第15話 探偵らしくなってきました
結局、町の人たちは黒馬様のその提案を飲み込み、渋々と帰って行った。しかしその後ろ姿は納得がいってなさそうな様子で、私たちに対し、「3日以内に犯人を連れて来い」と捨て台詞を残していった。その期日を守れなければ、私を犯人として警察に突き出す、と。
「おはよー、みんな早いね」
「朝から何騒いでんだ」
突っ立って町の人たちを見送っていた私たちに、この場に不釣り合いな間延びした声が響く。振り返れば、ここにきてやっと起きてきた白鹿様と紫狐様が、眠い目を擦りながら私たちを不思議そうに見ている。あれだけ大騒ぎだったというのに、よくもぐっすりと眠れたものだ。
「白鹿、紫狐、支度しろ」
「え?」
「出かけるぞ」
何の説明もなくそう言って部屋へと帰っていく黒馬様に、当然2人はポカンと状況を飲み込めずにいる。それは私も同じで、一体これからどこへ行こうというのか、白鹿様と紫狐様と同じ顔で呆気に取られていると、青兎様が足りない言葉を付け足す様に言った。
「まずは現場に行って、この目で確かめて見ないと。ね、菖蒲様」
どうやら、例の荒らされた畑に行くようだ。なるほど、と頷いた後、私も急いで出掛ける準備をするのだった。
「…………なに?」
「………さあ」
未だに理解できないままの白鹿様と紫狐様を置いて。
「これは…………」
「酷くやられたもんだな」
早速と言わんばかりに畑へとやって来た私たちは、その有り様に言葉を失った。畑の主は、この現場も証拠になるだろうという事で、荒らされた状態のままで、特に手を付けてはいないとの事だった。あちこちに残された足跡は、苗や種を植えてあった場所にも刻まれていて、酷く踏み荒らされているのが分かる。収穫間近だった野菜たちも雑に毟り取られ、まさに文字通り、荒らされた、といった状況だ。
「菖蒲様、試しにこの足跡に自分の足を重ねてみて」
青兎様に促されて、私は1番近くにあった足跡に、そっと自分の足を置いた。………うん、恐ろしい程ピッタリ。念の為再度言っておくが、この足跡は絶対に私のものではない。が、女性が犯人だと結び付けるには強力な証拠である。
「男が女物の草履使って誤魔化した線も無くはないだろ」
屈んで足跡を観察する紫狐様がそう言った。確かにその線も有り得る。犯人は実は男性で、自分だと思われないように女性物の履き物を持参し、わざとここに足跡を残した………とか。
「犯人は、畑を荒らす事じゃなくて菖蒲を陥れる事が本当の目的だ。その為に残されたこの足跡は、どっちにしても真犯人への証拠にはならなそうだな」
「菖蒲を陥れるって………。お前、なんか心当たりねぇのかよ」
「心当たり………ですか」
「恨みを買ってる人物とか」
紫狐様に言われて、しばらく考え込んだ後、私は至って真面目に皆さんに告げた。
「恨みを買っている人物といえば、この町の人たち全員です」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
私の発言に、なんて返せばいいのか分からない、と分かりやすく顔に出ている4人がいた。別に私自身、産まれた瞬間から既に嫌われていたので、自分で言っていても何とも思わない。むしろここで哀れみの目を向けてくる彼らの反応の方が、何だか惨めだ。
「………何ですかその目は」
「まあ………、そうだったな。そうなるよな」
「菖蒲ちゃん…………」
「お前………よく今日まで平然と生きて来れたな」
「みんな、菖蒲様に失礼だよ」
次々と哀れみの言葉を掛けられて、私はひっそりとみんなに背を向けて、ズーンと暗いオーラを纏っていた。その間にも、黒馬様たちはこの畑荒らしの真犯人を辿る為、あらゆる場所を観察していく。
「荒らされた部分は確かに酷いけど………、そんなに広い範囲を荒らされた訳じゃないね」
「こんだけ広い畑だし、時間掛けてたら誰か来るかもしれないし………。本当に、菖蒲様に疑いが向けばそれで良かったんだろうね」
「荒らされた範囲を見るに、犯人は全部1人でやった可能性が高いな」
