第2話 魔王と晩餐
瞬きをしたその一瞬。
目を開けるとそこは全く別の場所だった。
「我が城へようこそ、俺の花嫁。ここがお前の部屋だ」
漆黒は片膝をつき、裏柳の手の甲にそっと唇を寄せた。
「用があったら呼べ」
それだけ言い残すと、漆黒の姿はかき消えるように見えなくなった。
黒の王国は未知の国だが、その王は瞬間移動までできるらしい。
魔力を持たない裏柳にはあまりにも現実離れしており、なんだか夢でも見ているような気分が抜けなかった。
それでも現状を把握し、どうにか打破しなければという気持ちが、勝手に裏柳の身体を動かす。
裏柳はすぐにドアノブに手をかけるが、外から鍵がかけられていてびくともしない。
窓には鉄格子がはまり、完璧な監禁状態だと認識した。
次に部屋を見渡す。
白いカーテンがかかった豪華な天蓋付きベッドと、本棚だけ。
窓の外は、霧がかかっていてよくわからなかった。
(トイレはどうしたらいいんだ? そもそも、どうやって呼べばいい?)
裏柳はただただ困惑していた。
これは悪夢だ。
目が覚めて、白亜のわがままに振り回されるいつもの自分に戻っていたら、どんなに良いだろう。
裏柳はため息をつきながらベッドに横になるしかなかった。
他にできることもない。
もう寝てしまうしかなさそうだ。
カー、カー、と甲高い鳴き声が響く。
「そう怒るな」
何の説明もなく裏柳を部屋に残して出てきた漆黒を非難するかのように、ペットの烏が周囲をぐるぐると飛び回る。
この城は、白の王国の城とは打って変わり、深い霧に覆われた森の中にひっそりと佇む古城だった。
黒の王国は、魔物や獣、怪物が溢れる呪われた小国だ。
国をバリアで囲み、それらを閉じ込めるのが、黒の国王たる漆黒の勤めだった。
それでも、閉じ込めきれない魔物が時折、外の王国を襲うことがある。
そのせいで誤解を受けていることは知っていた。
周囲の国からは、自分が魔物をけしかけていると思われているだろう。
知能を持った魔物は漆黒が支配し、従者として従わせることが可能だ。
しかし、知能を持たない魔物は支配しきれない。
漆黒は頭を抱えるしかなかった。
(こんな国に、彼を連れてくるのではなかった……)
心の中ではそう思いながらも、どうしても彼が欲しかったのだ。
なのに、自分の姿を見て怯えられるのが怖い。
漆黒は深いため息をつきつつ、仕事に専念するしかなかった。
青の王国は魔法、赤の王国は武力で魔物に対処できる。
緑の王国も頭脳で解決できるだろう。
だが、いかんせん白の王国は弱い。
目をかけてやらなければならないのだ。
力の弱まった場所を補強したり、部下の魔物を護衛に送ったりと、漆黒の心は休まることがなかった。
これが自分の運命。
黒の国王として生まれた自分の勤めだと分かっている。
でも、そろそろ限界だった。
魔力の補強が必要だ。
世継ぎを産まなければ。
いや、世継ぎはまだ良いとしても、魔力の補強は急務だった。
自分の護りが切れてしまえば、世界が滅びる。一番最初に落ちるのは、間違いなく白の王国だ。
(裏柳を悲しませたくない……)
今一番悲しませているのは自分だというのに、何を言っているんだ、という話だが……。
裏柳は目を開け、体を起こした。
ふかふかで寝心地の良いベッドは、いつもの自分の部屋のものではない。
窓を見れば、そこには鉄格子がはまっていた。
やはり、夢ではなかったか。
淡い期待はもろくも崩れ去る。
ベッドから降りて窓の外を眺めたが、星も月明かりもない。
見えるのはただの暗闇だけ。何とも言えない心細さを感じた。
「起きたか。夕食だ」
「うわっ!」
急に後ろから声をかけられ、裏柳は飛び上がる。
