7:電子戦終決その2と文庫本

「ピピチュイッ♪」


 突然、ずっと黙っていた小鳥がさえずり出す。

 必死に手を振る、コウベに対して、とくに興味を示さないシルシ少年に、ひとこと、もの申した―――のかと思ったが、そうではなかった。


 びっ。

 抹茶色の羽根を広げ、壁の向こうを指し示す。

 縦横無尽に亀裂の入る、全壊状態の草原中央。

 雑多なアイテムが積み上げられ、山のようになっている。


「なんか、ボス戦ばりに落ちとる?」

 小鳥の指し示したあたりを見たシルシ少年は、背筋を伸ばして視線を高くした。


「あ、そうだ、今のウチに、全NPC、回収します!」

 慌ててパネルを操作する女史。

「そうどすなー。また、バラクーダはんが、乱入してこないとも限りまへんからなあー」

 歌色カイロの冗談も、いつ本当になるか、わからない。


 女史は、大慌てで、ポケットから台形型の厚紙のような物を取り出した。

 コレは、環恩ワオンもよく使っている、保管用の量子メモリの一種で、スターバラッド対応のメモリーカードだ。


「講師先生、ごめんなさい。こんな事になってしまって……」

 女史が手渡してきた厚紙。

 厚紙の表面に浮かぶ小さな表示パネルに羅列されているのは、緊急回収したコンテナ34の全リストなかみ


>container34 fastbackuplist. 

 1:NPCコマウシ×1

 2:NPCラージケルタ×1

 3:NPCオウガニャン×1

 4:NPCヨネザワコウベ×1

 5:未鑑定アイテム×4

 6:クイズ○×ガンマンゲームデータ×1

 7:ひも×1

 8:パネル(小)×1

 9:音声ライブラリ/プロファイルイメージデータ×1

 10:壊れたアイテム×1

 11:壊れたアイテム×1

 12:壊れたアイテム×1

 13:未鑑定銃火器×1


 受けとった台形型の厚紙。

 画素という、空間定位のプロトコルを利用した、低コストながらも、れっきとした物理ストレージだ。実体像を結ぶことも可能なホログラフィーフォーマット規格の性能を利用した物であるため、特区でしか使用できない。


