6:電子戦講座その4

『ライオン:おつかれー』

『女の子:乙』

『魚:この暗い影みたいなのって、いつからなってるの?』


『ボール:ちょっと前から』

『馬:5分くらい前からだよ』

『宇宙飛行士:ネーチョット、コノ、メイドサン、動イテナアイ?』


『魚:5分前。わかった、ありがとう』

『パンダ:ホントだ。変顔しつつ微速前進してる』

『女の子:カワイイ』

   ⋮


   ◇



 設置予告表示バリアーは壊れる素振りを見せないまま、メイドさんを包み込んだままだ。

 だが、その位置は、設置予告表示バリアーへの攻撃担当にゃんばるの方へ、ジリジリと移動していた。


歌色カイロさん。これ、ミミコフは大丈夫ですか? ホントに足先だけで”にゃんばる”ににじり寄ってますけど?」

 ボサ髪の前に積まれている金貨は、残り6枚。


「あてえに聞かれても……わかりますかいな。……お兄はんに聞とくれやす……もぐもぐ」

 美少女の前に積まれている金貨は、残り7枚。


「”強制フォーマット”のプログレスバーは止まったままだし、大丈夫じゃないか? どっちみち、疑似VR空間サンドボックスに外部から介入できるのなんて、バラクーダか笹木先生くらいのものだ。これ以上はどうしようもない……もぐもぐ」

 統轄デザイナーの前に積まれている金貨は、残り8枚。


「ふーん。でもさ、これって、白焚シラタキさんのヤツでしょう?」

 会議机の上に置かれた、小さなキーホルダーを指でつつく少女。


「はい。そうですが?」

「そしたら内部・・から介入することはできないの?」


「やっては見たのですが、できませんでした。コンテナ34は現在、画素平面指ダイレクト定モードドリブンで実行接続中のため、イベント稼働状態ドリブンが終了するまでは、保護することも、強制排出することもできません」


「「「イベント稼働状態ドリブン?」」」

 会議机から生えている大会用のパネル。そして、積層モニタを生徒たちは、見る。

 また、難しいゼ。難しいわね。難しいな。


『閲覧者が操作をしているため、終了できません。』

 シルシが持ち上げたモニタの中では、文字チャットが流れスクロールしていた。


「アレ? チャット起動しっぱなしだったゼ!」

「大会形式の配信も終わったし、もう何もうつしてないだろ? 何を見て盛り上がってんだ!? 壁向こう・・・・は、どことも繋がってないはずだろ?」


「さっきの格闘ゲーム……大会を見てた連中が、配信終了した……”映像空間経由”で、勝手に再構成した……みたいどすな。今の様子もある……程度は見えとる様でっせ」

 腕に付けたゴツい腕時計型デバイス。

 環恩ワオンと同型の開発者用の本格的なものだ。

 その白い耐熱耐爆樹脂に包まれた、小さな筐体ケースの12時方向を疑似VR空間サンドボックスに向けている。


 成人美少女編入生にして、VR設計師:たこ焼き大介としての顔も持つ、項邊コウベ歌色カイロ

 彼女はNPC小鳥とNPC米沢首ヨネザワコウベ設計者うみのおやである。

 キャラ造形とキャラの持つ主観映像に詳しいため、映像空間の取り回しなどにも造詣ぞうけいが深い。

 その仕事内容は、スタバラトップ2のどちらに近いかと言えば、圧倒的にスキヤキPの側だろう。

 彼女は、”実行中のプロセスの可視化”を行い、地中深く遠く離れたNPC小鳥が見ているであろう映像を強制的に、再現した事がある。同じ事を、観客の中の誰かがしていて、今も壁の向こうを見ているという事のようだ。


「講師先生や、そこの小娘……歌色カイロさんみたいな、腕の立つ人間がそう、ゴロゴロしているとは思えないのですがねー」

 頬に手を当て、思案に暮れる白焚シラタキ女史。

 歌色カイロが机の上に新しく開いた小さな映像空間りったいえいぞうを、ちらりとみやる。


「これほど、高練度なハッカーばかりだと、いつまでも、プレイ不介入なんて言ってられなくなるかもしれんなー」

 あごに手を当て、考え込んでいるそぶりの鋤灼スキヤキ兄。


「なんで、うれしそうなんだよ」

 科白セリフとは裏腹に、口元をほころばせる不気味な兄に、金貨を投げつける鋤灼スキヤキ弟。スカン、コロッコロロロ! 痛ってー、なんて事するんだ―――!

