第16話 入学


 四年の歳月が流れた、ある春の朝。

 入学式の朝、神楽は、玄関で見送りをしながら、俺に真剣な顔で釘を刺した。


「小学校やけどな、あんま目立たんといておくれやす。一応、陰陽寮のほうにも気ぃきかせなあかんしな。いろいろこっちも大変なんや。すまんけど、力は抑えてくれな」


 神楽は、あの天球の儀のことが、陰陽寮の長老たちによって、トップシークレットとして隠蔽されたことを俺に教えた。


「あんたの力は、他の子の心を折る劇薬や。公には、あの場にあんさんはおらんかったことになっとる。……あの場におった連中以外は、誰もほんまのことは知らん」


(なるほどな。あのときの儀式でのことは、陰陽寮にとって、存在しないことになっとるんか。面白い)


 俺は、神楽との二つの約束を胸に、父・現と共に、学び舎の門をくぐった。


 

 ◆

 


 京都の山中に、ひっそりと佇む『音羽学舎』。

 表向きは普通の私立小学校だが、その実態は、京都の陰陽師の家系の子供たちだけが通う、特別な教育機関だ。

 桜が舞い散る、美しい境内。

 俺は、少し緊張した面持ちで、新入生たちが集められた広大な講堂にいた。


 ふと、鋭く、そして、どこか懐かしい呪力の視線を感じて、俺は振り返る。

 そこに立っていたのは、同じ制服を着た、一人の少女。

 幼い頃の面影を残しながらも、気高く、美しく成長した、永宮響だった。

 まあ近所だからちょくちょく見かけてはいたんだけどな。

 目が合った瞬間、彼女の瞳に、鋭い敵意の光が宿るのを、俺は見逃さない。


 最初の授業は、実技だった。

 課題は、「和紙で式神の鳥を折り、一滴の水をこぼさずに、教室の反対側まで運ぶ」というもの。


「では、まずお手本を。永宮さん、前に」


 教師に指名され、響が、凛とした足取りで前に出る。

 彼女が折った鶴の式神は、まるで芸術品のように美しく、そして、生きているかのように滑らかに飛び、一滴の水もこぼさずに、完璧に課題をクリアした。

 教室中から、「おお……」「さすがは永宮家の麒麟児や」と、感嘆の声が上がる。


「次、朱堂くん」


 俺が指名されると、周囲から「あいつが朱堂家の子か」と声が聞こえてきた。

 俺は、わざと少し不器用な手つきで、アンバランスな鳥の式神を折る。

 そして、呪力を流し込むが、そのコントロールを、意図的に「雑」に見せた。


 式神は、ふらふらと、おぼつかない様子で飛び立つ。

 そして、ゴールの寸前でバランスを崩し、ぽちゃんと、無様に水をこぼしてしまった。


「あー……」


 俺は、わざとらしく、悔しそうな声を上げる。

 教室からは、「やっぱり噂通り、大したことないな」という失笑が漏れた。

 教師は「まあ、まだ六歳だからな。練習しなさい」と、慰めにもならない言葉をかける。



 ◆

 


 授業の後。

 俺に、響が詰め寄ってきた。その瞳は、怒りに燃えている。


「……なんで本気でやらへんの」

「え? 本気やったけど、失敗したんや」

「嘘や! あんたが、あんなヘマするはずない! あの時みたいに……! 私を、馬鹿にしてるん!?」


 響だけが、気づいていた。

 俺の、あの雑に見えた呪力操作の、その奥底に眠る、あまりにも巨大な力の片鱗を。

 そして、俺が「手抜き」をしたことを見抜いていた。


 俺は、ただ困ったように笑って、その場を去っていく。



 ◆


 

 残された響は、唇を噛み締め、悔しさに震えていた。


(なんやの、あの子……! 絶対に、いつか、あんたの本気を引きずり出して、その上で、わたしが勝ってやるんやから……!)



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