第4話 ︎︎飛鳥 雛姫



 ︎︎黒木さんがお弁当を作ってくれると言った次の日の登校中、俺はスマホを眺めている。


 ︎︎そこに広がるのは『優衣』と書かれたアカウントとの今日の昼休みの詳細が書かれたトーク画面だ。


 皆さんお分かりの通り、俺は世にも珍しい同じ男子なら喉から手が出るほど欲しいであろう黒木さんの連絡先をゲットしたのだ。


 それは昨日のお弁当を作ってくれると言った後のこと。


 ︎︎着信音の鳴ったスマホを見た黒木さんは「もうそろそろ親帰ってくるって。…えっと、詳細はLINEで送るから連絡先教えてくれないかな…。それにこの猫ちゃんのことでも連絡することがあるかもだし…」と、口元をスマホで隠しながら恥ずかしそうに言ってきたのだ。


 そんな反応をしながら言われるとさすがに断れない。


 ︎︎そもそも断るつもりもなかったんだけど。


 そういうわけで連絡先を交換して黒木さんのお母さんが返ってくる前に帰宅した訳だが、家に着いて本日のお弁当担当である姉に「明日のお弁当いらないから」と伝えたところ、これがまためんどくさい反応をされた。


「え…?なんで?まさか真白に彼女でもできたの?」


「そんなんじゃない。明日は購買で買って食べようって友達に誘われたんだよ」


 ︎︎そんな風に誤魔化しても「陰キャな真白に友達…?絶対に嘘だ。絶対女だ…。真白に女ができたんだ…」とぶつぶつ言われ、「女ができたって、誰だよその真白ってやつ。少なくとも今の世界線の俺じゃないな」と返したが友達がいないのは事実なので悲しくなった。