「誰かが犯行の瞬間を見ててくれてたら、話は簡単なのにな」
例えばの話、悪さをする泥棒の類を見つけた時、自動的にその姿を写真に撮ったり、犯行の現場を収めてくれるような、便利な機械があったらいいのに。なんて、夢物語を描く。そんなものがあれば、きっと私のこのあらぬ疑いを簡単に晴らす事が出来る。しかし、当然ながらそんな便利な代物など、この世には存在しない。この荒らされた畑の痕跡だけで犯人を特定するには、とてもじゃないが証拠が足りな過ぎる。
「どうするの黒馬。これだけじゃとても犯人なんて見つけられないよ」
「……………」
溜息を吐く白鹿様の横で、黒馬様は何かを考え込む様に黙っていた。が、急に意を決したように私を呼ぶ。
「菖蒲」
「は、はい」
「お前………、やっぱ何となく犯人に心当たりあるんじゃないか」
「え………」
「少なくとも俺はある」
それは、町の人たちに犯人だと一方的に言われていた時から、うっすらと考えていた事。私を畑荒らしの犯人へと陥れ、社会的に殺そうとしているその真犯人は、私に対して相当な恨みがある人物。その人物に、心当たりがない訳ではない。けど、証拠がある訳でもない。ただ何となく、「もしかしたら………」程度のものだ。名前を口にしてもいいものか。
「可能性があるなら、それを1つ1つ潰していくしかない」
「………………」
「変に庇うなら、このままお前が犯人になるぞ」
確かに、事の真相を明かすには、変に庇ったり、出し惜しみしている場合ではない、か。そこで私は、ようやくずっと考えていた人物の名を口にした。
「…………霞様です」
「あー………あの女」
「俺も真っ先に頭に浮かんだ」
白鹿様は、因縁深そうに、あの女と吐き捨てた。霞様は、この町に住む私と同い年の女性で、つい先日私たちが住む御堂へとやってきた事は、みんなの記憶にも新しい。結局あの時は白鹿様の目論見により追い払うことが出来たものの、去り際に残していった台詞が、私への恨みを相当募らせている事が分かった。
『この借りは必ず返す』
まさかそれが、今回の畑荒らしの件なのではないだろうか。そしてまんまと町の人たちは騙されて、私を犯人だと思い込んでいる。ただ、これはあくまでも霞様には動機がある、というだけに過ぎない。彼女がやった証拠は何ひとつ無いのだ。
「でもあの女ならやりかねないよ。この間も菖蒲ちゃんを物置に閉じ込めてた位だし」
「は?何だそれ、初耳だぞ」
「い、いいんです、それはもう解決したことなので」
実はあの物置に閉じ込められた件は、白鹿様以外は知らない。もう解決したことだったし、変に告げ口のようにみんなに言いふらして掘り返すのもな、という私の思いからだ。しかしそんな私の思いを知ってか知らずか、けろっとした様子でバラす白鹿様。当然、初めて聞いた黒馬様たちは、眉を顰めながらそれに食い付いてきた。私は慌てて誤魔化す様に口を挟むと、今回の件へと話を戻す。
「確かに霞様は、私に対して特に強い恨みを抱いていた様に思います………。けど、霞様がやったという証拠は………」
「証拠が無いなら、これから見つければいいんじゃない?」
これから見つける、とは………。一体どうやって、と言うよりも早く、黒馬様が言う。
「交代で霞を尾行しよう。アイツが犯人なら、何かボロを出す筈だ」
「び、尾行………?そんな事して大丈夫なのですか………?」
「バレなきゃ平気だろ」
あっけらかんとした様子で尾行を決定する4人と、年頃の女性の後をつけるなんて、と罪悪感に駆られる私。私が霞様の名前を上げたばかりに、大変な事になってしまった。
(でも…………。ごめんなさい、霞様)
でも、こうするしかない。私には、3日という期限がある。迷っていたら、あっという間にその時が来てしまうだろう。それに、霞様が犯人でなければ尾行したって何も出ては来ない。彼女の疑いが晴れる訳だ。
私は腹を括り、霞様の尾行をすることを決意した。
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