第11話:襲撃

 あちらこちらから、ガルウルフの遠吠えが木霊する。

 闇を裂く濁った声が、谷を巡り、耳の奥をじわじわと侵食してきた。


「どこから来るのか……分からないんだな」

 震える声で呟いたローワンに、エリアスが低く答える。


「それが、ガルウルフの狩り方だ」


 鋭い瞳が闇を射抜き、次の瞬間、エリアスはローワンの肩を押した。

「乗れ。アルシュタインに」


「……え?」


「この山道は、もう下るだけで麓の街道に出る。そこまで行けば追っては来ないだろう」

 有無を言わせぬ声音。


「でも、俺ひとりじゃ──」

 言いかけたローワンの声を、剣のように切り捨てる。


「俺も一緒に乗れば重すぎる。アルシュタインが本来の速さを出せねぇ」

 エリアスは鞍にローワンを押し上げ、きつく見上げた。

「お前はしがみついてるだけでいい。ただし、絶対に振り落とされるなよ」


 その言葉に胸が詰まり、ローワンの喉から短い息が漏れる。


 エリアスはアルシュタインの首を叩き、低く命じた。

「アルシュタイン。お前が助かると思う道を選べ。ローワンを任せたぞ。」


 ブルル、と力強い嘶き。頼もしい相棒が、言葉を理解したかのように前脚を踏み鳴らす。


「エリアス!」

 必死に名を呼ぶローワンの声に、男は短く笑った。


「街道で会おう──行け!!!」


 そう叫、背を向けて剣を構える。

 次の瞬間、アルシュタインは地を蹴り、山道を一気に駆け降りた。

 闇と風が混ざり合い、ローワンの体を激しく揺さぶる。

 振り返れば、焚き火の残光の中、剣を握るエリアスの姿が一瞬だけ見え──すぐに夜の闇に飲み込まれていった。


◇◇


 獣道でもなく、木々の間を縫うように駆け降りていくアルシュタイン。

 ローワンの目には暗闇しかなかったが、アルシュタインの耳と瞳は確かに何かを捉えているのだろう。

 その蹄音は迷いなく、まるで見えない道標に導かれているかのようだった。


 突如、アルシュタインが前脚を大きく振り上げた。

 ローワンが驚く間もなく、巨体は宙を舞い、裂け目を一気に飛び越える。


「──っ!」

 喉が潰れたような声が漏れる。


 視界の端で、ギラリと幾つもの光点が瞬く。

 ──目だ。こちらを狙う、大きく見開かれた獣の目。


(あれが……ガルウルフ……!)


 背筋を凍らせるような恐怖が這い上がる。

 全身は闇に隠されていたが、アルシュタインより何倍も大きく見えた。

 あんな化け物じみた相手に、エリアスは本当に立ち向かっているのか。

 その想像だけで胸が締め付けられ、息が荒くなる。


「待っ──」

 叫びかけて気づいた。

 必死に掴んでいた義手の指が、アルシュタインのたてがみに深く絡みついていることに。

 金属の関節が毛を巻き込み、動けば動くほど締め上げられる。


 ──降りられない!

 逃げようと思っても、逃げられない。


 そんなローワンを気にする余裕もなく、アルシュタインは疾走し続ける。

 蹄が石を弾き、土を削り、夜の闇を突き破る。

 巨体が上下するたび視界が激しく揺れ、鼓動が耳の奥を叩きつける。

 もはやローワンにできるのは、ただ必死にしがみつき──

 その背を信じるしかなかった。

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