第12話:安堵と悔恨

 遠吠えが、森のあちこちから木霊する。

 エリアスが言っていた──ガルウルフは影を裂き、己を何匹にも分けるのだと。幻の群れを作り出し、四方八方から獲物を追い詰めるのだと。


 振り返った瞬間、山の闇を裂いて不気味な光がいくつも浮かび上がった。

 星ではない。焚き火の残り火でもない。ぎらついた獣の眼光だった。


 ガルウルフたちが向かう先には、きっと。

「エリアス!!」

 喉が裂けるような叫びが夜気に響く。


 アルシュタインは開けた場所に飛び出しても止まらなかった。

 大きく嘶き、蹄で大地を砕きながら一直線に駆け抜ける。

 ローワンは鞍にしがみつき、荒い息と共に揺さぶられる体を必死に支えた。


 もう開けた場所に出たはずなのに──そう思い背後を振り返れば──なお幾つもの光が闇の底から追いすがってくる。

 点々と揺れる眼光は焚き火の幻のようで、だが確かに生きた獣の気配を孕んでいた。

 それはただの狩りではない。人間が獲物を囲い込むときの、計算された執拗さがあった。


(……ガルウルフの本体も…1匹なんかじゃない……!)


 喉は渇き、心臓は暴れ、義手の宝石までも熱を帯びて脈打つ。

 恐怖に呑まれそうになるが、それでもアルシュタインは迷わず前を見据え、駆ける。

 ──その背にすがることしかできない自分が、情けなくて悔しくてたまらなかった。


 前方の闇の底に、ぽつりと灯りが見える。

 街道沿いの松明か、宿場町の篝火か。

 アルシュタインはそれを見た途端、耳を伏せ、全身の力を込めて大地を蹴った。


「……っ」

 ローワンは滲む視界の中で必死に光を追い、胸の奥にかすかな希望が芽生える。

 もうすぐ逃げ切れる──そう思えただけで、息苦しさが少しほどけた。


 やがて背後の眼光はゆるやかに遠のいていく。

 獣たちが足を止めたのだ。諦めたのだ。


「……助かった……」

 荒い息の隙間から零れる声。

 全身の力が抜け、心臓の鼓動だけが耳を叩く。


 安堵が胸に広がる。

 ──だがその奥底で、鋭い棘のような感情がせり上がった。


 エリアスは、まだあの闇の中にいる。

 自分は逃げ切った。けれど、それは同時に──彼を置き去りにしたということだった。


 握り締めた義手が、震えていた。

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