6:電子戦講座その3

「あぁー。くっだらなかったぁー! もー、ダメ、最高ぉ」

 額を押さえて、起きあがる笹木環恩ワオンさん。

 すでに視線は、壁から離れている。


「オデコ大丈夫? あと、ダメなの? 最高なの? どっちなの?」

 小柄な少女が向ける、なま暖かい眼と、疑問。

 レジ袋一杯余っている金貨チョコを配って回っている。


「ありがとぉう。最高にダメよぉぅー。部活動に支障がでるのでぇー、我がVRエンジン研究部ではぁ、鋤灼スキヤキ兄弟のぉ使用をー禁止しまぁすぅー」

 金貨チョコを机の上に積まれ、これが本物だったらいいわねぇーという顔をするVRE研顧問。


「そうどすなあ。あら、おおきに。……ただでさえ、シルシはんの……挙動は読めないとこが……ありますからなあ」

 こちらにも、10枚程度を半分に分けて積まれる金貨。


「そーすっか。じゃ、鋤灼スキヤキは同時使用禁止と言うことでヨロシクだゼ。お、サンキュー」

 チャッ、カチャ。

 金色の銀紙が分厚いため、まるで本物のような音を立てて積まれる金貨。


「「ひでえ!」」


「今のは、白焚シラタキ……さんが、しでかした悪ふざけじゃねーか!」

 ぶつけた頭をさすりながら、食い下がるシルシ少年!

 その表情は超必死。だが、金貨コインを催促する手によどみはない。


「え? 俺たち兄弟は、引き裂かれちゃうの? こんなツリ眼女のせいで!? このシラタキ!」

 こちらも、麩菓子ふがしかじる動作によどみはない。

 ”コウベみたいな”と同じような、あまり良くない形容詞として使用される”シラタキ”。


 わめく鋤灼スキヤキ兄弟を、真顔で見つめてから、こんなものかしらとうなづきあう一同。なぜかその中に、鋤灼スキヤキ兄弟も混じっていたが、何事もなかったかのように会話が再会される。

 早い話、鋤灼スキヤキ兄弟をからかうのに、満足したようだ。



 鋤灼スキヤキ兄弟にも10枚ずつ。少し離れている女史にも駆け寄り、金貨を分けていく少女。

「ありがとう。―――だれがツリ眼ですか! そもそも、2日前に締め切りは過ぎているわけですが? ……ぺりぺり、もぐもぐ」

 女史は女神のような微笑みから一転。鋤灼スキヤキPを糾弾きゅうだんする。そして、包み紙を剥がし、パクリ。

 大量の金貨は女史からの差し入れだが、彼女は小柄な少女に礼を言う。

 レジ袋の中身は、半分くらいに減った。


「そういえばぁー、禍璃マガリちゃぁん、さっき何か言ってましたかぁ? ……ぺりぺり、もぐもぐ」

 環恩ワオンも、金貨の包み紙を剥がし、パクリ。



「そうだった。にゃんばるたちの事聞きたかったんだけど、……今、あの子たちは自分たちで考えて、行動してるの?」

 カチャリッ。自分の前にも10枚、金貨を積みながら禍璃マガリが、再度質問する。


「そうでぇすぅよぉー? わたしわぁー、操作してませんしー、直接の指示もぉー出していませぇーんよぉーおー? ……もぐもぐ」

 チョコの銀紙を手のひらで丸める。


「じゃあ、アレ・・は、個性・・ってことなんだゼ? ……ぱくり。もぐもぐ」

 ”アレ”のところで、壁を手に持った金貨で指し示す、刀風少年。


「そうどすなぁー。片方は……もぐもぐ……設置予告表示バリアーへの攻撃を……優先して、もう片方は、……あらっ!? ……あれまっ!?」


 刀風カタナカゼ歌色カイロが見ている壁の向こう。

 もわもわっ、しゅわしゅわっ~!

 煙のように立ち上っているエフェクト。


 それは2カ所から発せられていて、ソレを見たとたん、希代のVR専門家がイスから転げ落ちた。


 ガタガタッン!

