ノア・ポイント外伝 短編集
アタヲカオ
第一章【完結】第一話 老人パラダイスの恋 前編—「温暖な楽園へ」
「なんて、美しいのかしら」
思わず、鏡に映った自分の姿にため息をついた。
まるで、大学へ入学したばかりのころの私——。
◇
2075年——
世界一幸福な国と称された日本。
しかしその幸福の裏側には、すべてをスコアで数値化し、徹底管理する社会が広がっていた。
厚生福祉省スローガン:
『人生百年時代から、人生百五十年時代へ』
——単なる延命を超え、健康寿命を伸ばすことを目的に、私たちは、さらなる延伸を目指します。
国民の二人に一人が高齢者となった現在、
我が国は、世界に誇るテクノロジー改革により
「満八十歳まで現役」を実現しました。
老いは完全に克服され、
もはや国民の誰一人として“弱者”ではありません。
最新の脳刺激による細胞亢進、バイオ内臓交換、
ミトコンドリア増大技術をはじめ、国策として推進された「健康寿命延伸プログラム」により、平均寿命はかつてない水準に到達しています。
――この最先端技術をすべての国民へ。
全国民対象・特別優遇制度
定年退職後は、誰もが健康的な若さを取り戻し、
第二の人生を“最高の舞台”でお過ごしいただけます。
(※対象者には簡単な審査があります)
厚生福祉省調査による利用者の声:
「毎日が新婚旅行のようだ」
「二十歳の頃より調子がいい」
「次は孫と同い年に戻れるかも」
──これらは、我が国が世界に誇る“未来社会”を象徴する喜びの声です。
(※回答率26.7%/厚生福祉省アンケート調査)
拠点は全国に五カ所。
北海道は大自然の療養地、石川県は伝統文化と温泉、高知県は太平洋に面した田舎の静養地、
沖縄県は南国トロピカルの楽園——そして、首都圏にもっとも近い千葉県は「温暖な楽園」と呼ばれる人気のある拠点です。
⸻
「いい時代になったわね」
モニターを消し、七栄はしみじみ呟いた。
鏡に映る姿は、どう見ても五十代半ばの顔。
口元の皺は消せず、目の下のくぼみも残っている。
「保険適用範囲だと、やっぱりこれが限界よ。同窓会で恥ずかしかったわ」
「そんなことないわよ。お母さん健康だから四十代に見えるわ」娘は笑顔で言うが、その言葉に少し“お世話”の響きが混じっている。
「じゃあね、元気で。沖縄なんて最高じゃない。
たまに遊びに行くね。今度会う時は、私より若返って、恋が始まったりしてね」
「よしてよ、老後なんだから。静かに南の島の海でも見てるわ」
そう娘には言ったけど、主人が亡くなって、
もう6年、定年退職をようやく迎え八十歳。
ようやくあそこにいけるんだわ。
ああ腰が痛い。働きすぎだわ。
私の仕事は介護士だった。1996年生まれなんて、
随分長生きしたもんね。
昔から3Kといわれ、人気のない肉体労働。
ああ本当に楽しみ。
このために生きていたようなものだもの。
一年前、沖縄の施設に仕事のヘルプで行った時、
——背の高い、爽やかな笑顔。青年のように若返っている、男性入所者の世話をしたことがある。
穏やかな笑みと、品のある所作。
冗談を交わせば、自然と笑顔が返ってきた。
鏡に映る自分はどう見ても五十代。
恋など、夢のまた夢だった。
(もし若返ったら……。あの人に、もう一度会えるかしら)
最新技術では、新しい歯まで生えてくるって聞いたけど、ほんとかしらね。
沖縄老人パラダイスは、アンチエイジング研究のために国家予算をつぎ込まれた施設だった。かつて米軍基地のあった沖縄本島。
足を踏み入れれば、二度と帰ってくることはできない、体裁の良い姥捨山と言われている。
しかし、沖縄の施設に仕事で行った時に驚いた。
あそこは最先端テクノロジーの宝庫。
富裕層も多く、財界人や元政治家もいたけど、
みんな本当に若々しくて素敵だったわ。
全国に五か所あるうち一番人気の沖縄県。
抽選に当たった日は、夢のようだった。
空港に、専用バスが迎えに来ていた。
車体は真っ白で、リゾートホテルの送迎車のように見える。窓にはすべてブラインドが下ろされ、外の景色は一切見えなかった。
車内の広告には、南国の砂浜で笑顔を振りまく若者たちが並んでいた。
水着姿で太陽を浴びるその姿は、老人施設の宣伝とは思えない。
七栄の胸は、期待で高鳴っていた。
——きっと、私もこうなれる。
そう信じた瞬間、頬が熱を帯びるのを感じた。
窓の隙間から、
フワッと南国の甘い香りが漂う。
「このまま、病院に行きますね」
(へぇ、いきなり行くのね。)
「集中病室に入ります」
後編へ続く
———
本編『ノア・ポイント』の世界を少し違う角度から。外伝集もよろしくお願いします!
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