【自衛隊小説】帝国の遺産〜小栗麗子シリーズ1【完結済】

猫海士ゲル

第一章

胎動

プロローグ

 かつて「経済大国」と呼ばれた国がありました。

 島国でして、資源も無ければ食料自給率も低い。


 けれど『四季とカップラーメンとドラえもん』を信仰し、勤勉という名の鎖に自らを繋いで悦にいる人々の国でした。



 ええ、そうです。我らが愛すべき『日本国』のことです。


 世界の経済を牽引し、その圧倒的資金力で各国首脳の頬を叩き、核武装する超大国さえも黙らせ、先進国サミットでは主賓の顔で愛想笑いを浮かべながら、存在感をゴリ押していたものですが。


 二十一世紀も四半ばを過ぎますと、どうにも歯車が噛み合わなくなりまして──


 気がつけばアジアの片隅で斜陽どころか、もうほぼ沈みかけた夕日を背にして、今日も貧民街に鉄条網を張る日々にございます。



 国民はもはや「豊かな生活」が何だったのかすら忘れ去り、日々を清貧という名の奴隷生活に甘んじる。災害が起こっても予算不足で復興工事すらままならず、移民は好まれず、隣国の圧力は日に日に増すばかり。



 そんな中で「頼れるのは自衛隊」と申しましてね。戦後の申し子たる『憲法9条』は事実上形骸化し、少ない国家予算の多くを防衛費にぶち込んで軍事国家まっしぐらでございます




 ……えっ、わたくしですか?


 ご紹介が遅れました。小栗麗子おぐりれいこと申します。


 年齢は26歳になりました。海上自衛隊で戦術担当士官を拝命しております。


 身長は──国家の平均を下回っておりまして、後ろ姿は中学生のコスプレと言われた経験も一度や二度ではございません。



 わたくしが、こんな遅い時間までなぜ残業をしているかと申しますと。

 どうやらまた、どこぞの不審船が日本の領海内で「つい、うっかり」迷子になっているらしいのです。


 海上保安庁が追いかけている?


 ふむ、平時ならばそれで良いでしょう。

 ですが本日は違う。上は動いた。


 海上警備行動?


 確かに最初は検討されました。

 しかし事態は、そんな警察の真似事程度では対応出来ない。国家を挙げての総力戦と見なした。



 防衛出動、発令です。



 つまり、これは国家による「正当な武力行使」に、ございます。


 わたくしが乗艦した護衛艦『しらぬい』は、今から──ふふ、素敵でしょう?


 現代国家が法と倫理を綱渡りしながら暴力装置を解き放つ瞬間ほど、スリリングで上品なものはありませんわ。

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