「どうしたの!? 今、鋤灼スキヤキたち、面白い事してないわよ!?」


「い、いけませんねぇー!? ちょっと目を離したスキに、”量子演算モード”に入ってしまいましたぁ!」


「量子演算モード? それって、まずいの? さっき光ってたお金かかるヤツでしょう!?」


「さっきのとは、違うのですよぉう。さっきの”高課金量子演算”わぁ、電子戦用にゃんばるのぉ準備とぉ出撃にー全部使い切りまぁしぃたぁー」


「じゃ、あれは?」


「電子戦用にゃんばるたちが、私のぉ裁定さいていによる評価がぁ得られないときにー、自分たちでぇ判断してぇ行動するためのぉ仕組みでぇすぅー」


「つまり、どう言うこと? ―――まさか、もっとお金かかるの!?」


「お金はぁむしろ・・・ぉ掛かりませぇん。……けどぉ量子サーバーにー負担がぁ掛かってぇしまうかぁもぉしれぇませぇんー!」


「課金もせずに、量子サーバーに負担が掛かるほどの、量子演算!?」

「何ですって!? 何その、その不吉でイリーガルな響き!?」

 スターバラッド統括デザイナーと、管理運営本部長が、声を荒げた。


 飛び散ったチョコを禍璃マガリがおしぼりで拭いて回るなか、全員が壁の中の草原に注目している。

 目の前に開けている草原、もとい疑似VR空間サンドボックス内部では、”にゃんばる”2体が今までと変わらない行動を続けていた。

 だが、その全身から立ち上る仄暗ほのぐらい煙のような残像。


 その残像が光の粒子になって消える。

 撃破とはちがう、消失エフェクト。

 その暗めの光をまとう”にゃんばる3”の、肩。

 『3』と書かれているはずの個体識別ナンバーが、『7』に変わっている。

 ”にゃんばる7”の攻撃にあわせて、手足から放電がほとばしる。

「コウベみてえ?」とシルシがつぶやいたそばから、右胸や右尻の数字も、『10』に『14』に変わっていく。


再登場リスポーンエフェクトが、……動きのある手足の先にだけ……現れとるようどすなあ」

 消失エフェクトにかき消される放電は、確かに”あばれNPC米沢首ヨネザワコウベが得意としている電磁推進リニア殺法に、見た目が似ていた。


 そして、”にゃんばる4”に描かれていたはずの『4』も、『8』に変わっていて、『11』『15』と次々に変化していく。


 にゃんばる3が、にゃんばる26になったころから、その加算のタイミングが急加速。

 ”別名で保存ディープコピー”消失のエフェクトが次第に濃くなっていく。


「なんか、煙出して燃えてるみたいね」

「こうなってぇしまうとぉー、私にはぁ止めらぁれぇーまぁーせぇーんー」

 両手を小さくホールドアップ、そのまま手を頭の上に置く。

 なぜか大柄な少年が、まねをして両手をあげ、その手を頭の上に置いた。


「兄貴。万一の時には、アレも何とかなんねーかな? あの先生には、ここ数日、すっごくお世話になってるんだよ」


「ここ数日? 深いのか浅いのかよくわからんが、まあ最悪、量子サーバー1区画分、1クラスタ全損したとしても、12基程度だ。よし、ぶっ壊れた時は、俺が持ってやってもいいぞ?」

 彼は、ついさっき壁の奥からい出てきてからずっと、面白要員のように扱われていたが、仮にも大人気フルダイブVRRPGの全設計ゲームデザイン統括とうかつする男である。

 特区以外で見かけた日には、高級車が買える値段で取り引きされると噂の、稼働中の・・・・”量子サーバー”。

 それが1ダース程度ごときでは、動じないのである。

 だが、その口元には企むような歪みが生じている。


「な、何が目的だ?」

 その口元を、読みとるおとうと

「肩代わりする代わりに、アレ・・の事は父さんたちには言うな」

 長い舌で、銀紙をこじ開けている女史を指さす。

 まるで、油を舐めとる妖怪のような、―――フワフワ巻き毛の美人。


「アレ? ……ってシラタキ……さんの事か? なんで!? つきあってんだろ!?」

「バカモノ、声がデカイ(小声)! ……ヒソヒソ……事はそう単純な話じゃなくてだな。とにかく、ソレが条件だ」


「やだよ、こんな面白そう……じゃなくて、あんな美人の彼女連れて帰ったら、母さん喜ぶぜー」

「恐ろしいことを言うな(大声)!」


 キザシの声に、冷ややかな視線を向けてくる女史。

 くわえていた金貨を口に引っ込め、べろりと、金色の銀紙だけを出す。

 ぽこっ。

 紙コップの中に落ちた銀紙はシワひとつ無かった。

 そのたたずまいは、やや貫禄や風格が、備わりすぎてはいるが、どこから見ても立派な女性だ。その所作しょさも、……金貨チョコをかじる仕草はわりと行儀が悪い。


「何、贅沢ぜいたく言ってんだ……ヒソヒソ」


「俺が買えば、ほぼ原価1基単価5万円×かける12基60万円だ……ヒソヒソ」

 会議机の上で、小さな演算パネルを叩く、兄。


「ぅぐ!? 社割りだとそんなに安いのか? どっちみち、今の先生じゃ逆立ちしたって無理な金額だけど。……わかった。別に、兄貴のこと、いじめたいわけじゃねーし。アレ・・に関しちゃ、俺は出来る範囲でノータッチって事でいいか? ……ヒソヒソ」


「よし、交渉成立! ……ヒソヒソ」

 兄弟で顔をつきあわせた会談が終了。

 クルリと明るい顔を見せる、中肉中背ボサボサ髪。


「先生! さっきの高課金だけじゃなくて、”にゃんばる”たちが、量子サーバーぶっ壊したら・・・・・・、その分も兄貴が持ってくれるってっ!」


「ほんとぉうー?」

 振り返る希代の笹木環恩ワオン


「講師先生~。涙目じゃないですか。はい」

 机の向こうから、ハンカチを差し出す女史。


「あぁりぃがぁとぉうぅごぉざぁいぃまぁすぅ~。……ぐすぐす……鋤灼スキヤキご兄弟のぉー使用制限をー解除ぉしまぁすぅー」

 レースの花柄ハンカチを受け取り、涙をぬぐう子供声ワオン。鼻をかみ、突き返し、「差し上げます」までの、一通りのお約束が執り行われる。


「やったな! シルシ!」

「いらねっ! 別に兄貴いらねっ!」

 手のひらを突き出すふくよかな体型スキヤキあに

 ソレを掴んで下げさせる中肉中背スキヤキおとうと


「ようござんしたな。……でもそれやったら、……むしろ量子サーバーを……無課金ロハでぶち壊す……テクニック手だての方が、……サーバー代よりも価値……があらしまへんか?」

 美少女VR設計師が、物騒なことを言っている。

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