2章 欠片に移るのは深淵の記憶
第29話鏡に映るのは……
今日もこちらに話しかけてくる声が聞こえる。いつも
この行為がここ最近の朝のルーティーンに加わっていることに嘆きを隠せない。
「お前、
この偉そうな声にももう慣れてしまった。きっと、一般的にはこれを諦観というのだろう。
そう思ってしまうほど、この声の主はずっと僕に語り掛けてくる。起きているときのみならず、眠っているときでさえ喋り続けているのだ。
そもそも、どうしてこうなってしまったのだろうか?なぜ、あの時僕はこいつを無視しなかったんだ。
いや、あれは無視することはできなかっただろう。初めてこいつと会った時を思い出す。
――
あれは、1週間ほど前の出来事だったように思う。
学校にある鍛錬場でのトレーニングを終えた後だった。
その時にはもう外が暗くなっていて、灯りは歩いている廊下の小さな電灯のみだ。
薄暗さからの不気味さを感じられるような場所ではあるが、学生寮からの距離は遠くないし、守衛室も近い。だから、何があってもどうにかなると思っていた。
ふと、窓を見ると鏡のようになっていた。外の暗がりと中の明るさの差によって鏡のようになるという話を疲れてぼんやりとした頭で思い出す。
窓に向かって軽く手を振ってみる。しかし、鏡に映る自分はびくともしなかった。それどころか少し不機嫌そうだ。
このとき、異常性を気にせずそのまま寮へ帰ればよかったのだ。あの時の僕は何をとち狂ったのか、もう一度窓に向かって軽く手を振った。
そうすると、鏡に映る自分はわなわなと震えだす。そして、彼は僕の方に掴みかかってこようとしたが、それは叶わない。
だって、鏡によって隔たれているからだ。
「おい、お前!!見てんなら何か反応しろよ。
「……実際バカだろ。」
「何だと‼」
「いきなりキレたかと思うと、自分で腕をぶつけて反応しろって言う変質者にどう反応すればいいのかなんて分かるわけないだろ。」
「そりゃあないぜ、
思わず、反射で答えてしまった。というか、ツッコまざるを得ないだろう、この状況は。
一回考えてみてほしい。目の前で自分にそっくりな誰かがいきなり殴りかかってくるかと思えば、自分の目の前に薄い壁があるのを失念して手を痛める。
これを滑稽と言わずになんというのだ。
いや、憎々し気というのはいささか不適切な表現だ。すねていると言った方が近いのかもしれない。
まぁ、とりあえず目の前の何かが僕を認識して干渉してこようとしてくることだけはよくわかる。
一体こいつの目的は何なんだ?こちらに攻撃しようとしていると思えば、
こいつの考えていることが読めない。警戒心を強めながら、鏡に映る自分?を観察する。
やはり、見た目は鏡に映るだけあって僕にそっくりだ。
しかし、それは見た目だけであって彼の持つ色は僕と反対だ。白髪にオレンジ色の目という見た目は快活そうな印象を与えるが紫色の肌が彼を異質なものにする。
紫色の肌……。それで思い浮かぶのは
もしかしたら、目の前にいるこいつはあいつの同族なのかもしれない。
「お前は何者なんだ。なぜ、俺と酷似している?何が目的で俺と接触した。」
「まぁまぁ、そんな焦んなよ、
「お前、まさか……このまま着いてくる気じゃないよな。」
「ん?……あぁ、俺今帰れねぇからお前の所に行くしかないわけ。」
冗談じゃない。何が好きでこんなころころと態度を変える怪しい奴と同じ空間で過ごさねばならないのだ。そもそも、どうして僕なんだ。
ただでさえ、鍛錬後で肉体的疲れているのに、こいつと関わることで精神的にもひどく疲れる。もうこれ以上埒が明かない。とにかく、こいつのことは放っておこう。
それからはただただ無心で廊下を歩き寮へ帰った。あいつはその道中も何か言っているようだったが、何も覚えていない。それほどまでに疲労していたのだ。
――
これが、鏡に映る
彼と出会った翌朝までは、彼が幻覚だと思っていた。だって、あの夜は酷く疲れていた。頭も回転していなかったのだろう。
だから、全体的にぼんやりとしか覚えていないから、現実じゃないと思っていたんだ。でもそうじゃなかった。
「おう、おはよう
寮にある共通の洗面所に行くと、いた。正確に言えば鏡に映っていた。それを見て小さく叫んでしまう。
あぁ、あれは夢じゃなかったのか。その事実にただただ愕然として膝から崩れ落ちる。
あぁ、本当に今一人でよかった。そうじゃなかったらいきなり鏡に向かって奇声をあげる変人にしか見えないからだ。
「なんで、お前はここにいるんだ……」
「なんでって、お前の部屋に鏡がなかったから、鏡のある場所を探したらここにたどり着いたってわけ。」
鏡に映る自分は本当に自慢げだった。今の彼は少し幼げに感じる。全体的に表情豊かだからだろうか?
それにしても、『僕の部屋に鏡がないからこの場所にいる』か。となると、彼は鏡を媒体にして行動しているということになる。
でも、何か引っかかる。そうだ、昨日は鏡じゃなくて鏡みたいになった窓にいたじゃないか。
「お前、昨日いたのは窓だろ。それなのにどうして鏡じゃないとだめなんだ?」
「別に窓でもいいけど、鏡の方が力の回復にいいし、安定しているから。」
そういうことか、窓が鏡のようになるのも一定条件が必要だ。だから、普通の鏡の方が安定しているというわけだ。
一人で納得していると鏡の中の彼は頬を膨らませてすねていた。よく見ると目には涙を浮かべている。この一瞬の短時間で何があった。
「おい、お前どうしてそんなにすねてんだ。」
「別に拗ねてねぇし。……ただ、目の前に俺がいるのに何で俺に聞かないんだ。」
「むしろ、聞いてほしかったのか?」
「あぁ、そうだよ。だって俺をやっと認識してくれる奴が現れたんだぜ。だから無視されるのはちょっと寂しい。」
彼がこんなに幼く見える理由にどこか納得したのと、彼に対して少しだけ警戒を緩めた。
カイエンと似たような要素を持っているが彼とは全く異なる性質を持っているように感じられたからだ。
警戒を緩めて彼の存在を受け入れるそぶりを見せると、彼は嬉しそうに僕に話しかけるようになった。ただ、少し過剰ではないのかと思う時がある。
「仕方ないだろ。他にも人がいたんだ。多分そいつにはお前が見えない。よく正体も分かっていないお前のことを話したところで弁明になるか?それに、昨日寝る前にたくさん話しただろ?それでいいじゃないか。」
「だって、俺を認識できるのはお前しかいないじゃないか。俺はただの
「ん?幻影とは一体どういうことだ?」
「あぁ、俺ね【鏡幻】なんだ。」
あまりにもさらりと言うものだから聞き逃してしまうところだった。そういうことはもっと早く言ってほしい。
あれほど、何者かを聞いても答えてくれなかったのにこうもあっさりと言われると、なんだか拍子抜けする。
【鏡幻】。聞いたことのない種族だ。彼の様子を見る限り嘘を言っているようには感じられなかった。それにほかの種族だと言われるよりも納得ができる。
だって、彼からは霊力を微塵も感じられなかったからだ。そして、それを補うように別のところからの力を感じる。
「なぁ、お前は一体どこから来たんだ?」
「それは言えないさ
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