 曲がりなりにも、”量子サーバー”内部の状態を、こんな厚紙一枚に一時的に保管しておけるのだから、特区外秘の技術である。

 さすがに、このままの状態では、ファイル名やプロパティを参照することしか出来ないため、アイテム倉庫的な使い方しかできないが、そこには信頼性がある。

 少なくとも、スゴ腕のオペレーターなどに進入され、撃破寸前という憂き目にあうことはないのだ。

 環恩ワオンが行った”文書化”と同じ圧縮保存規格だが、こちらの場合、プレイヤーが直接コマンド入力しなければ、ファイルの移動すら出来ない。


 そこに書かれている内容物ファイル項目リスト環恩ワオンの視線は釘付けだった。


「どうしたんだぜ? あっ! 俺のゲームデータッ!?」

 環恩ワオンに近寄り、手元をのぞき込んだ刀風カタナカゼが声を上げた。


「ゲームデー……タ?」

 それを一緒になって見ているシルシ少年。


「「「「あああっ!?」」」」

 コンテナ34の全リストなかみの6から12あたりをVRE研全員が指し示した。


「これ、ワ―――んぐぐっ!」

 シルシ少年の口を人差し指で封じて、頷く顧問ワオン

 彼女の瞳にはもう悲壮な色はない。


 本日シルシ少年の自室で、同じ事がすでに一度起きている。

 宇宙服から飛び出てきた猫耳メイドさんは、宇宙服のバイザーにぶち当たって、雑多なアイテムに化けたのだ。

 そして、そのアイテムを再び宇宙服のバイザーに投げ込んだところ、猫耳メイドさんは、NPCとしての意識を連続させたまま、再び宇宙服から飛び出してきたのだ。


 今回の状態も、アイテムの種類はほぼ同じ、同様の手順でミミコフの再生が可能だと思われる。

 この場に割れた宇宙服が無いため、すぐには無理だが、環恩ワオンが立ち直るには十分だ。


「ちょっとっ、鋤灼スキヤキ!」

鋤灼スキヤキてめー!」

 腕まくりの大柄カタナカゼ小柄マガリ


 肩をつかまれ、環恩ワオンから引きはがされる、シルシ

「あぶねっ!」

 勢い余って会議机の上に背中から倒れ込む少年。


「どした?」

 女史にわき腹を捕まれたままのキザシが、シルシを案じる。

「いや、何でもない、何でもない」

「あの、猫耳キャラ、スッゲー面白かったのに悪い事したな」

 弟のパーティーメンバーを惜しむ兄。


 シルシの手を引いて起きあがらせていた美少女カイロが、作成者としての公式な見解を示す。


「だ、大丈夫どすえっ! ……試作コード70の設計パーツは……まだ仰山ありますよって、……また作ってやりますわ」

 ミミコフ設計者と言うことになっている・・・・・たこ焼き大介コウベカイロの取り付くような嘘は、スターバラッド責任者たちに、……通用した。


「まあ、フルダイブ完全対応NPC、会話型アブダクションマシンで有る以上は、そっくり同じ中身を作るのは無理ですね。でも、―――技術力次第では・・・・・・・、それも不可能では無いですからねー」


「……どおもお」

 女史の含みのある物言いに、ひきつった笑みで返すたこ焼き大介コウベカイロ


「まったく、それにしても元はといえば、スキPが、雲隠れしてないで、すぐに出てきてくれれば、また別の解決方法も有ったというのにっ!」

 ぶるぶるぶるるるんっ!

 掴んだ横っ腹を、再びのシェイク。


「うををっ! や、やめんかっ! し、仕方がないだろう? なかなか、キャラのフォルムが定まらんのだからっ! それに、どうせ、土日は進捗しんちょく会議も出来ないんだから良いじゃないかっ!」


「そういって、毎度毎度、締め切りを延ばしたあげく、出来てる周辺惑星のチェックが進まなくなっちゃったんじゃないですか!」


「え? うそ! 惑星ラスク以外の星って、もう出来てんの!?」

 食いつくシルシ少年。彼は超初心者だが、ワルコフの心象世界のような空間で、スターバラッドに存在する星系らしき物を間近で見ているのだ。

 ワルコフの狂気じみた内部プロセスが再現した、気の迷いのような宇宙空間。だが、……おそらく宇宙ステーション内部からの、その情景、もしくは臨場感が少年の心に、トラウマだけでなく、それ以外の何かも残したと見える。


「それ、ほんと!? 大ニュースじゃないのよ!」

 こちらは、環恩ワオンに付き合わされ、ソコソコのスターバラッド進行具合を誇る禍璃マガリ


「先月の時点で、惑星ラスクから見える大体の周辺惑星が実装可能状態に有りますが?」

 それが何か? とキョトンとしている女史。ユーザーとの間には、周辺惑星に対する期待値に温度差があるようだった。


「―――なっ! ―――んなぁっ! ―――あわわわわっ! ―――ぎゃぁーーー!」

 あまりの衝撃からか、だいぶ遅れて、笹木環恩ワオンさんが、奇声を発する。

 そう、彼女はおそらくはこのなかで一番のスターバラッド愛好家であると思われ。

 ぎゃぁぁぁぁぁぁ~~~~~!


 大興奮の愛好家を尻目に、項邊コウベ歌色カイロが質問する。

「じゃあ、締め切りすぎとる……ボスデザインって、……新惑星用のヤツかいな!?」

 彼女もとても、驚いたようで、若干目の色が変わっている。


「いえ、開発の初期段階で、メインルートとなる全イベントのデザインがすでに出来ていましたから、―――」

 白焚シラタキ女史は、今度はまじめに返答する。歌色カイロ相手でも、公式な見解を求められれば、それには応じる。

 人となりに、多少の難があれど、彼女はれっきとした現役の、システム管理者なのだ。どうしたって、まじめなのだ。


「それも、すごいわね。お仕事出来るんじゃないの、鋤灼スキヤキのお兄さん」

 と、小柄。

「い、いやあ。そうだろう!? 俺すっげー仕事出来るんだ!」

 と、でっぷり。

 シルシを肘でつつきながら、禍璃マガリに、キザシ本人が直接応答している。

 こちらもれっきとした現役の統括デザイナーである。どうしたって、ユーザーの皆様とのふれあいを大事にしてしまうのだろう。


 小柄な少女に誉められ、機嫌が良くなる青年。

 そして、いろんな意味で機嫌が悪くなる女史。

 どの腹が言・う・の・か・し・ら?

 と、ずっと掴んだままの、わき腹クローをさらに食い込ませる。


「やっめっろ! このシラタキ・・・・ッ!」

 腹は関係ないだろーっと、たるんだ腹を振り回し、女史の細腕を翻弄ほんろうする。


 ぶっ! ぐっ!

