第31話 なんということでしょう

 結論から言おう。俺の偏見に基づく、また理論的思考と言えるのかどうかよく解らない思考により導き出された結論は正しかった。

 ゴードンの部屋、もとい財務長室は最初に訪れた大部屋のさらに上層階に存在していた。その階には、他にもリーダー室も配置されており、このギルドにおける権力の中枢部と言っても過言ではない場所のようだ。

 だがしかし、よく考えてみてほしい。ここに、副リーダーであるスズカの部屋はない。無論、参謀長の部屋もないことはこの際割愛させてもらおう。いや、ホントどうでもいいんで。

 実に不可解な点ではあるが、何か事情があるのだろう。

 それはひとまず置いておき、今回の主目的はゴードンの部屋である。

 まあ、だからなんだという話ではあるのだが、証拠をつかむには敵の本拠地に乗り込むのが手っ取り早いというものである。何か重要な機密資料か何かが秘かに隠されているかもしれない。……だといいな。

 しかし、いざ実際に乗り込むったって俺一人。別段、力があるわけでもないし、見た目がイカツいわけでもない。ただ単なる平凡なる少年である。

 そんな輩がのこのこと敵陣に突入して見つかったりしたらどうであろうか。ああ、恐ろしい。磔の刑かな……。死にたくないよう。

 そして、何より問題なのが、その目的の部屋の前には門番が二人ばかり佇んでいることである。もうどうしようもないよね。詰んだ詰んだ♪


 とまあ、半ば突入を諦めかけていた俺の前に一人の全身真っ白な服を身にまとった男がガラガラと台車を押しながら現れた。

 何事かと物陰から台車上を見やると、そこには何とも旨そうな料理の数々が並んでいるではないか。魚みたいな具材の丸焼きや焼き立てほやほやのパン、そして例のザコシシの丸焼きまである。

 つまるところ、この男はシェフということだろう。

 くそう。俺が食べると密猟だのなんだのといわれてしまうというのに上級国民様は良いのかよ。うらやまけしからん。


「いや、待てよ」


 よだれを垂らしながら豪勢な料理が運ばれていく様子を眺めていた俺の脳裏に、ある妙案が浮かんだ。

 少々リスクは高いが、このチャンス、逃すまい……。



「よしっ、今だ!」


 俺は咄嗟にシェフの背後に飛び掛かった。

 相手は、シェフもとい料理人。いくら低レベルの俺とは言え戦闘経験のない料理人に負けるはずがなかろう。俺が勝つのは決定事項なのである。

 俺の妙案通りに進めば、ここでシェフをとっ捕まえて衣服ならびに料理の乗った台車を強奪し、俺がシェフに成り代わってゴードンの部屋に入り込む……はずだった。

 そう、‟はずだった”のである。


「おらああああああ」


 剣は危険なので、拳を力いっぱいシェフの後頭部めがけてぶつける。気絶してもらうだけでいいのだから、これくらいでいいよね。俺ってなんて優しい紳士なんだろう。

よし、これはもらったぜ。確信し、安堵するとともに少しばかり目を閉じる。

 ふぅ……。一仕事を終えた達成感は格別だなぁ。

 一仕事を終えた俺が目を開けると、そこには縄に縛られた俺の両手があるではありませんか。

 なんということでしょう!?(某リフォーム番組風)

 俺の手によって強奪されるはずだった台車は手元にはなく、俺の目前には縛られた両手とニヤケ顔のシェフが俺を見下ろしている。


「こいつ、弱すぎでしょ。流石に笑えるんですけど」


 いや、これは完全に見下されているんじゃね?


「いやあああああああああああああ」


 こうして、目的を達成することができなかったばかりか、あろうことか一介の料理人に捕まってしまった俺なのであった。


◇◆◇


 あっけなく捕まってしまった俺が連行されていったのはギルド本部地下にある牢獄の中だった。

 獄中は金属質の街並みに漂う独特の冷淡さだけでなく、地下特有のじめじめとした冷えた空気が漂っていた。


「おい、誰か。出してくれよ!」


 獄中で何度も助けを呼ぶが、聞こえてくるのは建物内部に木霊する自らの叫びのみ。いくら叫んでいても助けが来る気配は微塵も感じられなかった。

 え? 嘘でしょ。このまま一生を薄暗いこの空間で過ごすのかよ。それは勘弁してくださいよ。

 口から発せられる叫びだけでなく、心の中でも悲痛な叫びをあげていると、そんな思いが通じたのかガチャリと遠くの戸が若干開くとともに小さな足音がこちらへ向かって近づいてくる。

 この際誰でもいい。スズカでもいいし、なんならシルバでもいい。

 だが、俺の閉じ込められている牢獄の前でピタリと止まった足音の主は予想外の人物だった。


「まったく、渡月くんったらなにしてるのよ」


 音の主の顔を見るべく目線をゆっくりと上へと向けると、そこには青い瞳をした少女がやや呆れ顔で俺を見つめていた。


「なんでお前が……?」


 暫しの間、驚愕顔をミカへと向けていると、それに気づいたのかやや口角を上げながら、


「だって、私がたまたま通りかかったら渡月くんがいきなり料理人さんに掴みかかって、すぐさまあっさりと反撃を食らって突っ伏しているんだもの。おかしいと思わない方が異常でしょ? で、そのままここに連れていかれちゃっているんだから本当にビックリしたよ」


 なるほど。たまたま通りかかって見られていたのか……。

 てか、あっさりとか言わないで。ものすごく傷ついているんだから!

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