第32話 手がかり

 偶然通りかかり事態を察したミカによる早急な救出により、なんとか難を逃れた俺だが、肝心の問題は何も解決できていないことを改めて思い出し、三度暗澹たる気分になった。

 ちなみに、俺を救出してくれたミカはどうやら看守の隙を狙ってカギを奪ったとのこと。

 なんとも手際の良いことで、と俺が感心していると、ミカは「守りが甘くてそこまで難しく無かったよ」とくすくすと微笑を浮かべた。

 これは、皮肉ではないですよね? そうですよね?

 それにしても、なんだかミカとは非常に話しやすい。他人と話すことが苦手な俺でも何故か親しみを持って会話ができている。

 単にミカが親しみやすい性格だからだろうか? それとも、俺が成長したのか? きっと、俺の成長だね。俺はできる子だから。

 そんな思考をめぐらしながらミカの先導でどうにか牢獄から脱出し、人気のないとことまでやってきた時、ふと思い出したかの如くミカが口を開いた。


「ところで、どうしてあんな無謀なことをしたの?」


「いや、それは……」


 一瞬真実を話すべきか否か逡巡する。やはり、ミカには告げるべきではないだろう。

 彼女は数日前まで奴隷同然の酷い扱いを受け、精神的にまだ脆弱だ。巻き込むべきではない。


「いろいろとあったんだよ」


 俺は言葉を濁した。

 まあ、真実を告げたところで彼女には関係のない話だろう。

 すると、予想に反してミカは一瞬涙目になりながら、


「言葉を濁さないで! 私にちゃんと話して」


 まっすぐと目線を向け、強い口調で諭すように言った。

 俺が驚愕のあまり顔を引きつらせていると、それを感じ取ったのかミカは少々申し訳なさそうに、


「ごめん。でも、力になりたいの」


 とか細い声でつぶやいた。



 ここまで言われて頑なに話さないほど俺は強情ではないので、ミカに真実を話すことにした。

 ミカは、澄んだ青い瞳をまっすぐと俺に向け時折うんうんと頷きながら俺の説明に耳を傾けていた。

 しかし、ある一点で何かを思い出したかの如く顔を強張らせた。


「ちょっと、待って。今、その人の名前何て言ったの?」


「――だから、このギルド、つまり聖赤騎士軍の財務長であるゴードンだって」


「‟ゴードン”……」


 渦中の人物たるゴードンの名にどこか心当たりがあるのか繰り返し呟くミカ。


「もしかして、何か知っているのか? 知っているのなら、なんでもいい。教えてほしい」


 そう、どんな小さな情報でもいいのだ。

 なにかを掴めればシルバを説得できる材料になるかもしれないのだ。


「実は、『GF』ギルドの本部で強制労働させられていた時、ゴードンってどこかのギルドのお偉いさんだって人が視察に来ていたの。勿論、そのゴードンという人物がこのスズカさん達のギルドにいるゴードンと同一人物かどうかはわからないけれどね」


「ゴードンが『GF』と接触していた可能性があるということか」


「記憶が正しければね」


 もし、ミカの記憶が正しければゴードンは「GF」となんらかの関係を持っていたということになる。もし、これが奴隷売買に関する利益供与を目的としたものであればゴードンが執拗にスズカを攻め立てたのも合点が行くだろう。


「でも、同一人物だという保証がないんだよ。不確かな情報しかなくて、ごめんなさい」


 しゅんとした表情になりながら謝るミカに俺は普段なかなか見せない微笑を浮かべた。


◇◆◇


 その後も、ゴードンに関する情報をミカとともに調べてみたものの、これといって有力な手がかりを得ることはできないまま、俺たちはシルバの元へと向かった。

 ところで、シルバの部屋ってどこ? 知らない。いや、知りたくないけど。

 俺が右往左往しながらあたりを見回していると、


「渡月くん、シルバさんの部屋はこっちよ」


 ミカが俺の手を引っ張り、シルバの部屋があるというギルド本部2階へと螺旋階段を下っていった。


「どうして、シルバの部屋なんかをお前が知っているんだ?」


 ふと、素直な疑問を口にする。

 ミカがスズカやシルバ、そして俺と会話したのは本部棟上層部のスズカ・シルバ両氏の部屋とは全く関係のない個室だったはずだ。

 すると、ミカは即座に「たまたま、偶然見つけたの」と短く答えた。



 シルバの部屋はでかでかとした派手なゴードンのそれとは対照的に実に質素で狭いものだった。これ、ほんとに参謀長の部屋なの? 扱いが違いすぎる。

 それにしても、ミカはたまたまこんなシルバの部屋を発見したのか。もし本当なら、俺の一件といい勘が冴えているのだろう。


「おや、なにか情報を掴まれたのですか?」


 シルバは、俺が入室するなりあらかじめ事態を解っていたかのような口調で問うた。

 おい、なんだその顔は。さっき別れた時の表情とは180度違うじゃねえか。


「ああ、ちょっとな」


 俺は短く答えると、直に目線を俺の後ろに佇んでいたミカへと向けた。


「おや、あなたは……」


 一瞬、俺だけではない登場人物の存在に驚いたような表情を見せたものの、シルバはすぐさま平生のニヤケスマイルへと表情を戻した。

 

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