 スタバラ首脳陣の漫才に、軽く吹く成人女性コンビ。


「……ええっと。 ……兄貴、こんなだったっけ? 正月に見たときは、いつもの仏頂面だったけどな」


「あー、これはですね。以前インタビューのときに、黙り込まれて困ったので、……ウチの広報課の対外折衝たいがいせっしょうカリキュラム”むじなの穴”に一週間放り込みました」

 得意げな様子の女史。キザシを掴んでいた手を離し、プラプラさせている。


「それって、洗脳みたいな? 怖い!」

 一歩さがって、引く小柄マガリ


「ああーっ、いえっ、それほど強力なスキームではなく、……元からの性格が多少強調される形ですよー」

 女史があわてて振り返った。禍璃マガリのことを可愛く思っている節のある彼女は大慌てて釈明している。


「まあ、元気が有ろうが無かろうが、……お調子モンの血筋って事……は、間違い無い……みたいどすがなあ」

「そうねえぇー、さっきのぉ崩れた壁を片づけた時のぉ、一糸乱れない連携にはぁー、血筋を感じましたぁねぇー!」

 お調子者というところは否定せず、会話は続いていく。

 そして、環恩ワオンに普段の朗らかな表情が戻っていた。

 猫耳メイドさんの撃破、復活の可能性、周辺惑星実装済みという事実。

 それらすべてを、頭と心で処理し終えたと見える。

 その様子を見て安心したのか、歌色カイロが何か専門的な話題を振る。


「ところで、……先生、コレちょっと……見てくれまへんかな?」

 手にした表示パネルは半透明の”画素”によるホログラフィーだ。

 さっきから、ずっと気になってたんどすけどなー。

 と言って、自分の腕の開発者用デバイスから引っ張り出した平面。


「あれは、……まだ見たこと無いな」

「そうね、……あれは見たこと無いわね」

「だゼ、……あれは放っておこうゼ」

 学生トリオは複雑な数式や図表が書かれているパネルを確認し、無視する。


「この量子励起状態変移図ピークログなんですけどな?」

 ヒソヒソヒソ。コソコソコソ。

「なんでっしゃろな? ……ちょっとみてみまひょか? 鋤灼スキヤキはん」


「はい、なんでしょう?」

「はい、なんスか?」

 まねすんな! クソ兄貴!

 おまえこそ、まねをするなというのだ、弟!


「この、文庫本、……お借りしても……よろしおすか?」


「はい、いいスよ。中の書籍データは上書きしてかまわな、―――」

 少年が言い終わらないうちに、文庫本との接続を確立して、歌色カイロは何やら、DLダウンロードした。DLダウンロード自体は一瞬で終わるはずだが、閲覧可能状態になるまで時間がかかっている。

 なにか、最新版への更新が必要な辞書や、演算処理が必要な統計データのような物を読もうとしているようだった。


 そんな、目の前のやりとりを、じっと見ている笹木環恩ワオン

 その目には、再び悲しみが湧き出していて、口元もへの字になっている。

「姉さん。さっき喜んでたと思ったら、また落ち込んでるの?」

「だって、ワルにゃんがぁー」

 そう言いながら、台形の表面にリストアップされた、雑多なアイテムを指先でさする。

「しょうがないでしょ、……ヒソヒソ……宇宙服とっつかまえなきゃ化け猫出せないんだから。さっきチャットに現れてたところを見ると、……ヒソヒソ……もう自由に動き回ってそうだし、今度は全身全霊で逃げ出すんじゃないの? ……ヒソヒソ」

 禍璃いもうとから、小声で、そう言われ落ち込む、特別講師にして希代のVR専門家。

「そうだゼ。ワ……あの入れ物とっ捕まえて、―――つーか、その前に俺のゲームデータ、とっとと返しても―――」

 環恩の目尻にこぼれそうな涙を見つけ、伸ばしていた指先を、そっと引っ込める刀風イケメン

 泣く子供(声)から、オモチャを取り上げるのは、気が引けたと見える。


 その隣で、成人女子生徒にして躍進中のVR設計師が、小首を傾げた。

 手には、シルシ少年から借りた電子文庫本ペーパーブック。最初の方のページが開かれている。


「―――これは? どういうことでっしゃろな?」

 成人女子生徒たこ焼き大介は、小首を傾げたまま、文庫本のページをパラパラとめくっていく。

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