 少年の前に積まれた金貨は、残り5枚になった。



「―――言ってることはわかんないけど、この文字チャットを止めてもらえば、解決ってことよね!?」

 鋤灼スキヤキ兄弟を一瞥いちべつしたあと、現状を笹木禍璃マガリが確認する。


 現在最大のピンチに陥っている、猫耳メイドさんに、”化け猫”とあだ名を付け、嫌っているのかと思えば、そうでもないようだ。何よりも、環恩ワオンの悲しむ姿は見たくないのだろう。


「なんだ、何とかなるわよ、姉さ―――」

 見れば、鋤灼スキヤキ少年の背後から、環恩ワオンが積層モニタを凝視している。

 ”にゃんばる”たちは環恩ワオンの監視下を完全に離れてしまっているようで、もう逐一監視ちくいちかんししている必要もないのだろう。


 壁の中で、”にゃんばる”たちから立ち上るエフェクトが、濃く長大になっていく。


   ◇


『運営からのお知らせ>この映像空間配信は終了しました。ご退室してください。』

『ーー:なんか、運営から、ダイアログメッセージきたんだけど?』

『ーー:じゃあ、そろそろ落ちますか』

『宇宙飛行士:デモサデモサ、アレ気ニナラナイー!?』

『ーー:ロボ猫耳さん気になるよねー』

   ⋮

   ⋮

『ーー:ーー、ーーーーー』

『運営からのお知らせ>この映像空間配信は終了しました。ご退室してください。』

『ーー:また、運営から、メッセージきたけど?』

『宇宙飛行士:メイドサンヲ応援スルデゴザル』

『ーー:だよなー、ここまで見たら、メイドさんどーなんのか気になるよなー』

   ⋮


   ◇


「さっきから、妙に盛り上がってて、全然チャット画面を閉じられないのですよ」

 ため息をつく女史。

 手元にある、小さなチャットウインドウを操作している。


 文字チャットをざっと読んでいく少年。

「―――なんだこいつ!? チャットを引き延ばす工作してる奴がい―――」

 ぽん。

 少年の肩に置かれる環恩ワオンの手。

 小柄な少女から、離れなさいよと襟を引っ張られる、シルシ少年。その表情が凍り付く。

 次いで引っ張る手を止めた禍璃マガリ刀風カタナカゼ歌色カイロ。VRE研一同の、表情を凍らせたのは、もはや見慣れた”宇宙服のアイコン・・・・・・・・”。


「高練度のハッカー、居るじゃねーか……ヒソヒソ。これって、どー考えてもワルコフの野郎ですよね? ……ヒソヒソ」

「このカタコト、間違いないゼ。でも、ミミコフはここにいるのに、どう言うことだゼ? ……ヒソヒソ」

「どーすんのよ! コイツ絶対余計な事しでかす気、満々じゃない……ヒソヒソ」

 シルシ少年の両サイド。小柄と大柄が割り込んで内緒話を始める。



「もぉう、電子戦用”にゃんばる”たちがぁ、自動機械マシンOS”をー殲滅せんめつするのにー賭けるしかぁ無いってぇことでぇすぅねぇー」

 再び、お手上げのVRE研顧問。再びマネする大柄。それを再びひっぱたく小柄。


「せやのうたら、―――本当ほんに”量子サーバー”……をワヤにしてまうしか……あらしまへんなー」

 再び物騒な発言をする美少女設計師。


 壁向こうに注目が集まる。

 爆炎を放っているような、仮想電子戦AEW用”猫耳ヒューマノイドにゃんばるくいな”たちの残像が激しくブレている。



「量子サーバーって、最初の頃に、講座でやったわね」

 禍璃マガリが自分の電子ノートのすみを指先で何度か突っつく。

 書いてある文字がパパパと切り替わり、めくって数ページ戻る。


「あった。……えっと、ぜんっぜん覚えてないんだけど。まあ、いいや、こほん。

 ―――量子状態を発生させるために、アンチ観測者装置オブザーバーマシンを起動させる? そのため下回りの演算は非暗号規格で行われ……る?

 ―――初回起動時には筐体内部真空チェンバーに真空ポンプを接続。チェンバー内を既定の気圧に保つことで量子メモリの最大効率化が図れ、量子状態である拡張ビットを発生させることが可能になる?

 ―――量子状態を維持するために、完全に封印シールドされた環境で、運用される。

 まあ、最後のだけは何となくわからないでもないけど―――」


「「「よし、さっぱりわからん」ゼ」な」

 なぜか統括デザイナーまでもが、サジを投げている。

「兄貴は分かってないとダメだろ?」

「俺はソフトウェア専門だ。ハードに関しちゃ現場の運用法しかわからん!」

「そんなんで、困らねえのかよ?」

「大丈夫だ。正式な書式で申請さえすりゃ、―――シラタキが全部やってくれる!」

 鋤灼スキヤキPは、学力は高いが、学習能力は高く無いのかもしれない。


白焚シラタキ杓子しゃくし定規で逆にチョロい。シラタキじゃなくて、もうチョロタキだ、チョロタ―――ぶゅげっ!?」

「どうも、はじめまして。チョロ焚畄外タキルウイですが? ―――それが何か?」

 いつの間にか背後に回っていた、チョロタキ女史が抱きつくように、ほっぺたを両側から手で押しつぶしている。

 ぶぎゅーーーーーーーーっ!

 キザシいじめる手はゆるめず、環恩ワオンに問うチョロタキ。


「それにしても、ちょっと、―――いえ、かなり盛大に、気になりますね。……講師先生? いったいどうやって、量子サーバーに無課金で負荷・・・・・・を掛けよう・・・・・って言うのですか?」

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