「というか、彼女ができるなら友達もできるだろ」


 ︎︎とも突っ込もうとしたけど嘘がバレるのでお口チャックすることに決めた。


 ︎︎そのせいで結局、言われ放題で終わったのが悔しかったんだが。


 ︎︎かくいう姉さんは一個上の2年生で、名前は加賀美 真雪まゆきという。


 ︎︎生徒会の役員で今日は朝早くから活動があるとの事で朝早くから家を出ていて、それがあって昨日はそれ以上の追求を諦めて寝てくれた訳だ。


 ︎︎がしかし今日は根掘り葉掘り聞かれることを覚悟して帰宅しなければならない 。


 ︎︎おそらく母さんにも伝わってるだろうから二倍の覚悟が必要である。


「はぁ」


 ︎︎帰ってからのことを想像すると憂鬱で仕方ないよ…。


「ん?」


 憂鬱で下がった頭をあげると、こっちに手を振る黒木さんの姿が見えた。


 ︎︎もしかして俺に挨拶してくれてるのだろうか。


 ︎︎俺も手を振り返そうと…


「ゆいー!おはよっ!」


 ︎︎したのだが、どうやらその相手は俺ではなかったらしい。


 ︎︎ですよね、うんわかってた。

昨日連絡先交換したからって、手を振りあうほどの仲になったわけじゃないよね。

まだ友達とは言えないし。


 ︎︎勘違い野郎にはなりたくなかったので、上がりかけていた手を寸前でピタっと止め、まるで頭を掻くようなポーズに咄嗟に変形させることにした。


 ︎︎ナイスリカバリーだと我ながら思う。


 ︎︎これならおそらく周りからも変な目で見られてないだろう。


 ︎︎もしかして、知り合いかと思って声をかけたら知り合いじゃなかったっていう時ってこんな感じなんだろうか。

勘違いっていう観点から見たら同じくらいのことなんだと思うけど。


 ︎︎なんかめっちゃ恥ずかしいなこれ。


 ︎︎そんなことを考えながら、黒木さんに話しかけた人物に目をやる。


「あれは確か…」


 ︎︎同じクラスの飛鳥あすか 雛姫ひなきさんだったか。


 ︎︎彼女は天真爛漫系美少女として有名である。


 ︎︎朱華色の髪の毛に、翡翠色の瞳。


 ファンタジーに出てくるキャラクターかっていうくらい珍しい色なのに似合ってるのがさすがというかなんというか。


 ︎︎そんな珍しく、それでいて可愛らしい容姿を持った飛鳥さんであるが、男子の間で現在進行形で一際話題となっているのはもっと別の部分である。


 ︎︎それは彼女の持っている豊満なだ。


 ︎︎その豊満さに加えて、先程の挨拶でも分かるようにコミュ力の高さ、そして美少女。


 ︎︎このスペックで人気が出ない訳もない。


 ︎︎聞くところによると、何回も告白をされているらしい。


 ︎︎まあ当然だろうな、そんな人物がモテないわけが無い。


 ︎︎しかし、黒木さん同様未だ付き合っている人は居ないとの事。


 ︎︎結局、何が言いたいかというと俺とは一生縁のない人種で対象的な存在。


 ︎︎つまり陽キャである。


 ︎︎恋人がいないという点でいうと同類かもしれないけど。


 ︎︎…そういえば、黒木さんと飛鳥さんが話しているのを見て思い出したのだが、彼女は学校が始まった当初から合同の体育などでよく黒木さんと二人で行動していた気がする。


 ︎︎もしかすると、飛鳥さんも黒木さんと同じ女子中出身だったりするのだろうか。


 ︎︎今日の昼休みの時に黒木さんに聞いてみることにしよう。


 ︎︎そう心の中でつぶやき、自分の教室へと向かった。




***




「はい、これで今日の授業を終わります。次までの宿題を忘れないように」


 ︎︎国語の先生が授業終了の合図を告げると、ようやく長い長い午前中の授業が終了し、昼休みを迎える。


 ︎︎それにしても今日は余計に授業時間が長く感じたな…。


 ︎︎先生の授業がつまらないのか、はたまた黒木さんのお弁当を楽しみにしていたせいか。


 ︎︎出来れば後者であることを願いたいところである。


「さて、移動しますか」


 ︎︎一応、集合場所をもう一度確認しておくことにしよう。


 ︎︎念の為にとスマホを取り出して集合場所を確認し、立ち上がろうとした時―――


「加賀美くん!お昼一緒してもいいかな?」


 ︎︎袖をくいっと引っ張られ、いつの間にか隣に来ていた飛鳥さんに声をかけられた。


 ︎︎そういう仕草で簡単に男の子はオトされるんだから辞めて欲しいものである。


 手元を見てみると、お弁当箱がぶら下がっていた。


 飛鳥さんは廊下側の一番前の席、俺の席はその2つ斜め後ろの席。


 ︎︎距離としては全然遠くない位置関係。


 おそらく授業が終わってすぐに俺の席へと来たのだろう。


 ︎︎今はそんなことを考えている場合じゃないな。


「…え?」


 ︎︎飛鳥さんが話しかけてきたその瞬間、注目が一気に俺へと注がれた。


 ︎︎そしてクラス各地でひそひそ話が始まる。


「え、なんであんな陰キャに飛鳥さん話しかけてんの?」


「分かんない。けどお昼一緒してもいいかだって!」


「もしかしてそういう感じ?だとしたら飛鳥さん見る目ないよね。前髪でほとんど目が隠れてるし」


 ︎︎おい最後の人、それは俺だけじゃなくて飛鳥さんにも失礼だろ。


 ︎︎そんなクラスの反応を飛鳥さんは気にする様子もない。


「あれ、聞こえなかった?」


 ︎︎しばらく黙っていた俺を聞こえてないと勘違いしたのか再び飛鳥さんは声をかけてきた。


「い、いや。聞こえてるけど、なんで突然?」


「え?いや、普通にお昼ご飯一緒したいなと思って…。ダメ?かな…」


 そう言うと飛鳥さんは片手を胸の前に持ってきて「おねがい」という仕草をして見せる。


 ︎︎もちろん本人は意識してないのだろうが、その上目遣いは反則だ。


 ︎︎さっきの袖くいといい、そりゃ男子達も勘違いするだろう。


 ︎︎ちょっと俺も勘違いしそうになったのは内緒だけど。


 ︎︎しかし、こう上目遣いをされると断るにも良心が痛むな…。


 ︎︎まあ仕方ないか、黒木さんには謝ろう。


「わかった…、移動するから着いてきて」


「やった!ありがとね加賀美くん」


 ︎︎ここで拒否するとクラスでの居場所が無くなりそうだったので、仕方なく約束の場所へ連れていくことにした。


 もしかしたら黒木さんが誘ってたのかもしれないしな。



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