第27話過去という罪を告白す

≪光希視点≫

 僕はいろいろなことから逃げすぎていたのだ。失うのが怖い、軽蔑されるのが怖い。怖いという言葉を免罪符にし続けていた。でも、それでもいいと言ってくれる友達がいる。

 

 だから、その時間はもうおしまい。これからは少しずつでもいいから、向き合っていく。その第一歩として二人にあの日のことを話すことにした。


 あの悲劇も、苦しさも、悔しさも全部が襲い掛かってきたあの調査の記憶からもう逃げない。


 「僕が話したいことは、入院する原因となった施設の調査のことだ。少し、……いや、かなり長くなるかもしれない。……そういえば、時間大丈夫か?」

 「ダイジョーブだよ。多分、外はまだ5分しか経ってないから。……そもそも、この部屋の使用許可を取るとき、先生が『最悪、次の授業来られなくてもいいから、光希の悩みを聞いてやれ。あいつ多分一人で抱え込んでるぞ。』って言ってたから、心配する必要はないよ。」

 「え、マジか。」


 部屋に入ってから結構時間が経っていると思っていたが、まだ5分しか経っていないなんて。


 そういえば、刹那が『外との時間がずれていますから』って言っていたけどこういうことだったのか。


 なるほど、確かに仕事が終わらないときにはもってこいの部屋である。


 それにしても驚いた。僕がずっとひた隠しにしていた恐怖、葛藤、迷い、それらに先生は気づいていたんだ。


 だから、先生は僕が職員室に来た時嬉しそうな顔をしていたのかと腑に落ちる。……後で先生にお礼を言おう。


 「コホン。……まぁ、とりあえず話していくけど、僕、人に説明するのが苦手だから、足りない部分があったら、聞いてもらえるとありがたい。」

 「えぇ、分かりました。では、遠慮なく聞かせていただきますね。」

 「うん、りょーかい。別に急ぐ必要はないから、君のペースで話せばいいよ。」

 「ありがとう。じゃ、話していくね。」


 話すと決めたものの、やはり今まで目に背けてきたものを誰かに伝えるというのは、羞恥心と緊張感が混ざり、言葉がうまく出なくなる。


 それでも、今がいい機会なのだ。緊張で昂った気持ちを抑えるために深呼吸をする。うん、大丈夫、僕ならやれる。


 「あの日、調査に行くと、そこには誰もいなかった。他に調査を担当する大人の陰陽師たちがいるはずだったのに一人も、いなかったんだ。……最初、時間を間違えたんだって思ったし、遅刻をしたのかもしれないとも思った。でも、時間を確認しても集合時間よりも前の時間だったし、僕が施設へ到着する直前に『到着した』って連絡があったんだ。……だから、この時にはすでにおかしかったのかもしれない。」


 どちらからか分からないけど、ヒュっと息を飲む音が聞こえた。彼らにとっても衝撃的だったのだろう。だって、彼らにも調査任務の経験があるし、それどころか二人とも僕よりも場数が多い。今思い出してみてもおかしい。なぜ、僕だったのだろう?


 ゲンは唖然とした表情をして固まってしまっている。一方で、刹那は何かを考え込んでいるようだった。刹那は何か知っているのだろうか。彼は考え込んでいたのかと思うと、一瞬険しい顔をしてこちらに向き直った。


 「施設に入って、変だって思った。だから、彼らと通信を試みたんだ。でも、一人も通信できなかったんだ。」

 「変って、何が変だったの?」

 「人間がどころか、動物……の気配すら感じられなかった。」

 「通信ができなかったって、そんな、まさか……」

 「思っている通りだと思うぞ。……じゃあ、続きを話す。僕は彼らの通信機が破壊されていると思い至った。だから、まずいと思って撤退しようとしたんだ。まだ、入り口付近だったし、出ようと思えばすぐ外に出られると考えたから、安全圏に行ってから要請を出そうと思ったんだ。」

 「破壊されるって、……いったい何がいたんですか。」


 僕も施設について誰もいなかったとき、今の二人のように酷く混乱しそうになったのを思い出す。でも、あの時は混乱している余裕すらなかったのだ。混乱しているのがばれたらそれこそ、死へまっしぐらだと認識したからだ。


 「撤退しようとして、一歩足を踏み込んだら、何かを踏んでしまった。……それは一緒に調査するはずの、陰陽師の1人だった。近くを見て見ると、2人転がっているのが目に入った。」

 「光希君……」

 「こうちゃん……」


 あの狂気ともいえる光景を見たときの記憶がフラッシュバックする。思い出すだけでも胃から何かが迫り上げ吐きそうだ。それでも、伝えなくちゃいけない。一人でこんな記憶を抱えていたくない。


 「僕はかろうじて意思疎通の取れそうな人にこう聞いたんだ。『何があったのか』って。そしたら、『変異したクルイモノがいた』って返って来たんだ。それと、彼女はこうも言っていたんだ。『人の姿をした何かがクルイモノを従わせていた』とね。そして、力尽きたのかそのまま息を引き取ったんだ。でも、彼女の……3の体は崩れ去っていった。」


 それを見ていることしかできなかった自分が酷く無力に感じたのを思い出す。もう帰ることのできない現実に『もしも』という妄想ばかり考えていたのだ。分かっていた。どうにもならないこともあるって、でも、それを受け入れるには僕はまだ青い。


