女へと近づく。既にオペラは始まっている、太陽の巫女の相方役の男が、彼女の待つ城へと向かうシーンだ。
「アンリ! おお、アンリよ! 我が心の星! 月光よりもまばゆい君に会う為に、僕は戦場を駆けてきた! アンリ、おお、アンリよ! 麗しい顔を僕のためだけに見せておくれ! アンリよ!」
オペラらしい、歌のようなセリフの後、太陽の巫女が城のバルコニーへと姿を表す。
「おお……」
褐色肌の彼女の登場に、観客はどよめきの声をあげた。それは、予定されていた女優ではないことへの憤怒や、落胆といった声ではない。どう見てもアラフォーには見えない美しさと、箱入り娘であるが故の可愛さを兼ね揃えた太陽の巫女が、そこにいたからだ。
スポットライトの中、姫の衣装に身を包んだ彼女は、ドレスの裾を地面に擦らないよう手に持ち、ゆっくりと歩を進める。そしてバルコニーの端まで来ると、すらりと伸びた手を掲げ、高らかな声でセリフを述べた。
「アルザンヌ! ああ、アルザンヌよ! 常勝将軍と謳われしほどの貴方が、私は恋しくてたまらない! アルザンヌ、ああ、アルザンヌよ! なぜ貴方は私の側にいないのですか!」
……セリフ、言えてるな。
身振り素振りもプロ顔負けの演技だ。
これは、カンペの必要はなかったか?
いや、冒頭部分だけは覚えられただけかもしれない。俺はかもしれない行動全肯定派だ。太陽の巫女に余裕のある今の内に、カンペを確認出来るようにした方が間違いがなくて良い。
梁の上を慎重に進み。
無事、太陽の巫女の真上へと到達する。
観客に気付かれないよう、太陽の巫女だけにカンペを見せる方法。それは、俺が梁にしがみつき、逆さまになって彼女へとカンペを見せることだ。
股の間に梁をはさみ、くるりと逆さまになる。
小声で太陽の巫女を呼ぶと、彼女は驚いた表情で俺を見た。よし、これで完璧、後はオペラが終わるまで、この姿勢のままカンペを見せ続ければそれでいい。 そう、思っていたのだが。
「いでッ!」
突如、足に激痛が走る。
逆さまになったまま、俺は痛みの原因を見た。
————「チュウ」
オペラ会場の天井裏に住まうもの。
餌に困らない大都会で育った奴等は、俺等現代人が知る可愛らしい小型な哺乳類なんてもんじゃない。げっ歯類最強クラス、したたかさと素早さと攻撃力を兼ね揃えた魔物は、時には人間ですらも捕食する。
人食いネズミ。
ゲームでは、こんな場所にいなかったはず。
「チュウ」「チュウ」「チュウ」「チュウ」「チュウ」「チュウ」「チュウ」「チュウ」「チュウ」「チュウ」「チュウ」「チュウ」「チュウ」「チュウ」「チュウ」
どこにこんなに潜んでいやがった。
おいおいおい、何十匹いるんだよ。
「チュウー!!」
しかも、俺の足を食べて美味いと認識しちまったらしい。いや、違うか。そもそも名前が人食いネズミなんだ、コイツ等から見たら人間は動く餌だ。
このままじゃ不味い、俺はともかく、舞台にいる太陽の巫女やオペラの役者、観客にまで人食いネズミが襲いかかっちまうぞ。
どうする? どうするどうするよ?
俺の存在がバレる訳にもいかない。
劇を中止にする訳にもいかない。
人食いネズミの放置も許されない。
……そうだ!
あの魔法があった!
この世界に来てからほとんど魔法なんざ使わなかったが、グリーンスライムでレベルだけは上がってるはずなんだ、条件は満たしているはず。
勇者だけが使える勇者魔法。
まばゆい光で弱き魔物を消滅させる。
「頼むから、俺よりも弱くあってくれよ!」
祈るように両手を合わせ、呪文を唱える!
「ニフレント!」
途端、ゲームにあった説明書どおりのまばゆい光が辺りを包み込み、それと共に見えるぐらいの衝撃波が襲って来やがった。
————ドウッ!
人食いネズミに齧られた足じゃ、身体を支えられねぇ。衝撃と共に、俺の身体は落下を始める。
こんなの聞いてねぇ。
魔法の練習、しておくべきだったな。
「チュウチュウ! ヂュッ………………」
人食いネズミが残らず消滅していくのが感覚で分かる。凄まじい光で俺からだって舞台は見えないが、正体をバレずに人食いネズミを処理することには成功したらしい。
だが、俺が舞台に落下することで、オペラは失敗に終わる。支配人の老紳士の笑顔が目に浮かぶ。借金か、一体いくらになるんだろうな。
なんて考えてたら。
どこかに落下して背中をモロに打った。
眩しくて全然分からないが、どこだ、ここ。
「勇者」
光の中、太陽の巫女の声が聞こえてきた。
そして何かが、俺の頭から被さる。
「しばらくは、ここに隠れていて下さい」
一気に暗闇。
声が聞こえる。
なんだか温い。
ここ、まさか。
「ごめんなさい、ちょっと、我慢して下さいね」
まさか、太陽の巫女のスカートの中か!?
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次話『看板女優の行方』
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