さようなら

カイルはすぐにまっすぐ立ち上がったが、その表情にはわずかな動揺があった。彼はぎゅっと拳を握りしめ、緊張を隠そうとしていた。


国王アルデンは、王妃エレノーラや数人の侍女と共に歩み寄りながら、鋭い視線で彼を見つめた。


「カイル… 今のはお前が魔法を放ったのか?」国王は威厳ある低い声で問いかけた。


カイルは反射的に唾を飲み込み、心臓が激しく鼓動していた。本来なら家族の前で力を見せるべきではなかった。しかしもう手遅れだった。


「は、はい… お父様。」カイルは緊張で声を震わせながら答えた。「で、でも… さっきのはただの練習です。わ、わざとじゃありません。」


国王アルデンの目つきは少し和らいだが、その声にはまだ驚きが含まれていた。


「練習…だと?」彼は小さく呟き、眉をひそめた。


王妃エレノーラは口元に手を当て、驚きに目を大きく見開いた。


「まさか… こんな幼い年で、あれほどの魔法を…?」彼女は信じられない様子で囁いた。


少し離れた場所に立つカンジーは冷静な顔をしながらも、その瞳には強い興味が宿っていた。一方、エリオンは腕を組み、冷笑を浮かべていた。


「へっ… ガキのくせに。もう魔法が使えるのか? 調子に乗るなよ、カイル。」彼は侮蔑的に言った。


カイルはうつむき、赤くなった頬を隠そうとした。


「ごめんなさい、お父様… 見せびらかすつもりじゃなかった。ただ… 練習したかっただけなんです。」小さな声でそう言った。


国王アルデンはしばらく沈黙し、末子をじっと見つめた。そして意外にも、彼の顔にかすかな笑みが浮かんだ。


「そうか… やはり父はお前に期待をかけて正しかったようだな、カイル。」


その言葉を聞いた瞬間、カイルの胸が震えた。動揺の中に温かさが広がり、父が自分をただの子供以上に見てくれていると感じた。


一方で、服の中に隠れていたネロは、笑いをこらえるのに必死だった。


「ハハハ… このガキ、“練習”とか言いながら全員を驚かせやがった! 本当に変な人間だ…」彼は心の中で呟き、首を振った。


国王アルデンは二人の息子を鋭い目で見つめ、声を張り上げた。


「よし! カイル、エリオン… 今すぐ決闘をしてもらう! 昨夜言った通りだ!」


緊張していたカイルの顔に、ふいに薄い笑みが浮かんだ。その目には小さな体からは想像できない強い光が宿っていた。


対照的に、エリオンは傲慢な笑みを浮かべ、自分の勝利を疑っていないようだった。


「ふん… やっとだな。後悔するなよ、カイル。」


庭に集まった人々の視線が二人に注がれる。カンジーは真剣な目で見守り、王妃エレノーラは不安そうにスカートを握りしめていた。侍女や兵士たちはひそひそと囁き合い、決闘の行方を見守っていた。


エリオンは一歩前に出て、弟を嘲るように見下ろした。笑みはさらに大きく広がった。


「泣くんじゃないぞ… カイル。」


カイルは静かに兄を見返し、冷たい薄笑いを浮かべた。小さな拳を握りしめ、その瞳には確かな自信の光が宿っていた。


「へっ… すぐわかるさ、兄さん。」


そうして二人は庭の中央で向かい合った。空気は張りつめ、全ての視線が二人の王子に注がれていた。


カンジーは中央に進み、審判のように手を挙げた。彼の声は力強くも冷静だった。


「二人とも、準備はいいな?」


エリオンは大きな笑みを浮かべ、自信満々に一歩踏み出した。


「ああ! 準備万端だ! このガキを叩き潰す準備がな!」彼は嘲笑しながら答えた。


国王アルデンは玉座に腰を下ろし、深いため息をついて額に手を当てた。


「まったく…」彼は小声で呟き、息子の態度に頭を抱えた。


その間、カイルは静かに立ち尽くし、真剣な目をしていた。恐れはなく、その小さな瞳には揺るぎない意志があった。


カンジーは手を高く掲げ、そして一気に振り下ろした。


「始めっ!」


その合図と同時に、カイルは即座に最初の一撃を放った。掌から放たれた漆黒のエネルギーの球が勢いよくエリオンに向かって飛んでいった。その闇のオーラは周囲の空気を震わせ、不気味な圧を放っていた。


エリオンは即座に魔法障壁を展開し、光の盾を前に出した。


ドオオオオオンッ!!!


爆音が轟き、砂煙が舞い上がり、大地がひび割れた。


国王アルデンはその光景に目を見開き、信じられないといった顔で立ち上がった。


「そ、そんなはずは…!」彼は声を詰まらせ、驚愕を隠せなかった。


それは人間が使えるはずのない魔法――息子が放ったとは到底思えない力だった。


勢いに乗るカイルはさらに突進し、次の攻撃を繰り出そうとした。


だが、カンジーが素早く動き、軽やかな一撃でカイルの動きを止めた。声は鋭いが、どこか心配も滲んでいた。


「もういい、カイル!」


カイルは驚き、目を大きく見開いた。


「ど、どうしてですか、兄さん!? なぜ止めるんですか?」


カンジーは何も言わず、ただじっと弟を見つめた。


その時、国王アルデンが玉座から立ち上がり、堂々と歩み寄ってきた。表情は厳しく、足取りは重かった。彼はカイルを見据え、重々しい声で言った。


「この決闘は続けられぬ、カイル。…見よ、エリオンはさっきの防御で気絶している。お前の魔法は強すぎるのだ。」


カイルは愕然とし、目を大きく見開いた。


「な、なぜ…? どうして僕の魔法がこんなに強いんだ…?」心の中で叫んだ。


国王アルデンは深く息を吐き、さらに言葉を続けた。


「カイル、よく聞け。お前は十五歳になったら王立学院に入ることになる。今はまだ四歳にすぎぬ… にもかかわらず、すでにこの力を持っている。だからこそ… 今は待つのだ。」


だが彼の胸中には、誰にも見せない不安が渦巻いていた。


「信じられん… この子は一体…何者なのだ…?」


カイルはただ小さな笑みを浮かべ、父を見上げた。その笑みはどこか謎めいていた。


その様子を見て、国王アルデンも、カンジーも、遠くから見守る侍女や兵士たちも、皆それぞれ違う思いを抱きながら微笑んだ。


こうして、この章は幕を閉じる。カイルの物語はまだ始まりにすぎない。真の物語は――次の章から始まるのだ。

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