 「その後、僕とせせらぎは退散しようとした、その瞬間、クルイモノ達に包囲されたんだ。そのクルイモノ達は異常だった。……二人はクルイモノってどういう行動するかわかるか?」

 「確か、最近出た研究では、クルイモノは自分自身の体を得るために、養分として人を食らおうとしているというものが発表されていましたね。でも、その行為には理性がなく、獣のようなものがほとんどである。これが普通のクルイモノです。」

 

 そう、クルイモノ達には理性が存在しないのが普通だし、今まで戦ってきたクルイモノ達は獣に近かった。


 人とクルイモノを融合させ、人を超越する。それがあの施設の研究目標だった。自我を持ったクルイモノ達はその研究の副産物だろう。本当にむごいものだ。


 「あの施設にいたクルイモノ達は言葉こそ発することはなかったが、確かに自我を持っていた。彼らは僕らが戦うように連携していた。」

 

 二人の目がはっきりと見開かれるのが分かる。刹那は両腕を抱え込み、ゲンに至っては、震えたような声が口から漏れだす。


 「それらを倒していたら声が聞こえたんだ。苦しそうなクルイモノの唸り声が、はっきりと。声をした方を振り返って愕然とした。だって、そこにいたのは人とクルイモノが混ざったような風貌をした……一緒に調査するはずの陰陽師たちだった。」


 きっと、苦しかったのだろう、彼らは。クルイモノに傷つけられ、奪われ、失った、それが嫌で彼らを倒すために武器を握った。それなのに、憎いクルイモノと一つにされる。これは尊厳凌辱にも等しい行為だ。


 二人も想像したのだろう。だけど、二人とも考えては飲み込んで、僕の話を聞くことから逃げようとはしなかった。彼らは覚悟しているのかもしれない。


 「まだ、彼らにとって、完全にクルイモノに堕ちていなかったことは不幸中の幸いなのかもしれない。それでも、未然に防げなかったのかって、考えてしまう。」


 心までは堕ちていないとはいえ、体はクルイモノになってしまっている。だから、思考もクルイモノに引っ張られる。その事実が耐えがたいものだから、彼らはコロシテと言い続けたのだろう。


 「……ごめんな。こんなこと言っちゃって。」

 「あなたが謝ることではないです。誰だって、吐き出してしまいたいものぐらいありますから。」

 「そうそう今は、吐き出す時間だ。だから、どんとこい。」


 二人は無理しているわけではなさそうだ。それならば、続けよう。……あの後は何が起こったのかを思い出さないと。そうだ、思い出した。


 「何とか、陰陽師たちを人として終わらせた後、あいつが現れた。例の『人の姿をした何か』。そいつはせせらぎを『お姉さま』と呼んだ。何より驚いたのはせせらぎとそっくりな姿をしていたことだ。」

 「ちょっと待って、そんなことある⁉」

 「そんなことあったんだ。でも、それよりも印象的だったのは、そいつがせせらぎの過去を知っていることと、せせらぎが苦しそうにしていたことだ。」

 「苦しそう?何かに干渉されていたとか?」


 ゲンの驚き続けている様子を見ると、重い空気が少しだけ軽くなるような心地がする。やっぱり、誰だって自分の知り合いとそっくりな人が出てきたら、そうなるだろう。


 そして、相変わらず刹那は鋭い。あの時の光景を見ていたわけでもないのに、少ない情報から正確に状況を推測している。


 「おそらく、そうだと思う。彼女は何かぶつぶつと独り言をつぶやいていたからな。それと同調するように風が激しく吹き、無意識で作ったであろう水の槍の雨が降ってきた。」

 「それ、やばくね。」


 ついに、ゲンの語彙力が溶けてしまった。そうなるのも、致し方ない。ただ、あの時は何かを考える余裕すらなかった。

 

 「せせらぎの名前をずっと呼び続けた。幸運なことにせせらぎは肩を思いっきり揺すりながら叫ぶように呼んだら、やっと戻ってきた。」

 「良かったぁ。せせらぎさん、戻ってこれたんだね。」

 「待ってください。それだけではないのでしょう。」

 「あぁ、そうだ。……あいつに思いっきり背中を斬られた。」


 今はもう痛くない背中だが、あの時は下半身が酷く痺れて魚のようにのたうち回ったのを思い出す。それほどまでに想像を絶する痛さだったのだ。


 「あの男は狂気の化身だって言ってもいい。それほどまでに狂っている。」


 人を見下し、ごみのように扱う。これだけだったらただのクズであったのだろう。でも、彼の目には、人も、クルイモノも映ってすらいない。映っているのは彼の理想とする世界への憧憬と、それに必要なパーツだと考えているせせらぎのみだ。


 「あの男は、自分の理想の世界でしか生きていない。」


 俺がはっきりと覚えているのはここまでだった。本当はもっと覚えているのかもしれないが、激痛がすべての記憶をマヒさせた。でも、その時の感情は覚えている。


 「僕は、悔しかった。僕を守るために去っていくせせらぎを止められなかった。あの、……カイエンとかいう男にはまったくもって歯が立たなかった。……なによりも、成長したはずなのに、結局守られてばっかりの自分に腹が立ったんだ。」


 お母さんも、光太郎叔父さんも、せせらぎも、みんな僕を置いていく。僕はその手をつかめなかった。引き留められなかった。


 だから、羨ましかったんだ。自分の手で誰かを守れる彼らのことが。



*


(ここまで読んでくださり、ありがとうございます。次の話からは少し明るくなると思うので、どうか楽しみにしてください。 by 作者)

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