EP 6
『至宝』の値段は、スローライフ
役人の狂喜に満ちた叫びが、広場の静寂を引き裂いた。
「素晴らしい! まさかこれほどの逸材が、このような辺境の村に埋もれていたとは!」
眼鏡の役人――クレドックと名乗った――は、砕け散った測定器の残骸をまるで聖遺物のように拾い集めながら、恍惚の表情で俺を見ている。その目は、もはや獲物を見つけた狩人のそれだ。
村人たちは遠巻きに俺を見つめ、ひそひそと何かを囁き合っている。畏怖、困惑、そしてほんの少しの嫉妬。居心地の悪さは、前世の満員電車以上だった。
そんな中、最初に我に返ったのは父ロルフと母アンナだった。
二人は俺をかばうように両側から抱きしめる。しかし、その表情に誇らしさはない。あるのは、これから何が起こるのか分からないことへの、純粋な恐怖だった。
「お、役人様。何かの間違いでは…? この子には【土壌鑑定】なんて地味なスキルしか…」
父が震える声で弁解するが、クレドックはそれを鼻で笑った。
「スキルと魔力量は別問題だ、大工よ。この少年は、国家の…いや、人類の歴史上でも類を見ないほどの魔力をその小さな身体に秘めているのだ! これは神の御業だ!」
クレド...ックは大きく両手を広げ、村人たちに向かって宣言した。
「聞け! この村から『至宝』が発見された! アレン・ヴェスト君は、帝国の宝だ! 彼にはその力を正しく学び、制御する義務がある! よって、帝国法に基づき、彼を帝都の王立魔法学校へ推薦することが、今、決定した!」
その言葉は、まるで爆弾のようだった。
『王立魔法学校』。それは、貴族やエリート中のエリートだけが通うことを許される、雲の上の存在だ。
村人たちの間に、先ほどとは質の違う、熱を帯びたどよめきが広がる。
「待ってください!」
父ロルフが、決死の形相でクレドックの前に立ちはだかった。
「この子はまだ五歳です! それに、戦う力など持っておりません! この子に必要なのは、学校ではなく、家族です!」
「黙れ、平民が」
クレドックは、虫けらを払うかのように冷たく言い放った。
「貴様は何も分かっていない。これほどの魔力、もし制御できずに暴走すればどうなると思う? …この村一つ、跡形もなく消し飛ぶぞ。彼を学校へ送ることは、もはや推薦ではない。命令だ。彼自身のため、そして貴様たち家族と、この村の安全のためにな」
それは、脅しだった。
しかし、否定できない真実の重みがあった。俺の力は、確かにそれだけの危険性を孕んでいる。
父は言葉に詰まり、悔しそうに拳を握りしめた。母はただ、俺を強く抱きしめて泣いている。
(…ここまで、か)
俺は静かに悟った。
抵抗は無意味。いや、むしろ状況を悪化させるだけだ。俺が駄々をこねれば、この役人は「強制的な保護」という名目で、家族に危害を加えるかもしれない。
俺のスローライフは、確かに終わった。
だが、家族との平穏な生活は、まだ守れる。
俺は、泣いている母の手をそっと離し、父の前に一歩出た。
そして、クレドックをまっすぐに見据え、五歳児にできる限り落ち着いた、しかしはっきりとした声で言った。
「わかりました。俺、行きます」
その言葉に、両親がはっとしたように俺を見る。
クレドックは満足そうに頷いた。
「賢明な判断だ、アレン君。君は英雄になるのだ」
(英雄になんて、なりたくてなる奴がいるものか)
心の中で毒づきながら、俺は両親に向かって精一杯の笑顔を作ってみせた。
「父さん、母さん。大丈夫。俺、勉強して、この力をちゃんと使えるようになって、必ず帰ってくるから」
それは、前世の自分には言えなかった言葉。
守るべきもののために、俺は自ら、戦いの舞台へ上がることを決めた。
クレドックは、「一月後に、正式な迎えを寄越す」と言い残し、意気揚々と馬車で去っていった。
後に残されたのは、英雄の誕生を祝うどころではない、重苦しい沈黙だけ。
俺は自分の小さな手を見つめた。
平穏を守るために育ててきた力が、皮肉にも、俺から平穏を奪い去っていく。
こうして、俺の輝かしいスローライフ計画は、開始わずか五年で、完全なる幕引きを迎えたのだった。
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