第3話 苦手なこと



 ︎︎俺は公園から歩いて10分くらいにある黒木さんの家のリビングにお邪魔していた。


「あれ黒木さんのお母さんは?」


「買い物みたい」


 ︎︎お母さんが居ないことに黒木さん自身も驚いてLINEしていたため、おそらく偶然なのだろう。


 ︎︎家に入る時に鍵がかかっていることに気づいて「お母さん居るのに鍵かけてるんだ」と聞いてみたところ、家にいる時はいつでもかけてるって言ってたし。


 ︎︎俺としては黒木さんのお母さんに挨拶しないで済んだので少しほっとしている。


「ありがとう、助かりました」


 ︎︎改まって黒木さんはぺこりと頭を下げてきた。


「いや、俺もこの猫を助けたかったし感謝されることじゃない。うちでは飼えないからもどかしかったし」


 その点で言えばむしろ俺が感謝するべきかもしれない。

猫からしたら「餌はくれんのに、宿はくれねえのかよ」って愚痴られてたと思うし。


 それに女の子の家に来たっていう実績も解除できたしね。


「そうなの?」


「うちのマンション、ペット禁止で猫飼えないんだよ」


「それは残念だね…。てっきり猫を飼っているものかと思ってた」


「どうして?」


「この猫ちゃんに懐かれているようだったから。もしかしたら経験則から懐かれるコツみたいなのを知ってるのかなって思って」


 「もし知ってたなら教えて欲しかったんだけど…」と付け加えた黒木さんは、広々としたケージの中でゆったりしている黒猫に目線を送った。


 猫を見つめる美少女、これだけで絵になるってすごいことだと思う。

もし俺がやってるのを他人から見たら、意味深に猫を見つめる陰キャになるんだろうか。


「ごめんだけど一回もないよ。将来的には飼いたいなと思ってるけど」


「私も社会人になったら飼ってみたいんだよね」


「この子にも撫でさせて貰えてないのに?」


 ︎︎そう言ってケージの中に手を突っ込み、黒猫を撫でて見せる。


「…そうですけど。加賀美くん意地悪ですね」


「ごめんごめん」


 ︎︎眉を顰めた黒木さんに、「ごめんは1回だけですよ」と咎められてしまった。


 ジト目なうえに更に睨まれると、どれだけ顔が整っていてもさすがに怖いらしい。


 ︎︎それから黒木さんは、猫を撫でようとしては甲にパンチをくらいつつも、にこにこと幸せそうな表情を浮かべている。


 ︎︎俺はそんな黒木さんに気になっていたことを聞いてみることにした。


「あのさ黒木さん、絶対に異性とは話さないって本当?」


 ︎︎すると黒木さんは呆れたようにため息を吐く。


 その反応から察するに既に何回も聞かれた話題なのだろう。


 もしかしたら聞かれたくないことだったかもしれない、と少し罪悪感が募ったが、俺の好奇心は止まるところを知らないため仕方ない。


 俺は、疑問は早めに解決しておきたいタイプである。


「本当というより…、いえ、本当です。私、異性を前にするとどうしても言葉が出なくなってしまうんです」


 そう切り出すと黒木さんはなぜそうなったのかを聞かせてくれた。


 黒木さんは中学生の頃、お嬢様女子中に通っていて男性に免疫がないらしい。

それが原因で男子を前にするとどうしても言葉が出なくなったりして逃げてしまうのだとか。


 ︎︎だからそれを勘違いした男子たちがクール系美少女なんて言ってたりするのだろう。


 ︎︎素で話してみるとクール系とは程遠い印象だが、どちらかというと俺はこっちの黒木さんのほうが親しみやすくていいと思う。


 一度冷たい対応もされてみたいという願望はあるが、それは置いておくことにしよう。


 ちなみに、さっきため息をつかれたのは常日頃からそんな自分に嫌気がさしていたからだそうで、「決して加賀美のせいじゃないからね」と言ってくれた。


 少し怒らせてしまったかと心配だったが、そうじゃないことにほっとしつつ、そこまで聞いて尚更俺の中で疑問が強まる。


「もしかして俺って異性として認識されてなかったりする?」


「確かに…、一応加賀美くんも異性ですね。なんでだろう…」


 ︎︎一応って言うかバッチリ男なんですけどね。


「公園で話しかけてきたときはどうだった?」


 ︎︎黒木さんはしばらくの間考え込む素振りを見せる。


「…多分、猫のことに集中してた、かな」


「なるほど…」


 ︎︎確かに、今思い返してみても黒木さんは猫のことしか話題に出てなかった気がする。


 ︎︎初めて声をかけてきたのも猫の食欲がない理由を探るためだった。

それに、名前を聞いてきたのだって猫を黒木さんの家に連れてくるために俺の協力が必要だったからだ。


 ︎︎つまり…


「異性である認識よりも前に猫に集中してたから今普通に話せてる?」


 ︎︎異性と話すのが苦手。ということよりも猫への好意の方が黒木さんの中では上ということかもしれない。


「たしかにそれはあるかも…。あの時加賀美くんっていう男の子より猫を助けてくれる人っていう意識の方が強かった気がする」


「だから異性の俺相手でも普通に話せたのか」


「…かも」


「なんにせよ良かった。まだ1人目だけど苦手が克服できて」


「…うん。ありがとね加賀美くん」


「別に、たまたま克服できただけだし感謝されることじゃないよ」


 ︎︎そんな意図は全くなかったし、当然ながら苦手を克服してあげているという意識もない。

そのため本当に感謝される所がないのだが、どうも黒木さんは納得いかないらしい。


「それでも助けられた事は事実だから感謝させて」


「そっか、じゃあありがたく受け取っておくことにする」


「そうしてくれると助かるかな」


 ︎︎黒木さんはくすりと笑うと言葉を紡いでこう言った。


「それで助けて貰ったお礼として加賀美くんのお弁当を私に作らせてくれないかな」


 ︎︎また突拍子もないことを言い出した黒木さん。


「いやいやいや、そこまでしてもらう程のことじゃないよ。本当に」


「いえ、私がしたいんです。こうでもしないと気が収まりません」


 ︎︎意外と頑固なんだな。


 ︎︎どうやら意地でも引かないらしい。


 こちらが了承するまで諦めない様子なので大人しく首を縦に振ることにした。



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