第2話 春色の精霊は金木犀の香りを纏う
ヒロインである“精霊さん”のイラストです。
https://kakuyomu.jp/users/kurosirokaede/news/7667601419838570460
では始まります!
◇◇◇◇◇◇
表の桜並木は満開を過ぎて、花びらの絨毯を敷き詰め若葉が芽吹く。
桜が満開までは一杯であったであろうこの席も昨日の日曜日で一段落。もっともその混雑ぶりも……既に“用無し”の僕は店の中からでは無く、外から眺めるだけだったが……
“サクラチル”だった。
誰かから、価値のある人間だって思われたくて
始めた資格試験の勉強も
合格しなければ意味のない事。
頑張ったつもりだけど……
そう僕は
くだんの“精霊さん”のカレシ?ダンナ様?とはまるで違う。
あの清楚な精霊さんに……明らかにオトコの目を惹く為の恰好をさせ、寄って来る男達へ
薬指の豪華なエンゲージリングで自分の存在と力を見せつける。
その計略に見事にはまってしまった僕は
身勝手な独り相撲ではあるけれど
自分のふがいなさに
ささやかな抵抗をしたかったのだ。
でも所詮は滑稽な道化師にしか、なり得なかった。
すべての力が抜けてしまって……
呆けた僕は
ただただガラス張りの向こうの
かつての指定席を眺めているだけだった。
それでも人並みに桜並木のパノラマを見てみたいという心が……
僕をこの二階席へ押し上げたに過ぎない。
でも今、ここに来た事を後悔している。
カフェオレから立ち上る香りも表の桜並木のパノラマも
つまらない。
ああ
僕はいったい
何をしているんだろう……
「今日は勉強をなさってないのですね」
ふいに懐かしい声と香りがして
僕はガバッ!と振り返った。
そこには
何度も夢に見た“精霊”さんの姿があった。
ただ違うのは
カノジョが春色に染まっている事と
長かった髪が肩のあたりで切り揃えられている事……
ああそうか
きっと幸せな結婚を
なさったんだ。
だったら僕は
社会通念の礼儀を隠れ蓑にして
一刻も早くこの場を離れよう
やっぱり
来るんじゃなかった……
「ご無沙汰しております。 桜並木、僕はもう充分眺めましたから……席をお譲りします」
“精霊さん”はクスッ!と笑って僕の右隣にティー プレスのトレイを置いた。
「隣、お邪魔しますね」
元より席は空いているのだ。
なのに僕は……何を言っているのだろう。
仕方ないので浮かせた腰をもう一度降ろして目を伏せる。
どうせみっともないのだから
これですべて終わらせよう
僕のくすぶった想いは
春に輝くカノジョには似合わない。
「サクラチルだったんです」
「えっ?!」
「試験、この間、結果が出て……落ちてました」
「そうですか……あんなに頑張ってらっしゃったのに」
カノジョと出会ってから今日までの間……カノジョとは結局一回も会えなかった。
だからカノジョの慰めの言葉は
社会通念から発された単なる挨拶。
僕は力なく笑って挨拶を返す。
「ご結婚おめでとうごさいます。お幸せそうで何よりです」
その言葉を置いた途端、カノジョの顔色が変わり
目から大粒の涙がハラハラと零れ落ちた。
「酷い!!」
とカノジョは両手で顔を覆う。
「えっ??!! えっ??!!」
と、僕は驚き戸惑うばかり……
「きっと……カノジョがお出来になったんだわ! カノジョとのお付き合いが楽しくて、勉強が疎かになって!! ……酷い!! 私はあなたが頑張ってらっしゃるから……いつも表から窓の向こうのあなたのお姿を拝見して、『私も頑張らなきゃ!!』って思っておりましたのに……私の見えないところでカノジョと……あんまりです!!」
「あの! 僕には何の事なのか??」
精霊さんは顔を覆ったまま、また“涙がらみ”になって……
グシュグシュと僕の身に覚えのない“恨み言”を並べる。
「ええ!そうですわね! カノジョの事が愛おしくて……私の事などは眼中になく“結婚”の二文字で片付けておしまいになる。 私のどの指にマリッジリングがありますか? エンゲージリングがありますか? 私はあなたを想って!!……指輪を外しましたのに!!!」
確かに……
前にカノジョの細い指に居座り自己主張をしていたエンゲージリングは消え失せていて……他のどの指にも指輪は無い……だけど……それって!!
