へりくつ9 毛玉の謎

 少し肌寒くなってきた朝、僕はタンスからお気に入りの水色のセーターを引っ張り出した。もこもこしていて、着るだけでなんだか優しい気持ちになれる、僕の宝物だ。腕を通したとき、袖のあたりにぽつぽつと、小さな丸い塊ができているのに気がついた。


「なんだろう、これ」


 指でつまんでみると、簡単に取れそうだけど、しっかりとセーターにくっついている。去年はこんなのなかったのにな。僕は首をかしげながらリビングへ向かった。


「お父さん、セーターにこんなのができてるんだけど、これなあに?」


 僕が袖を差し出して見せると、ソファで新聞を読んでいた父さんは、眼鏡をずらしてちらりとそれを見た。そして、いつものように、何か面白いことを思いついた顔で口元をにやりとさせた。


「おお、空。それはな、『毛玉』といって、小さな虫の巣なんだよ」

「え! 虫の巣!?」


 僕は思わず自分の袖を二度見した。こんなところに虫がいるなんて、考えたこともなかった。


「そうだ。ケダマムシっていう、それはそれは小さな虫がいてな。服の暖かい繊維が大好きで、その毛を少しずつ集めて丸めて、自分たちの暖かい巣を作るんだ。冬を越すための、大切なお家なのさ」


 父さんの説明を聞いて、僕はもう一度、袖の毛玉をじっと見つめた。さっきまでただのゴミみたいに見えていたものが、今は小さな命が暮らす、かけがえのないお城のように見えてくる。そうか、僕のセーターの中で、小さな虫たちが一生懸命生きているんだ。

 僕がすっかり感心していると、父さんは「よしきた」という顔で立ち上がり、棚から機械を取り出してきた。


「さあ、その巣をきれいに取ってやるから、こっちにおいで」


 父さんが手にしていたのは、毛玉を取るための機械だった。ウィーン、と低い音を立てて、僕のセーターに近づいてくる。僕はその瞬間、ハッとした。


「だめだよ、お父さん!」


 僕は父さんの腕をがしっと掴んで、機械を止めた。


「お家を壊しちゃったら、ケダマムシたちが可哀想だよ! 寒い冬を越せなくなっちゃう!」


 父さんは一瞬、きょとんとした顔で僕を見ていたが、僕が大真面目なことに気づいたようだ。僕は父さんの手を振り払い、大切な巣を守るように、セーターの袖をぎゅっと抱きしめた。


「このままにしておく! 僕、この子たちと一緒に学校に行くから!」


 そう宣言すると、僕は急いで玄関へ向かい、靴を履いた。「いってきます!」と大きな声で言うと、父さんの返事を待たずにドアを開けた。

 リビングに一人残された父さんが、「しまった。変な事言っちゃったかな」と、ぼそりと呟いた声を、その時の僕は知る由もなかった。

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