アウレリアアカデミーの初日
アウレリア学園への道中…
石畳の上を進む馬車は、ゴトゴトと揺れながら静かに走っていた。
カイルは窓際に座り、黒に青みがかった髪を指で整えていた。先ほど少し外に出たせいで、風に乱れてしまったのだ。表情は落ち着いていて、今日という大事な日を前にしても、まるで不安など一切ないように見える。
向かいの席にはイリスが姿勢よく座っていた。彼女はずっと、無言でカイルの顔を見つめている。十五歳にして名門学園へ入学する少年とは思えないほど落ち着いたその表情に、目を奪われていた。
「どうしてこんなに落ち着いていられるのかしら?まるで、すべてを知っているみたい…。本当に、カイル様は掴みどころがない…」イリスは心の中で呟いた。
カイルはその視線に気づき、ちらりと彼女を見て、小さく微笑んで息をついた。
「どうしたの、イリス?さっきから俺の顔ばっか見て。もしかして、髪が変になってる?」
イリスは慌てて赤面する。
「えっ!?ち、違います!ただ…その、カイル様が準備できているか確認してただけで…。今日は大事な日ですから…」
カイルは小さく笑う。
「心配いらないよ。俺はいつだって準備できてる。それに…学園なんて、ただの小さな一歩にすぎないから。」
その言葉に、イリスは思わず息をのんだ。傲慢に聞こえるかもしれないが、そこには確かな自信があった。揺るぎない何かを信じているような、そんな声だった。
その時、大きなバッグの中から小さなあくびが聞こえた。
「ふぁぁぁ…朝から騒がしいなぁ…」
声の主はネロ。今は可愛らしい獣の姿をした小さな魔族だ。
カイルは振り返って薄く笑う。
「やっと起きたか、ネロ。」
ネロは鼻を鳴らし、イリスの視線に気づいて面倒くさそうに睨む。
「ふん、人間の小娘め。俺がこいつと契約してなきゃ、あんな子供だらけの場所なんかに行くもんか…」
カイルはくすっと笑い、イリスは二人を交互に見ながら何かを探るような表情を浮かべた。
馬車は進み続け、車内には穏やかだが、彼らだけの秘密めいた空気が流れていた。
――一方その頃。
アウレリア学園の中庭は、新入生たちでごった返していた。
大きな掲示板に貼られた名簿を見ようと、生徒たちが押し合いへし合いする。
「俺の名前…どこにあるんだ…?」
一人の生徒が目を細め、名簿を追う。
その人混みの中、二人の少女が並んで立っていた。
一人は青い長髪を太陽に輝かせ、優しげだが自信に満ちた瞳をしている。名はセルヴィア。彼女は期待を込めて掲示板を見つめ、小さな笑みを浮かべた。
「ふふ…私の名前、多分上の方にあるはず…」
その隣に立つのは、白雪のような髪を持つ少女。黒い制服との対比が鮮やかで、冷静沈着な雰囲気を纏っていた。名はエリナ。
「エリナ、あなたの名前はもう見つけた?」セルヴィアが横目で尋ねる。
エリナは小さく頷き、鋭い眼差しで名簿を指差した。
「ええ…あったわ。レガリアクラス。」
セルヴィアはぱっと顔を輝かせる。
「わぁ、同じだね!私もレガリアクラス!これから一緒にいる時間が増えるわね。」
その様子を周囲の生徒たちもちらちらと見ていた。セルヴィアの明るさと、エリナの冷たいほどの美しさ。二人は到着した瞬間から、すでに注目の的だった。
しかし二人の笑みの裏には、誰にも知られぬ強い覚悟があった。学園で魔法を学ぶためだけでなく、自分の力を証明するためにここへ来たのだ。
――そして。
蹄の音と馬車の車輪が石畳を叩く音が、学園の門前に響いた。
生徒たちの視線が一斉にそちらへ向く。止まった馬車は他よりも豪奢で、その側面には王家の紋章が刻まれている。
「えっ、誰だあれ…?」
「馬車に王家の紋章…?もしかして王族?」
「まさか…」
扉が静かに開き、ゆっくりと一人の少年が降りてきた。
肩に大きなバッグを担ぎ、堂々とした体躯。十五歳とは思えぬ落ち着きと、余裕を漂わせる瞳。――カイルだった。
生徒たちはざわつき、ひそひそと囁き合う。
続いてイリスも馬車を降りると、彼女の美しさに数人の男子生徒が思わず見惚れた。
護衛の騎士たちは馬を降り、最後の礼を捧げる。
「若様、我々の役目はここまでです。これより王城へ戻ります。」
カイルは柔らかく笑みを返し、手を振った。
「ありがとう。気をつけて帰ってくれ。」
「はっ!カイル殿下!」
騎士たちは一斉に声を揃え、馬を返して去っていった。
カイルはしばらくその背を見送り、小さく息をついた。
「やっと着いたか…」
周りの生徒たちは、王子の登場にざわめき続けていた。憧れ、嫉妬、警戒…様々な視線が一斉にカイルに注がれる。
セルヴィアとエリナもまた、その少年に目を向けていた。二人とも無言だったが、その視線には明らかな興味が宿っていた。
カイルは掲示板の前に進み、名前を探す。
「ふむ…俺もレガリアクラスか。」
小さく笑みを浮かべ、横にいた二人の少女をちらりと見やった。
その時、一人の少年が声をかけてきた。
髪は少し乱れ、明るい顔つきの少年。人懐っこさがにじみ出ていた。
「やあ、君…アルデン王の子供なのか?」
カイルは穏やかに振り向き、口元に薄い笑みを浮かべた。
「そうだけど。それがどうかした?」
少年は慌てて両手を振る。
「あっ、違う違う!ただ挨拶したくてさ。俺の名前はゼイン。よろしくな、カイル!」
カイルは一瞬彼を見つめ、そして口元を緩めた。
「ふふ、いきなり呼び捨てか。まあいい、俺はカイル。よろしく、ゼイン。」
ゼインは頭を掻きながら笑った。
「ははっ、‘殿下’なんて呼んでたら友達になれないだろ?」
カイルは小さく息をつき、いつもより少し広い笑みを見せた。
「…そうかもしれないな。」
その様子を見守るイリスは、そっと微笑んだ。
――新しい学園生活の始まりに、彼の隣に信頼できる友が現れたことに、心から安堵していた。
一方、遠巻きに見ていた他の生徒たちは様々な思いを抱いていた。羨望、嫉妬、警戒…。
だが確かに、アルデン王の息子カイルは、彼らが思っていたような傲慢な王子ではなかった。
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