「カノジョなんて、僕には居ませんよ……それにパートナーが居たのはあなたじゃないですか?」
こう言葉を返しても……
「だからあなたは他の方とお付き合いなさったのね!! どうして男の方はこうなんでしょう!!」と嗚咽混じりに嘆かれる。
違う! それは違う!!
僕は思わず、両手でカノジョの肩を掴んでいた。
「違います!! 聞いてください!! カノジョなんて居ません!! 僕は!!」
カフェオレをまだ一口も飲んでいなかった僕は喉も干上がっていて……次の言葉が出せずにゴクリ!と飲み込んでしまう。
「だから……あなたと恋人どうしならいいな とは……ずっと想っていました。あの日から……ふたりで噴水の虹を見たあの時から」
カノジョ……グシュグシュン!として手のひらの内側で声を震わせる。
「ホント?」
「はいっ!」
「ホントにホント?」
「ホントにホントです」
「ホントにホントにホント?!」
「ホントにホントにホントです!!」
カノジョ、両手の指をゆっくり閉じて顔を覗かせた。
「信じていいですか?」
「はいっ!」
僕の返事が終わらないうちにカノジョからボンッ!!って抱き付かれた。
カノジョの髪がふわりと金木犀の香りを持ち上げて、僕をくすぐる。
「とても懐かしいです。この香り」
カノジョは僕の肩に顎をのせて、その感触を確かめるように目を閉じる。
「今日、あなたに見つけてもらえるようにと願いを込めて着けてきたのです……だから……『私』では無く『秋』が懐かしいっておっしゃったら……しょげてしまいます」
「そんな事を囁かれたら……この腕に力が入り過ぎてあなたを壊してしまいそうです」
「どうぞギュッ!と!! 確かめて下さい。ようやくあなたの元に辿り着いた私に……その幸せを……」と言い掛けて……
『「あっ!」』
って!!
またハモってしまったのは……
すっかり周りの耳目を集めてしまっている事に
ふたり同時に気付いてしまったから。
「どうしましょう 離れなければいけないのに……離れたくない!離れられない!!」
「もう、今更です。 開き直りましょう こうしてあなたがくれる幸せを……誰にも文句は言わせませんから」
そういうと“精霊さん”は……
ふふふと笑って顎を頬をぐりぐりと押しつけてくれた。
なんだかいやらしく聞こえてしまうけど……女の子ってキモチイイ
「髪、切ってしまわれたんですね」
「似合いませんか?」
「いえ、とてもお似合いですが……僕はあなたが髪をお切りになられたので、結婚なさったのかと思いました」
それを聞いたカノジョは猫が甘えるように僕の頬にグニャンと髪を摺り寄せた。
「それは逆です。親の勧めるお見合い相手との婚約をきれいに断ち切るよう願掛けしたのです。成就したら髪を切りますって。これでも私、頑張ったんですよ。家から独立して一人暮らしだって始めたし……いっぱい“社会勉強”もいたしました。褒めていただけますか?」
「褒めるだなんておこがましい……頑張ったあなたに比べたら僕は試験に落ちただけ……情けない」
精霊さんは僕の肩から離れて僕の頬に自分の手をそっと置いた。
「そんな事、ありませんよ……試験だって、人生に一回こっきりってわけでは無いでしょう? まだ、あのテキストはお持ちですか?」
「はい! あなたとの思い出のページがありますから……捨てられませんでした。そうですね。あの単元が出ていれば満点が取れていたかも……」
「あはっ! そういう事でしたら今度はリベンジできます。だってこれからはふたりずっと一緒だから……これから作る私との思い出ごと覚えてしまえばいいんです。それに私の願掛けのご利益は……保証済ですから」
そう言いながら精霊さんは自分のスマホを取り出した。
「まずはここから!」
そして二人は……
初めてお互いの名前を知った
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