魔王が立っていた。
「急に後ろに立つな! びっくりするだろう」
思わず苦情を口にする裏柳。
「慣れろ。来い」
「いちいち抱きかかえるな!」
軽々と抱き上げられ、裏柳は暴れる。
「暴れるな。落とすぞ」
漆黒は有無を言わさず、裏柳を食堂へと連れて行った。
大きな食卓には、魑魅魍魎たちが座っていた。
「ほう、そちらが我が王の花嫁ですか」
「なんだかぱっとしませんな。本当にオメガですかな?」
「子供を産めそうに見えませんが……」
虎や羊、ワニのようなおぞましい姿をした魔物たちが、食卓に座った漆黒の腕の中におさまる裏柳を見て口々に声を上げる。
「黙れ。我が花嫁が怖がっているだろう」
睨みをきかせる漆黒に、魔物たちはビクッと肩を震わせ、静まり返った。
「花嫁よ、説明しよう。そこの虎は俺の護衛だ。羊は執事でな、ワニはコックだ。あとこの烏は俺のペット」
「そうか。……うん……。とりあえず、花嫁って呼ぶのはやめてくれ」
巨大な魔物たちに囲まれてしまい、食事をする気になれない裏柳。
説明されても頭に入らなかった。
そもそも何で自分は魔王の腕の中なんだ。
おろして欲しい。
唯一の安らぎは、漆黒のペットの烏だろうか。
その姿は、普通の烏と変わらないようだった。
カーと鳴いて挨拶してくれたので、裏柳も「こんばんは」と、挨拶を返した。
「姫と呼べばいいか? それとも妃か?」
「名前で呼べばいいだろう。裏柳だ」
姫や妃など、虫唾が走る。
そもそも、一応オメガではあるが、女ではないのに、姫や妃という呼び方はどうなのかと、裏柳は常々思っていた。
「俺は漆黒だ」
「そうか。聞いた」
なぜこんな場所で自己紹介なんだ。
そもそも名前はもう聞いているのに……
なんだか変な感じだ。
変に律儀な魔王である。
「料理が口に合わないのか? ワニ、お前は解雇だ」
「えええ!! ご容赦ください魔王様!!!」
食事が進まない裏柳の様子を見て、漆黒はコックのワニを睨む。
ワニは泣きそうになっていた。
「お、美味しいぞ。美味しい!」
自分が食べないとワニが解雇されてしまう。
それはかわいそうだと思い、裏柳は頑張って食べることにした。
悪いのはワニの料理の腕ではない。
見た目が怖い者たちに囲まれているせいなのだ。
しかし、一口食べてみると、料理は普通に美味しく、食欲が戻ってきた。
「そうか、良かった」
もぐもぐと食べる裏柳を、漆黒と従者たちがじっと観察する。
「私も良かったですよ!」
フッと笑う漆黒に、首の皮がつながったワニもホッと息をつく。
「ところで、式の日取りはいつになさるおつもりですか?」
羊が口を開く。
「挙げなければいけないのか?」
漆黒は乗り気ではなさそうだ。
「皆様楽しみにしていらっしゃいますし、お妃様のお披露目も必要かと」
「……じゃあ、明日だな」
「「「明日!?!?!?」」」
少し考えてから口を開いた漆黒に、虎と羊とワニの声が重なる。
裏柳も驚いた。
明日!?
「だめか? じゃあ、今から……」
「明日にしましょう!」
首を傾げる漆黒に、羊は慌てる。
今からなんて、とても無理だ。
「すぐにフラミンゴを呼びますね」
羊は急いで食卓を離れ、どこかへ行ってしまった。
「フラミンゴは洋服を作ってくれるんだ。センスが良い。俺の服もフラミンゴが作ってる」
「はあ……」
(まさか、羽で作っているのか?)
とりあえず、ワニのためにも食事を完食することだけを考えよう。
裏柳は、若干現実逃避を始めていた。
……どうやら、明日、俺は結婚式を挙げるらしい。
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