対話おじさんとダイアログ娘
ぺしみん
第1話
僕の店は西東京の小さな街にある。商店街の片隅。メイン通りから少し脇にそれて、住宅街が覗き見える辺り。ここの商店街は結構歴史が古く、再開発も進んでいないので古い町並みを残している。小規模な大学や美術ギャラリーがある。住民は老人が多いけれど、若者の集まる街でもある。
僕は雑貨店を経営している。主にアジアからの輸入雑貨を扱っている。商売はそこそこ上手く行っている。雑貨店なんて普通は儲からないと思うけど、僕の店は少しだけ特徴のあるものを扱っている。銀製品と宝石。それらを千円もしくは三千円均一の金額で売っている。アクセサリーを扱っているお店は多いけれど、どこも単価が高い。そして、指輪やバングルとかに値札が付いていない所も多い。気に入ったものなら高いお金を出して買って下さい、という経営方針なのかもしれない。お客さんに少し勇気が必要とされるわけで、商品の回転率は自ずと悪くなる。そのように僕は考えて、値段が分かりやすく、そして安く、と言う事を一番大切にした。
先月は三千円のルビーの指輪を目玉にした。大人気だった。米粒ぐらいの小さなルビーでクズ石なのだが、ルビーである事は確かだ。それを正直にポップに書いた。リングは細いけど銀製品。原価は二千円ぐらい。二百個用意したのだが月末には全て売り切れた。単純に二十万の利益が出たのだが、まあ、これはかなり上手く行った例だ。
用意した数を捌けないで在庫になってしまう時もあるし、そもそも目玉商品を用意できない時もある。仕入先が流動的なので、安定して利益を出すのは難しい。でも、細々と勝負できているのは、僕にちょっとしたコネがあるからだ。タイを中心にして、アジアに信頼出来る友人が数人いる。彼らは現地の人で、僕の注文に応じて買い付けをしてくれたり、時にはめぼしい商品を提案してくれる。
店番は僕一人。本を読んだりネットをしたり。ダラダラと時間を過ごしている。こういう生活は悪く無いと思う。東南アジアのやる気のない屋台みたいな感じ。僕はその雰囲気に憧れていたから毎日が楽しい。
店は午前十一時に開けて、午後九時に閉める。僕は夜型の生活をしているので、そういう事になっている。
開店と同時に、商店街の天翔軒という中華料理屋に電話をして出前を頼む。この店は安くて量が多い。味はそこそこ。お店のマスターが中国人で、味付けに癖があるのが気に入っている。日本人だったらまずこういう味付けはしない。とびきり美味い訳ではない。アジアの屋台料理を思い出させる味だ。
お昼が過ぎて、午後三時くらいまではほとんど客が来ない。近所のお爺ちゃんお婆ちゃんが冷やかしに来るぐらいだ。僕は彼らにお茶を出して世間話や昔話をする。楽しい。これまた東南アジア的である。商売がメインなのか近所付き合いがメインなのか、分からないような感じで時間を過ごす。
午後四時を過ぎると学生さんが店を訪れ始める。三千円のルビーの指輪の噂を聞いて、遠くからやって来てくれる人もいる。指輪は売り切れてしまっているけれど、僕はこういうお客を大切にしたい。
「来月、店に出そうと思ってるアメジストのブローチがあるんですけど」
その遠方から来てくれたと言う大学生のお嬢さんに見せてみる。
「これも三千円で売ろうと思ってるんだ。内緒だけどね、原価は二千円ぐらい」
僕はここまでバラしてしまう。そして大学生の彼女に、二千円でそのサンプルのブローチを買ってもらう。後はクチコミを期待する。まあ、クチコミが機能しない事の方が多い。だけどこういうやり取りがお店をやる醍醐味だと思う。
「原価は二千円だけど」
と僕が言った時。
「実は、原価は五百円ぐらいじゃないですか?」
と言った男子高校生がいた。
これが可愛い女子高生ならば、僕はただちに大幅値下げをする。だけど相手は、こましゃくれた男子高校生。
「じゃあ千五百円でどうだ」
と僕は訊いてみる。高校生はギョッとする。楽しい。
「えーと。じゃあ、千二百円でどうですか」
ぎこちなく男子高校生が答える。
「なかなか値切りが上手いね。じゃあ、千四百円でどうかな?」
「そうですね……。じゃあそれでお願いします」
男子高校生がちょっと嬉しそうにする。これが世に言う「Win―Win」ってやつかもしれない。違うか。ちなみにその指輪の原価は八百円だった。これだから商売は面白い。特に貴金属に関しては元値があってないようなものだから、やりがいがある。
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