へりくつ8 雲の謎

 気持ちのいい秋晴れの休日。僕は家の庭にある芝生の上にごろりと寝転がって、空を眺めていた。真っ青な画用紙に、誰かがちぎった綿を貼り付けたみたいに、白い雲がぷかぷかと浮かんでいる。あの雲の上に乗れたら、きっと綿菓子みたいに甘くて、ベッドみたいにふかふかなんだろうな。


「……でも、あれって本当に綿なのかな」


 ぽつりと呟いた独り言は、誰に聞かれるでもなく空気に溶けていく。水蒸気の粒が集まったものだって、理科の授業で習った気はする。でも、父さんが言うには、空が青いのは海の色がうつったからだ。学校の教科書より、父さんの話の方がずっと面白いし、本当のことのような気がする。


 僕は体を起こすと、縁側で麦茶を飲んでいた父さんの元へ駆け寄った。


「お父さん! 雲って、やっぱり綿で出来てるの?」


 僕の問いに、父さんは「ん?」と空を見上げ、さも当然だという顔で頷いた。


「ああ、そうだぞ。見ての通り、巨大な綿だ。たまに灰色なのは、ちょっと汚れた綿だな」


 やっぱりそうだ! 教科書は、難しい言葉でごまかしているだけなんだ。僕は嬉しくなって、さらに気になっていたことを質問した。


「じゃあさ、どうしてあの綿は、空に浮かんでいられるの? 普通の綿は、投げてもすぐに落ちてきちゃうのに」


 すると父さんは、待ってましたとばかりににやりと笑い、僕を手招きした。


「いいか、空。空にはな、『上昇気流じょうしょうきりゅう』っていう、目には見えない上向きの風が常に吹いているんだ」

「じょうしょうきりゅう?」

「そうだ。その気流に乗ると、ある一定の重さよりも軽いものは、どこまでも空高く浮かんでいられる。雲はその軽さの基準をクリアした、特別な綿なのさ」


 なるほど、上昇気流! また一つ、新しい世界の秘密を知ってしまった。僕が目を輝かせていると、父さんは僕の体をひょいと持ち上げようとするみたいに、両脇に手を入れてきた。


「ちなみに、今の空の体重なら、お父さんが思いっきり上に放り投げれば、その上昇気流に乗れるはずだぞ。どんどん空に上がっていって、雲の仲間入りだな。やってみるか?」


 その瞬間、僕の頭の中に、自分が空の彼方へ飛んでいってしまう光景が浮かんだ。お父さんや、お母さんや、みんなの声が届かない、雲の上の一人ぼっち。


 ぞっとした僕は、父さんの腕から必死にもがき出た。


「絶対にいやだー!」


 僕は叫ぶと、一目散に家の中へと駆け込んだ。後ろから父さんの「冗談だよー」という笑い声が聞こえてきたけれど、僕の耳にはもう届かない。僕の世界は、たまに命がけの冒険になることがあるのだ。

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